ヒーローはいつも突然に
何もやる気が起きない。
課題をやる気も、ご飯を食べる気も、大好きなゲームをする気も。
俺は自室でベッドに横たわり、ただただ真っ白な壁を見つめていた。
今ここで眠って、起きたら、また学校に行かなければいけない。
あぁ、嫌だなぁ……学校になんて、行きたくない……。このままずっと横になっていたい……。
なんだか懐かしい気持ちだ。
南雲さんと友達になる前は、いつも思ってたことなのに。
やっぱり俺、変われてないな。
「おにぃ、どったの? 大丈夫?」
妹の声が聞こえ、俺は軽く上半身を起こして声の元へと視線を送る。
いつの間にか部屋に入ってきていた風夏は、ベッドに腰下ろして俺を見つめていた。
「ごめん。また俺返事しなかった?」
「ううん。今日はあたしがノックしてない」
ニッと白い歯を見せて笑みを浮かべる風夏の背中を、俺は軽く叩いた。
そしてすぐまた横になった。
「おにぃ、元気ないじゃん。なんかあったの?」
「……なんもないよ」
「嘘吐き」
「嘘じゃない」
「おにぃってば、ほんとわかりやすいよねぇ〜。あのね、本当になにもないって思われたいんだったら、もっとこう『なんでもないぜ!』感を出さなきゃすぐバレるよ? そんな見え見えの嘘ばっかり吐いてたら嫌われちゃうよ? あたしはそんなことでは嫌いになんないけど!」
「……」
「んで、どったのさ? なんか悩み? あたしでよければ聞くよ?」
「……」
「おにぃがどうしても言いたくないってなら、無理には聞かないけどさ。でも、一人で悩んでて、どうしていいのかわかんないってなってるなら、一度誰かに吐き出してみてもいいんじゃないってあたしは思う。だってあたしは、いつも『無理だ!』って思ったらおにぃに相談して、それで自分じゃ見つけられない道見つけられてるんだもん。ほら、部活だってそう! あたしがどうしようか悩んでた時、おにぃが全部やりたいならやってみたらって言ってくれたおかげで、今の道ができてるんだよ!」
「……仮に新しい道ができたとしてもさ、俺にはその道を歩く力がないよ。俺は風夏と違って、自分一人じゃ歩いていけない、情けないやつなんだよ……。風夏と違って、何をやってもダメダメで、誰かに支えてもらいながらじゃないと、一歩すら踏み出せない……弱っちいお兄ちゃんなんだよ……」
「……」
俺、妹に何言ってんだろ……?
ほんと情けないな……。
もう見てられないよ……。
「ねぇ、おにぃ。前々から思ってたんだけどさ、おにぃってなんでそんな自己評価低いの?」
「近くでよく見てるお前なら、言わなくてもわかるだろ……。わざわざ言わせんなよ……」
「確かにおにぃって、他の人に比べたら気が弱いし、親戚の集まりとか行っても誰とも話さないし、スポーツも風夏と違って全然できないし」
「そうだろ……そうなんだよ……! お前のお兄ちゃんは、そんな情けない──」
「でもさ、かっこいいところも、いっぱいあるじゃん」
「……ないよ、そんなもん」
「あるよ! おにぃ、そういうとこダメだよ! 自分のいいところいっぱいあるのに、いっつも自分のよくないところばっかり見て! そもそもおにぃにかっこいいところ全然なかったら、あたしこんなにおにぃおにぃ言ってないし!」
「……」
「おにぃさ、覚えてる? 小学生の頃、あたしと一緒に帰ってる時さ、あたしがクラスの男子に『デカ女』とか言われて揶揄われてたの」
忘れるわけないだろ。俺の情けないエピソードの代表だぞ。
忘れられるわけないだろ。
「あたしさ、あの時大丈夫とか気にしてないって言って強がってたけど、本当はすごくすごく嫌だったんだよね。んで『デカすぎて可愛くない』って言われた時さ、やっぱりそうだよねって。ちっちゃい方が可愛いよねって。おにぃも、あたしのこと本当は可愛いって思ってくれてないんだろうなって……すごくすごく泣きたくって……」
「……」
「でもさ、あの時おにぃははっきり言ってくれた。人と話すのが苦手で、いつも一人でいて、緊張でうまく話せなくて、自己紹介とかで自分の名前すら言えないおにぃが、あたしの前に立って、グッて拳握って、大きな声で『デカくても可愛いだろ! 妹を馬鹿にすんな!』って」
「……」
「あたし、おにぃがあぁ言ってくれなかったら、今頃身長高いのコンプレックスになってたと思う。今みたいに、わーわー騒がしくしてなかったと思う。部活もしないで、やりたいことやれなくて、身長高くてジロジロ見られるのすごく嫌で、人の視線感じる度に『あたしは可愛くないあたしは可愛くない』って思って、マジで暗い子になってたと思う」
「……」
「それに、おにぃがあそこでバシッと言ってくれたから、あたしを揶揄ってた木村くんたちはあの後謝ってきて、それから揶揄ってこなくなって、今ではお友達として楽しく一緒に遊べてるんだよ? おにぃのおかげだよ、おにぃの!」
……そっか。そうなんだ。
今、風夏が明るく元気に『おにぃおにぃ』言ってきてくれるの、俺のおかげなんだ。
もし俺があの時一歩踏み出せてなかったら、風夏も俺みたいになってたかもしれないんだ。
人の視線が怖くなって、注目されるのが嫌で、自分で自分を攻撃して、自分なんてって思って……今の輝きが、失われてたかもしれないんだ。
「あたしさ、もうあれからおにぃのこと、元々好きだったんだけど、もぉちょーめちゃめっちゃ好きになってさぁ〜! あたしがおにぃにベッタベタなの、たぶんそっからだよ! もうずっとおにぃと一緒にいたいって思ってさ、学校でも休み時間になったらすーぐおにぃのところ行って『おにぃおにぃ!』って! 今思うと、結構ヤバい妹だよねぇ〜!」
「……ん?」
風夏の話に違和感を覚えた俺は、ちょんちょんと風夏の背を指で突く。
「ん? なにぃ?」
話を中断してパチパチと瞬きする風夏。
俺はゆっくり上半身を起こして、風夏の隣に座る。
「あの、風夏さん……お兄ちゃんが馬鹿にすんなってバシッと言った後、お兄ちゃん大泣きしてたの、覚えてる?」
「ん? んー……そうだっけ? あーでも、言われてみれば泣いてたかも?」
あれ? 嘘? なんで覚えてないの?
カッコいいところしか覚えてないのですか?
そういうことなのですか?
と、いうことは、つまり……!
「ねぇ、風夏さん……あなたがあの件の後、休み時間にお兄ちゃんに会いにきてたのって……ただ、お兄ちゃんとお話ししたかっただけ?」
「うん。そう」
「守るためではなく?」
「守る? なにから? むしろ、あたしがおにぃに守ってもらってましたけど?」
「……」
「おにぃ? え、なに? あたし、なんかやった?」
盛大にお兄ちゃん勘違いしてたぁぁぁ!
おにぃと話したいからってあれ、気を遣ってたわけじゃなくて本心だったぁぁぁ!
なんかすげぇ恥ずかしいぃぃぃ!
「おにぃ、どったの? なんで顔隠してんの?」
「お兄ちゃん、風夏に詳しく聞かなかったせいで盛大に勘違いしておりまして……」
「勘違い? なにを?」
「それは……その件は、これ以上深く掘り返さないでいただけると嬉しいです……!」
「ん、わかった。ってかさ、あたしらなんでこんな話してんだっけ? まぁいいや! とにかくあたしが言いたいのは、おにぃは確かに気が弱くて弱っちいかもしんないけど、少なくとも風夏にとっては最高で最強でちょぉぉカッコいいスーパーヒーローなんだから! 風夏の前では自信持って生きて! 『俺様かっちょいい!』くらいの気持ちでいて!」
「さすがにかっちょいいとは……ってか、気弱なヒーローってなんか矛盾してない? 気が弱かったら、ヒーローなんてできないだろ」
「そう? まぁヒーローって言ったら、筋肉ムッキムキで気が強そうな人ばっかりだもんね。でもさ、そんなヒーローばっかりなんて、つまんなくない?」
「……うん。俺もそう思う。筋肉ムッキムキのヒーローばっかじゃ、見てるこっちもつまんないよ。たまには『え? こいつヒーローなの?』みたいな奴がさ、めちゃくちゃ大活躍する話とか、見てみたいと思うわ」
「あたしも! ってことで、気弱なヒーローもいていい! おにぃはあたしのヒーロー! 文句は毛ほども受け付けてません!」
白い歯をこれでもかと見せつけてきて、俺に笑って見せる目の前の少女。
「ありがと、風夏」
俺もお返しに笑顔を浮かべて、少女の頭を優しく撫でた。
「お兄ちゃん、もうちょいと自信持って生きてくよ。風夏の前でも、他の人の前でも」
「うんっ!」
そうか、そうなんだ。
この笑顔は、この俺が守ったんだ。
他の誰でもない、この俺が。
情けなくて、気が弱くて、誰かに助けてもらってばかりで、失敗ばっかで、頼りなくて、見ていられないほどダサい奴……だけどさ、そんな奴でも、ヒーローになれるんだ。
辛くて、苦しくて、悲しくて、今にも泣き出しそうな少女の前に立って……安心してって、もう大丈夫って、俺がいるって、超かっこいいことして、少女の笑顔を守れるんだ。
俺はヒーローだ。ヒーローなんだ。
俺だって、誰かを助けられる。
俺だけの力で、助けられるんだ。
だから、今なら自信持って言えるよ。
俺は、君を──




