亀裂④
西宮さんが吐き出した言葉は、俺が全く予想していなかった言葉だった。
その言葉を聞いた瞬間、身体中の皮膚という皮膚が隆起した。
世界から一瞬、音が消えた。
「……な、なん、で……?」
「それが、づっきーの願いだから」
「ね、願いって……で、でも……!」
「はるはるの気持ちもわかるよ。私だって、助けられるなら助けたい。でも、どうするの? どうやって助けるの?」
「そ、それは……」
「づっきーはさ、私たちを守るために、私たちが傷つかないように行動してくれてる。それなのに、私たちが下手に動いて、私たちまで標的にされたら、それこそづっきーが悲しむんじゃないの? なんのためにって思うんじゃないの?」
「そ、そうかも、だけど……!」
「はるはるはさ、づっきーみたいに上手く立ち回れる自信あるの? これ以上事を荒立てずに、解決することができるの?」
「……」
「ここでハッキリとできるって言えないなら、動かないほうがいいよ。私は、ハッキリと言える。そんなことできないって。だから私は、づっきーに言われた通り、事が収まるまでしばらく距離置くことにした。づっきーがそれを望んでるんだし、私たちは変に動こうとせずに、づっきーの意見を尊重するべきだよ」
「……い、言われたって……な、なに、を……?」
「なにって、づっきーからLINEきたでしょ? 『私のそばにいたらあなたたちを巻き込んでしまうかもしれないから、事が収まるまでしばらく距離置いてほしい』って」
なんだ、それは?
俺はそんなの知らないぞ?
俺にはそんなLINE届いてない。
何も聞いていない。
西宮さんの嘘……嘘、だよな……?
それとも……俺だけ、仲間外れって事なのか……?
「私もさ、中学の頃『真面目ちゃん』って揶揄われてた時期があった。何か発言するたびに『これだから真面目は』とか『真面目ちゃんは今日も真面目ですねぇ』とかさ。でも、そういうのってずっと続くように思えて、意外とスッとそのうち消えてくんだよ。最初からそんなことなかったかのように、興味が一瞬で失せて、私に一切話しかけてこなくなって。だからきっと、今回の件もさ、そのうち──」
「そのうちっていつだよ⁉︎ いつになったら南雲さんは解放されるんだよ⁉︎ このまま放っておいたら、この先もずっと続くかもしれないじゃん! ずっとずっと、南雲さん悲しいままかもしれないじゃんか!」
「そう思うなら、助けに行けばいいじゃん。こんなところで声荒げてないで、教室に行って、づっきーに手を差し伸べてあげればいいじゃん。さっきも言ったけどさ、そういう行動がスッととれないのなら、動くべきじゃないって」
「動こうよ! 助けてあげようよ! 俺たち、南雲さんにいっぱい助けてもらったじゃんか! 確かに俺たちじゃ南雲さんみたいに上手く立ち回れないかもしれないよ! だけどさ、このままじゃダメだよ! ダメなんだよ! 失敗するかもしれないって思うのはわかる! 怖いのもわかる! でも、それでも俺たちなら──」
「私は一人にはなりたくないっ!」
乱暴に吐き出された言葉は、俺の勢いを簡単に止めた。
浮かび上がっていた言葉は全てどこかへ消えていき、代わりに浮かんでくるのは、助けたいと言うだけで行動しようとしない自分への失望。
目の前の少女を泣かせてしまう、情けない自分への幻滅。
「私だって……私だって、助けられるなら助けたいよ……手を差し伸べられるなら、差し伸べてあげたいよ! でもさ、私はづっきーみたいに上手く立ち回れる自信ないよ! これっぽっちも上手くいくって自信持って言えないよ! もし失敗して、今以上に酷くなって、私たちまで標的にされたら……! はるはるたちはいいよ、同じクラスだからさ! 何かあっても、みんなで固まってればさ! でも、でもさ……!」
目の前のか弱い少女は、膝を抱えて顔を埋める。
震える声で、思いを、弱さを、伝え続ける。
「私、怖いよ……! また一人になるかもって……あの時みたいになっちゃうかもしれないって思ったら……怖くて、動けないよぉ……! もう、あの時みたいに、一人ぼっちにはなりたくないよぉ……!」
俺は言った。
助けられるのは、俺たちしかいないって。
「ごめん……ごめん、づっきー……! ごめん……ごめんなさい……!」
自分自身に、もう一度問いかける。
なぁ、北山晴臣。
お前、本当に助けられるのか?
目の前の、手の届く範囲にいる女の子の涙すら拭えない情けないお前に……
南雲美月を救う事が、本当にできるのか?




