本心曝け出すのって結構勇気がいること③
短いようで長いようでやっぱり短いゴールデンウィークが終わり、俺は五月の心地よい日差しに照らされながら自転車をゆっくりと漕いでいた。
休みの間も、今現在も、俺の脳内には笑顔の南雲さんが住み着いている。
あれから色々と考えてみたのだが、『どうして南雲さんは俺に笑顔を見せてくれたのか』に対して納得のできる回答が得られず、俺はモヤモヤした気持ちと可愛い南雲さんが見られて嬉しい気持ちに挟まれ、なんとも言えない気持ちになり、ここ数日は全く休めた気がしていない。自転車を漕いでいる間に、すでに三回くらいはあくびをかましている。
そういえば、席替えしたから今南雲さん俺の前なんだよな。ちょっと気まずい……。
自転車置き場に愛車を止めて、大きなあくびをもう一つ。
俺は下駄箱へと向かいながらスマホで時刻を確認する。八時十分。いつも通りだ。
朝のホームルームは四十分からなので、もう少し家でゆっくりする時間はあるのだが、あと五分十分すれば通学路には電車通学の生徒が大量発生する。そこを走り抜けろなんて、気が弱く人の目ばかり気にしている俺にとっては高難易度ミッションだ。達成できる気がしない。途中でリタイアするのが目に見えてわかる。
静かな下駄箱で上履きに履き替え、階段を一段一段ゆっくりと上がる。
南雲さんの笑顔を見たあの日とは違い、上に上がれば上がるほど人の声が耳に届き始める。すでにちょっとしたお祭り騒ぎになっている一組にチラッと視線を飛ばしながら素早く通り過ぎ、俺は挨拶をすることなく二組の教室へと足を踏み入れた。
我が二組にはまだ十名ほどしか生徒はおらず、女子二人組が笑みを浮かべて話をしている他は、読書をしていたりスマホを見つめていたりバッグに顔を埋めて寝ていたりと、半分以上が静かに過ごしていた。
俺は寝ている人を起こさぬよう、気配を殺して窓際一番後ろの自席へ素早く移動する。
目の前に座る南雲さんは、静かに読書勢だ。
一体何を読んでいるのだろうか? あの時はマホネルのセリフ言ってたし、ラノベも読むのかな? もしかして、今読んでるのラノベだったりする?
後ろから覗けよと耳元で囁いてくる悪魔を手で払い、俺は机上にバッグを置き……ため息を一つ吐いて席に着く。
座る前に南雲さんに『おはよう』と挨拶してみるつもりだったのに、結果は大方の予想通りだ。休みの日に何回も脳内シミュレーションしたというのに……あの時間は一体なんだったんだよ、おい。俺に笑顔を見せてくれたんだし、挨拶くらいは普通に返してくれそうって思うんだけどなぁ……。
もしかしたら南雲さんから挨拶してくれるかも、などと甘い考えを浮かべながらチラチラと南雲さんへ視線を向けてみるが、南雲さんも一向に挨拶してくる気配はない。それどころか、本に夢中で俺の存在にすら気づいていない気がする。
やっぱアニメみたいな都合のいい展開なんて、そうそう起こるわけないよな……。
起こりもしない事象を脳内に描きまくっていた自分自身を心の中で嘲笑い、俺はバッグから取り出した教科書やノートを引き出しへとしまい込む。
「……ん?」
教科書たちが奥まで綺麗に入らない。何かが行く手を阻んでいる。俺は一度教科書たちをバッグに戻し、引き出しの奥へ恐れることなく手を突っ込む。
カサっと軽い音と手に当たる感触で、教科書たちの邪魔をしていた正体は『くしゃくしゃに丸められた紙』であることが見ずともわかった。
俺、いつの間にこんなもの入れてたんだ? ゴミはちゃんとゴミ箱に入れろよな……。
丸められた紙を引き出しから取り出し、いつの俺が犯人なのかここ最近の記憶を辿ってみる。が、いくら辿れど紙を引き出しに入れたどころか、ノートから紙を破いて丸めた記憶がどこにも見当たらない。つまりこれは、誰かの悪戯の可能性が……。
俺は大きくため息を一つ吐き出し、悪口が書かれていないことを祈りながら、目を細めて恐る恐る丸められた紙を開ける。
放課後、第三校舎の渡り廊下前で待ってます。 南雲美月
お手本として上からなぞりたくなる綺麗な字で書かれた文章。
俺は目を閉じてから紙をくしゃくしゃに丸め、再度開いて中を確認する。
放課後、第三校舎の渡り廊下前で待ってます。 南雲美月
内容は先ほどと変わっていない。一応頬をつねっておこう。
うん。夢ではない、俺の見間違いでもない。俺の視界に映っている文章は、俺の妄想ではないことは充分理解できた。……なぜ! 南雲さんが! 俺を放課後に呼び──
突然の呼び出しにパニックになりかけた脳内が、一つの答えを導き出す。
南雲さんと放課後の教室で出会ったあの日、俺は今でも悔いているとんでもない失態を犯してしまっていた。
「じゃあね、北山くん。またゴールデンウィーク明けに」
この言葉に、俺は何も返さず、南雲さんに視線を送ることもなく別れてしまっている。
傍から見たらとんでもなく失礼なやつである。そう、とんでもなく失礼な奴だ。
もしかしたら、その件ではないだろうか……⁉︎
この呼び出しは『テメェろくに挨拶も返すことが出来ねぇのか? あぁん?』という無礼な俺を断罪するための呼び出しなのでは……⁉︎ もしくは、南雲さんの名を語った南雲さんファンが『聞いたぜ、北山ァ……! おめぇさん、美月様にじゃあねと言ってもらったのに無視したらしいじゃぁねぇかぁ!』『テメェこのやろう! 俺なんてまだ一度も言ってもらったことないのに! 俺、こいつのこと許せねぇっすよアニキ!』『俺も同じ気持ちだぜぇ……! ちょいと面貸せや、北山くんよぉ……!』みたいなことでは⁉︎
重ねれば重ねるほど現実離れしていき暴走する妄想に恐怖し、大きく身を震わせる俺。恐る恐る南雲さんの背を見つめてみるが、南雲さんは先ほどと変わらず本に夢中なままだ。
彼女は今、どんな顔をしているのだろうか? 死の手紙を目にして震えているだろうなとか思いながら悪い笑みを浮かべているのだろうか? 手紙気づいてもらえなかったらどうしようと不安な表情を浮かべているのだろうか? 秘密を知られたあの日を思い出して赤面しているのだろうか? 俺のことも手紙のことも忘れて本の世界に没頭しているのだろうか?
南雲さんに直接この手紙の意図を聞けば済む話なのだが、そんなこと俺にできるわけがない。この不安とは放課後まで付き合わなければいけないなんて……ここ、もしかして地獄ですか?
当然のことながら集中などできるわけもなく、本日の授業内容は何も頭に入ってない。お昼も何を食べたのか、そもそも食べたのか食べてないのかも記憶にない。五十分くらいしてましたかと問いたくなるほど長く感じた帰りのホームルームがようやく終わり、俺は部活の準備に急ぐ生徒たちと同じ速さで教室を飛び出した。




