亀裂③
七月に入り、エアコンの付いていない廊下はどこもかしこも蒸し風呂状態と化していた。
そんな状態の第三校舎屋上前の踊り場でお昼など食べられるわけもなく、俺はほぼ全体が日陰になっていて風も吹いて気持ちよく過ごせる第三校舎の非常階段でお昼を食べていた。
「……南雲さん、大丈夫かな……?」
こうしている間にも、彼女は毅然とした態度を貫いて教室でお昼を食べ続けているだろう。
彼女のことを思うと、胸が苦しくなる。
俺はお昼を半分ほど残した状態で、お弁当箱を片付け、息を大きく吐き出した。
いつも俺の脳内にふと浮かび上がる南雲さんは、目の前に広がる青空のような晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。
だけどここ最近は、笑顔を見せてくれない。
ずっと曇ったままだ。
南雲さんがハッキリと強く言ってくれたおかげで、今俺たちに被害はない。
だけど、南雲さんはあの日以降、ずっとあの件で揶揄われ続けている。『今日のパンツは何色ですか?』とか『私たちにもパンツ見せてよ』とか、みんな面白がって。
これ以上事を大きくしたくないから、相手にせずを貫く。南雲さんのやっていることも、間違いではないと思う。
だけど、俺は思うんだ。
このままじゃダメだって。
このままだと、南雲さんが傷ついて苦しむだけだって。
俺は知ってるんだ。
いつものようにクールな表情で、何事もないように振る舞っているけど……本当は今すぐやめてほしいと思ってる。苦しんでる。悲しんでる。嫌がってる。
みんなに知ってもらわないといけない。
南雲美月は傷ついていることを。
今にも泣きそうな顔してるってことを。
もうやめてって叫びたい気持ちだってことを。
なのに、俺は──
「おっ、いたいた! よっ、はるはる〜!」
下の階からひょっこりと顔を出した西宮さんは、晴れ渡っている笑みを浮かべながら、とととっと軽い足取りで俺の隣まで駆け上がってくると、そのまま隣に腰を下ろした。
いつもであればここでクソデカため息を吐き出し、メガネをかけ『生き返るぅ〜』と一言。お決まりのルーティーンが飛び出すのだが……今日はため息を吐き出す気配はない。メガネをかける気配もない。
「ねぇ、づっきーの様子、どう?」
目の前の青空を見つめながら、代わりに吐き出された言葉。
俺は西宮さんとは対照的に、顔を俯かせて言葉を吐き出した。
「いつも通り、教室ではクールな南雲さんだよ。周囲には誰も寄ってこない。触りたくてもさわれない……そんな雰囲気まとってる……」
「……そっか。はるはるとりんりんは大丈夫? 揶揄われたりしてない?」
「う、うん。俺たちは今のところなんともないよ。西宮さんは、その、大丈夫?」
「うん。私も今のところは大丈夫だよ。ただね……」
顔を上げたまま、言い淀む西宮さん。
俺は何も言わず、彼女の言葉を待った。
「……周りからは、その……づっきーと距離置いた方がいいんじゃないかって、言われてる……」
「……え?」
「まぁでも、みんなの気持ちもわからなくないよ。冗談だってわかりきってるのに、あんなことしたんだもん……私だって、づっきーとそこまで仲良くなくて、ちょっと話すくらいの間柄だったら……そういう人なんだなって受け入れて、同じような提案してると思う」
「……」
「……はるはるだってさ、そう思うでしょ? はるはるとづっきーがただのクラスメイトって関係で、話す間柄じゃなくて、ただ存在を知ってるだけだったら……きっとあんたも、そう思ってるでしょ?」
「……に、西宮、さん……!」
「……なに?」
「……きょ、距離、置かない、よね……? このまま、南雲さんと離れて……は、離れるなんてこと、しないよね……?」
「……」
「お、俺たちは、俺たちはさ……ちょっと話すくらいの間柄じゃないじゃん……! 一緒の部活で……た、確かに、まだ数ヶ月くらいの間柄かもしれないけどさ……! でも……でもさ……! 俺たち、お互いに大切な秘密を打ち明けあった仲じゃんか……! 他の人より、深い仲じゃんか……!」
「……」
「西宮さんだってさ、気づいてるはずだろ……? 南雲さんが、今すごく傷ついてるって、苦しんでるって、悲しんでるって……! こ、このまま放っておいたら、南雲さんもっともっと傷つくよ……もっともっと悲しくなるって……!」
「……」
「やっぱり俺さ……このままなんて、嫌だよ……! このままなにもせずに見てるだけなんて……南雲さんの悲しむ顔、見てるだけなんてさ……!」
「……」
「だ、だから……だからさ……! に、西宮さん……! お、俺たち、俺たちで、南雲さんを助けてあげよう……!」
「今、南雲さんのこと助けてあげられるのは……俺たちしか、いないんだよ……!」
「……」
「……ごめん……はるはる……」
「……私は……しばらく、づっきーと距離置くから」




