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亀裂②



「ごめんなさい……」


 放課後、部室内へ入った俺たちに対して、南雲さんは深々と頭を下げた。


 教室でお昼を食べていなかった俺は、現場を目撃していない。東海林さんに休憩時間中に話を聞いた程度──しかしながら、お昼から帰ってきた時の教室内の異様な空気は、東海林さんに話を聞く前から何かあったことは察せるほどだったし、俺を不安にさせるには充分すぎた。


「なんで、どうしてそんなことしちゃったのさ、づっきー!」


 俺と同じく現場を見ていない西宮さんは、珍しく声を荒げて南雲さんに詰め寄った。


 いつもであれば、冷静にすぐ言葉を返す南雲さん。しかし今は、よほど堪《こた》えているのだろう。

 数秒言葉を吐き出すことなく、ようやく吐き出された言葉も「ごめんなさい……」と覇気がない。今にも消えていきそうな、弱々しい言葉。


「……バカ……!」


 西宮さんは小さく吐き出し、南雲さんを力強く抱きしめた。


「な、南雲さん、一旦ソファーに座って落ち着きましょう」


 俺の提案に、南雲さんは何も言わずに頷くだけ。

 自身から離れた西宮さんに、またも消えそうな言葉で「ごめん……」と呟き、力無い足取りでソファーに腰下ろして、膝を抱えて顔を埋めた。


「だ、大丈夫だよづっきー。大丈夫だから。ね?」


 すぐ隣に腰下ろして、南雲さんの背を優しくさする西宮さん。

 東海林さんも南雲さんのそばに駆け寄り、ソファー前でしゃがみ込んで、南雲さんの手を優しく握りしめた。


「美月ちゃん、その……どうしてあのようなことをしてしまったのかは、聞いてもいいですか……?」


 小さな震えを感じさせる声で、南雲さんに問いかけた東海林さん。

 顔を上げず、南雲さんはしばらく沈黙を続ける。


「な、南雲、さん。すぐには言わなくて、その、だ、大丈夫ですよ。落ち着いてからで、その──」

「自分でも、やり過ぎだって充分理解してる……。今考えれば、口だけの注意でもよかったじゃんって、後悔してる……。でもあの時は……相談部をバカにされたように感じて、すごくムカついて、悔しくて……! それで……私がここでバシッとやってやらないと……絶対、あなたたちにも、同じようなことする人が出てくるって、思って……! だから私、やってやらなきゃって……! 部長として、みんなを守らなきゃいけないって……! もっと、冷静に考えなきゃいけなかったのに……私……!」


 声が、大きく震えている。


 彼女の言葉に、俺は何も返すことができなかった。


 南雲さんは、なんでもできて、頼りになって……俺とは比べ物にならないほど、完璧な存在だ。


 でもそれは、俺から見たらの話。

 彼女は、なんでもできる完璧人間ではない。


 彼女だって、俺と同じようにプレッシャーを感じる。

 彼女だって、怖いと思うことがある。

 失敗することだってある。

 色んなことが頭の中をごちゃごちゃ駆け回って、わけわかんなくなって、冷静に物事を考えられなくなって……。


 俺たちは……俺は、南雲さんを頼り過ぎた。


 何か困ったことがあれば、南雲さんにすぐ助けを求めた。

 その期待に、彼女はすぐに応えてくれて、守ってくれた。

 それを繰り返し繰り返し行ってきた結果、彼女に強く思わせてしまったんだ。


 私が、守らなきゃ。って。


 それがきっと、大きなプレッシャーになって、彼女の背中にのしかかり続けて。


 教室では、演じ続けることで精一杯だっただろうに。

 そこに、やらなきゃいけないことを増やしてしまって。

 それを同時に、行わなきゃいけなくなって。

 

 焦って、焦って、わけわかんなくなって……。


 俺が頼り過ぎたせいだ。


 俺が背負わせすぎたんだ。


 今回こんなことになってしまったのも、俺が──


「ちょ、ちょっとちょっと! みんな暗くなりすぎだって〜! 大丈夫だって! 確かにづっきーはちょっとやりすぎちゃってるかもだけどさ、そもそも男子がパンツ見せろなんてアホみたいなこと言ってきたのが悪いでしょ! それをきっと周りはわかってるよ! だから、大丈夫大丈夫!」

「そ、そうですよね! かなちゃんの言うとおりです! きっとみなさんわかってくれてます!」


 無理やり笑顔をくっつかせて、南雲さんを励ます二人。


 俺もなにか声をかけなきゃ。


 そうはわかっているんだけど……なんでか、口が開いてくれなかった。


 その場から、一歩も動けなかった。


 その後、話し合った結果──


『もしなにかしらされたり言われても相手にしないを貫くから、あなたたちも何もしなくていい。時間が解決してくれるだろうから』


 南雲さんの意見に何も言うことができなかった俺たちは、それを受け入れるしかなかった。


 ほんの少し、いつもとは違った南雲さんの行動──このたった少しの変化で、南雲美月の評価は激変してしまった。


『南雲美月は、冗談の通じないヤバい女』


 このレッテルを貼られてしまった南雲さんが、入学当初のように周囲から孤立するのには、そう時間はかからなかった。

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