偽りの仮面
南雲美月は冗談の通じないヤバいやつ。
南雲さんがそのレッテルを貼られてから、一週間が経過した。
未だに事は収まる気配はなく、日に日に悪化していってるように思える。
それでも南雲さんは、特に何か言い返したりもせず、何事もなかったかのように平然と学校生活を送り続けていた。
東海林さんは南雲さんが何か言われるたび、とても悲しそうな顔をするが……声をかけることはない。近づくこともない。
西宮さんと同じで、しばらく距離をおいてほしいとお願いされているんだろう。
かという俺も、西宮さんにデカいこと言っていた割に、何も行動を起こしていない。
西宮さんに言われた数々の言葉が足枷となって、怖くなって……ただ南雲さんを、悲しそうな目で見つめることしかできなかった。
何もできないまま時間だけが過ぎていき……あっという間に、放課後を迎えた。
西宮さんと東海林さんは、俺が西宮さんとお昼話し合ったあの日以降、部室に姿を見せなくなった。
俺は部室に顔出してはいるものの、一歩が踏み出せないまま、ろくに会話もできぬまま……無駄に時間だけを浪費している。
「そろそろ帰ろっか」
「あ、う、うん……」
気の利いたことも言えず、今日も部活動が終わろうとしている。
時刻は、午後六時。いつもより三十分ほど早い。
いや焦るな、まだ会話するチャンスはある。
だから、落ち着け。
騒ぎ立てる心臓に活を入れて、俺はカバンを持って立ち上がった。
話題なら頭をひねらずとも一つある。
西宮さんたちにLINEした件、どうして俺には送ってくれなかったんですか? それを聞いて話題を広げていけばいい。
俺もこの件はモヤモヤしてるし、ここからなら例の件に繋げやすい。
よし、聞こう。話そう。
大丈夫だ。
いつものように。
……なぁ、何してんだよ?
なんでなにも言わないんだ?
なんで黙ったまま部室出ようとしてんだ?
わかってんだろ、今のままじゃダメだってことは。
自分で言ってたじゃんか、助けられるのは俺たちしかいないって。
手を差し伸べるためにも、まずは話しかけろよ。
話せよ。
そうしなきゃ、何も始まんないだろ。
怖いのはわかるよ、痛いほどわかるって。
でもさ、今のままじゃダメなんだよ。
南雲さんもよく言ってるだろ、失敗はしてもいいって。
大事なのは失敗をそのままにしないことだって。
勇気を出せ。
勇気を振り絞れ。
話しかけろ。
手を差し伸べろ。
今南雲さんの隣にいるのはお前だ。
他の誰でもない、北山晴臣だ。
助けたいんだろ?
助けられっぱなしは嫌なんだろ?
だから頼む、お願いだから……!
部室を出るな、なんか話せって!
もういい、部室の外でもいい!
言え! なんでもいいから!
伝えたいことがまとまってなくてもいい!
なんでもいいからとりあえず声かけろ!
大丈夫だ、お前ならできる!
成長してんだろ!
あの頃とは違うんだろ!
だから、頼む!
頼む頼む頼む頼む!
頼むから、一歩を踏み出せ、北山晴臣──
「ねぇ、北山くん」
部室の鍵を閉め終えて、背を向けたまま南雲さんが俺に声をかけてくれる。
ヤバい、焦ってるのバレたのか……?
また、心配かけてしまったのか……?
冷えた汗が頬を伝う。
唇が震えている。
手も、足も。
やめろ、震えるな。
バレるだろ。
強がれ、強がれ……!
「な、なんです、か……?」
自分を奮い立たせて、なんとか言葉を口にする。
南雲さんから、すぐに返事は返ってこない。
俺に背を向けたまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
また何かやってしまったかもしれない。
また南雲さんに迷惑を……。
無言の時間が続けば続くほど、不安が俺を包み込む。
『ダメなやつだ。お前には無理だ』耳がどこからか声を拾い始める。
このままじゃダメだ。あの頃の俺と同じだ。
落ち着け、大丈夫。
今立っている場所を見ろ。
比べるのは過去の自分だ。
あの頃よりは進めてる。
小さくても、進めてたらいい。
だから呑まれるな。歩け。
立ち止まるな。進め。進んでくれ。
迫ってくる不安に、恐怖に、呑まれるな。
俺はできる。自信を持て。
自信を、自信を、自信を──
「しばらくの間、相談部は休部にするね」
「……へ……?」
「ごめんなさい。勝手なこと言って。今思うと、私ゴールデンウィーク前のあの日から、北山くんのこと振り回しっぱなしだよね。本当にごめんなさい」
「……」
「……ごめんね、いっぱい気を遣わせて。北山くんが今、いっぱい私のこと考えてくれてるの、わかるよ。ちゃんと伝わってるよ。必死にどうしようか考えて、でも考えがまとまんなくて、自分はやっぱりダメなやつなんだって、でもそんなことないぞって必死に言い聞かせて、私に言われたこと必死に守ろうとしてくれて……私の、ことも……」
違う。
違うよ、南雲さん。
「今回の件は、全部私の責任なの。私の行動が招いた結果なの。だから、北山くんが苦しまなくていいの。悲しまなくてもいいの。もうこれ以上自分を追い詰めて、苦しまないで」
違うって。
そうじゃないよ。
そうじゃないんだ。
「これ以上一緒に部活してたら、あなたをもっと追い詰めてしまう。これ以上一緒にいたら、あなたにまで飛び火しちゃうかもしれない。だからさ……しばらくの間、かなたんやももねんのように、私から距離を置いてください」
「どうせしばらくしたら、すぐにみんな飽きて揶揄ってこなくなるよ。だから、それまでの辛抱。ちょっとの間我慢すれば、きっとすぐに終わるからさ」
「って言っても、優しい北山くんはこう思っていることでしょう。『君を一人にできないよ!』って。ご心配ありがとう、北山くん。でもね、大丈夫。心配しないで。安心して」
違うって。
だから、違うってば……!
それじゃない……!
気づいてくれよ、南雲さん!
俺が言ってほしい言葉はそれじゃない!
本当は気づいているんだろ⁉︎
わかってるんだろ⁉︎
早く言ってよ!
言ってくれよ!
俺が……俺が南雲さんに言ってほしいのは──
「私、一人には慣れてるからさっ!」
ようやく俺に顔を見せてくれた南雲さん。
俺が見たこともない笑顔を浮かべていた。
彼女の笑顔を目にした途端、頭の中は真っ白になった。
目の前も、真っ白になった。
気づいた時には、もう南雲さんはどこにもいなくて。
俺の後ろにも、前にも、隣にも。
あぁ、やっぱり俺は……俺なんかじゃ……。
痛みを訴える胸を両の手で強く押さえつけて、次々と湧き上がってくる負の感情を全て受け入れて、背中を丸めて、小さく言葉を吐き出し続けて──
ふと、窓を見てみた。
夏の空はまだ明るく、六時を過ぎているとは思えなかった。
あの頃とは違う。
南雲さんと出会って、放課後に呼び出されて、友達になったあの頃とは、違うはずなのに……。
窓に微かに映し出されている俺は、背中を丸めて、胸を強く抑えて、情けなく涙をボロボロ溢して……。
あの頃の俺と、全く変わらなかった。




