亀裂①
北山と南雲がゴールデンウィーク前に出会って、そこから話すような関係性になるまでは、互いに一人ぼっちだったと言っても過言ではなかった。
お互いに教室に入っても誰とも挨拶を交わすことはなく、休憩中も一人で過ごし、お昼も一人で食べて、家に帰るまでずっと一人だった。
そんな二人がひょんなことから出会いを果たし、女の勘という信頼性があまりないものが繋ぎ、部活動が繋がりを太くし……今では、教室でも話すような間柄になった。
その出来事は、北山だけではなく南雲にも良い影響を与えていた。
話したいけど話しかけづらい雰囲気を纏っていた南雲だったが、北山と話すようになってからというものの、周囲から『話しかけてもいいんだ』『あの気弱な北山が話せるのなら』という考えを持たれるようになった。
この変化は、北山、南雲双方にとって、学校生活をより華やかにしてくれるいい出来事となった。
とある七月のお昼休み。
いつものように教室でお昼を食べ終え、一人静かに自席で本を読み耽っていると「南雲ちゃん、いっつも何読んでんの?」と、同じクラスの空明日香が友達を二人連れて話しかけてきた。
北山くんと出会う前の私だったら、こんな風に気軽に話しかけられることなかっただろうな。
そんなことを思いながらも、南雲はいつものクールな表情を崩すことなく「宮沢賢治、銀河鉄道の夜」と答えた。
「渋っ! 文学少女じゃん! ラノベとかは読まないの?」
正直ラノベの方が何百倍も好きだけど、イメージを崩さないために。
北山相手にならこう言っているだろうな。そう思いながらも南雲は「たまに読む」と淡々と回答。
「みやざーわとか、授業でちょろっと知ってるくらいだわ。銀河鉄道も名前知ってるくらいだし。で、それどんな話なの?」
空が興味を示し始めると、他二人も「ちょっと気になる〜」「南雲さん、バカにもわかるように簡潔に教えて!」と、楽しそうに南雲に話しかけてきた。
やっぱり私、人と話すの好きだ。
改めて自身の思いに気づき、笑みを浮かべたい気持ちになる。
本を閉じて黒板の前に立ち『えぇ〜、では今から、みやざーわこと宮沢賢治の銀河鉄道の夜について説明いたします』と冗談を交えて話したいと思ってしまう。
でも、それはきっと違う。
周囲のイメージする南雲美月とは、かけ離れているはずだ。
脳内で、過去の出来事が呼び起こされる。
忘れもしない。
小学五年生になったばかりの時、あの時に言われた、あの言葉──
「美月ちゃん、もっと落ち着いてる子だと思ってた。私は、美月ちゃんは落ち着いてる方が似合ってると思うし、その方がいいと思う! ね、みんな!」
悪気があって言ったわけではないことは理解している。
でも、自分自身すごく傷ついた。
じゃあ、今の私はダメなのかと。
元気な私は、似合わないのかと。
あの一言に、皆が同調し始める。
ドラマで見た女優さんみたいに、アニメで見た人は、次々と南雲の見た目と似た人を例に出して、理想を描き始める。
みんなの理想通りに生きなきゃ。
そうしなきゃ、私は嫌われるかもしれない。
こんなの南雲美月じゃないって思われる。
みんな離れていく。
離れて──
「あ、あの、南雲さん! 今、お時間よろしいでしょうか!」
背筋を伸ばし、かしこまった態度で南雲に話しかけてきた男子、火山昂。南雲は空たちとの会話を一時中断し「どうしたの?」と一言添えて火山を見つめた。
途端に、騒がしかったクラスがしんと静まり返り、皆が火山に注目を始める。
火山含めた四人の男子グループが昼食後にいつも行っているトランプゲーム──敗者には罰ゲームが待ち構えていることは、南雲含め昼食を教室でとっている面子にはすでに知れ渡っている。
ある時は教卓の前で一発ギャグをし、ある時は指定された女子の可愛いところを本人目の前に言ったり、逆に自分の可愛いところはどこでしょうかと聞いてみたり。
もちろん火山たちも相手はちゃんと選んで罰ゲームを執行していることは、言われずとも皆わかっていた。
そんな中で、ついにクラスのクール系女子、南雲美月に声をかけた。
罰ゲームの存在を受け入れ楽しんでいる周囲が、今回は何をするのだろうとドキドキワクワクするのは、当然と言えば当然だった。
話しかけられた南雲本人も、内心すごくワクワクしていた。
「あ、あのですね、その……な、南雲さんって、相談部という部活動をしていると聞きましてですね……! そ、そこで、この私、火山昂、ご相談があってやってまいりました!」
おぉ……⁉︎ クラスの期待が声になって漏れる。
南雲の周辺にいる空たちも、今日はなにするのやらとニヤニヤ笑みが抑えられていない。
「なに?」
いつも通り淡々と答える南雲に対して、火山は周囲に聞こえるほど大きな音を鳴らしながら唾を飲み込み、勢いよく頭を下げ、相談事を口にした。
「この私、童貞の火山昂に、おパンツを見せていただけないでしょうか!」
火山が言い終えた瞬間、周囲からこれでもかとブーイングが飛んでくる。
「さすがにそれはないわ〜!」
「あり得ないでしょ、クソ童貞〜!」
「自分のパンツ見てシコってろっての〜!」
「つーかこの罰考えたの誰よ? 死刑死刑〜!」
特に女子からのブーイングは凄まじい数を超えている。
が、どれもこれも、言葉は強いが怒りを感じるものはない。笑いが混じっている。
皆知っているのだ。冗談であることは。
「よく言った、昂!」
「よっ! 男の中の男!」
「俺にもパンツ見せてぇー!」
「うるせぇぞお前ら! 南雲さんに嫌われたら、マジで責任取れよ!」
ヤジを飛ばしてくる仲間たちに怒りの表情を見せつけた後、すぐさま南雲へと向き直り、冗談であることを伝えるためにヘラヘラと表情を崩す。
「南雲さん、わかってると思いますが、いつものやつなので! だから、本気で……」
ヘラヘラ笑っていた火山の言葉が、突然止まる。
周囲も異変にすぐ気づき、笑みを止めて火山に向けていた視線を、突如立ち上がった南雲に向けた。
先ほどとは違うドキドキが、クラス中に浸透する。
まさか?
嘘でしょ?
いやいや、さすがに……。
小さくざわめく二組の教室──不穏な空気が立ち込める居心地の悪い空間にも関わらず、南雲はいつも通りの表情で火山の前に立ち、そして……自身のスカートを、捲り上げた。
「これで満足かしら?」
毅然とした態度で言い放つ南雲。
「ちょっ、南雲ちゃん! 本気にしなくていいって! 冗談だから! 冗談!」
近くにいた空は大慌てで南雲と火山の間に立ち、スカートを下げるよう手で指示を始める。
彼女の言葉をきっかけに、不気味なほど静まり返っていた教室内は、一気にざわめきを取り戻し、不穏な空気をさらに増加させた。
「あ、あの……な、南雲、さん──」
「火山くん、これだけは言わせて。相談部を揶揄いたいあなたたちの気持ち、わからなくないわ。相談部なんてなにしてるのかよくわかんないし、大した実績もないし……。でもね、私も含めて、みんなまじめに取り組んでるのよ。いつ来るかもわからない、卒業するまで来ないかもしれない相談者のために、自分の足りないところを見つめながら、相談しにきてくれた人たちが少しでも軽い気持ちで帰れるようにって……一生懸命、努力して……!」
身体が小さく震え始める。
震えを止めるように、拳を強く握りしめる。
「私のことは、いくらでもバカにしていい。でもね、一生懸命努力を重ねている部員たちにこんな馬鹿げた相談事持ち込むようだったら……部長の私が、許さないから」
語尾を強めて、言い放つ。
火山は何も言えず、その場で顔を俯かせるだけ。
南雲は火山の言葉を待つことなく自席に戻り、また本を読み始めた。
周囲の空気など気にすることもなく、淡々と、いつも通りに。




