当たり前の日常
南、北、そして西、さらにそこに東まで加わり、相談部は一年男子たちから『神の領域』『天国』『極楽』『秘密の花園』など、様々な呼ばれ方をされて崇められる存在となっていた。
方角っ娘が全員勢揃いとなったのだから、男子の誰かしらがそろそろ相談部に顔を出して、そこから一気に相談者が溢れかえるんだろうな……とか考えていたのだが、
「あんな神々が勢揃いの場所に、俺たち人間風情が足を踏み入れられるわけがない」
「神々の前で下手なことやらかしてみろ? 学校来られなくなるぞ」
「穢れに穢れている俺が、三神を目の前にして存在していられる気がしない……。絶対に浄化されて塵一つ残らない……」
と、かえって三人が揃ってしまったことでプレッシャーがとんでもないことになってしまい、相談部への一歩がとんでもなく重いものとなってしまったそうだ。
そして、男子の中には『北山ってもしかして、男子のフリしてる女子なんじゃないの?』という北山女子説を唱え無理やり方角っ娘にぶち込もうとしている人がいるそうで。
この前体育の着替えの時に突然『北山ってちんちんついてる?』と急に聞かれたし、やたらと俺の股間を凝視してくる人たちがいて恐怖を感じていたのだが……それもこれも全部そういうことであったのかと安心することができた。
ちなみにこの男子界隈の情報は、体育の時に勝手に耳に入るものや、三神の犬としてヘイトを集めまくっている俺の身を案じて体育の時は常にそばにいてくれる一組のイケメン皇くんから頂いた情報である。
見た目だけではなく心までイケメンで、俺が女子だったら心奪われて絶対に好きになってた。
そんなこんなで、東海林さんが俺に相談事持ちかけてくれて以降、全くと言っていいほど相談者の来る気配がない相談部だったが……それでも来るべき日に備えてしっかりと会話の特訓やらを怠らず、先生たちからの頼まれごとだったり掃除だったりを積極的に行って、だらけずに活動を続けていた。
「あーもぉぉ! 北山くん、もう一回! もう一回よ! 五回勝負だから! 勘違いしちゃダメよ!」
三回勝負で二敗して敗北したはずの南雲さんは、負けを認めず回数を追加。
自分の都合しか考えていない理不尽な提案でも、俺は嫌な顔せず快く再戦を受け入れた。
活動日ではない本日も、部員は欠けることなく部室に集まっている。
それぞれが課題や予習復習を終えて、俺と南雲さんはいつも通りゲームをして、西宮さんはソファーに寝転んでスマホで動画鑑賞。そして、新入部員である東海林さんは──
「ふ、ふひひひひ……! あぁ……素晴らしい……! とってもいい……! この光沢、浮き上がる血管、先から溢れ出す快楽の蜜……! 見ているだけで、興奮しちゃう……! うひ、うひひひひひ……!」
人目気にせず、南雲さんから借りているタブレットに趣味の触手イラストを熱心に描き込んでいた。
最近わかったことなのだが、南雲さんが発する『おちんちん』と東海林さんが発する『おちんちん』は、違う。
南雲さんのは、言うなれば小学生男子が面白がって『ちんこちんこ!』と言っているようなものなので、可愛らしさがあるというか。聞いてるこちらも『あーはいはい。ちんちんね』くらいの軽い気持ちで受け止められるのだが……。
東海林さんのは、なんというか……可愛くない。彼女の口から発せられるものは、デフォルメちんちん(Uの両端に○がついてるやつ)ではなく、リアルちんちんを脳に描かせてくる。なので気を抜いてると、いけませんいけませんな妄想をさせてくる。
同じ言葉でも言う人によってここまで差が出るとは……。ここ最近で一番勉強になったことだ。
「よっしゃぁぁ! これで二勝二敗! 次が最終決戦よ! 次で全てが決まるから! 今のうちに負けた時の言い訳でも考えておきなさい!」
卑猥な言葉を呟きながら恍惚な表情を浮かべている東海林さんに気を取られてしまい、第四ラウンドはフルボッコで敗北。
いかんいかん、心を無にしろ北山晴臣。
実力で負けたは納得できるけど、触手やらおちんちんやら卑猥な言葉に負けたとなるのはなんか嫌だ。言葉の響きが特に嫌だ。そうならぬよう、心してかかれ……!
「あの、北山さん、美月ちゃん、今お時間よろしいですか?」
「もちろんよももねん。どうしたの?」
「描き上がった触手をぜひとも見ていただきたいのです! どうでしょうか⁉︎」
小さい子が親に『見て見て描いた〜!』と見せるテンションで描きあげた触手をご披露。
今回はまだ裸体女子は描かれていない。俺は安堵の息を小さく吐き出した。
タブレットに描かれていた触手は、青紫色の毒々しい色合いで、先がハートマークのようになっておりぷっくりと大きく膨らんでいる。所々に血管が浮き上がっており、触手全体をテカテカさせているなんの液かはわからないヌメヌメもリアルに表現されて……毎度毎度思うが、そもそも平面にここまで綺麗に立体を描けるのすごいなと思う。
俺たちだけに披露するのが本当にもったいないと思うレベルだ。
「今回の触手はグロ強めって感じがするわね。色も毒々しいというか、見ているこちらに不快感や恐怖を思い起こさせるわ」
「今回絡める予定の女の子は、気の強い子なんです。もっと詳しく言うと、強い信念を持った女騎士です! なので、その子に負けぬよう見た目から強さがわかるような触手をセレクトしたんです!」
「なるほど。浮き出る血管もその力強さの表現の一つなのね。私個人の意見なのだけど、浮き出る血管が少し多すぎると感じるわ。もう少し数を減らしてみて、一本一本を今よりも太くして力強さを表現してみたらどうかしら?」
「なるほど確かに……! 浮き出る血管描くのが楽しすぎて、少々描き過ぎているかもしれません……! 貴重なご意見ありがとうございます!」
「いえいえこちらこそ。先生の素晴らしい作品を見ることができて、私は感動しています……!」
「せ、先生だなんて、照れちゃいますよ美月ちゃん……! でも、素敵な響き……!」
「ももねん先生、これはあれよね? 先端がパカっと開いて中から生殖器官が出てくるタイプよね?」
「そうですそうです! こう、ムアァっと開いて中央からミチミチミチィと逞しいものが出てくるタイプです! 美月ちゃんはこっちよりも蛸足タイプで先っちょからドピュッとでる方が好みですか?」
「うーん、そうね……シチュエーションによるかしら? 気の強い女騎士なら、今回のパカっとタイプがいいわね。こう、色んなところを愛撫され続けても『私は負けぬ……こんなことでは……!』助けが来ることを信じ強い意志を持ち続ける女騎士……だが、彼女の前に現れた一本の触手は、ムアァ……ミチミチミチィ……『ま、待て……! ま、まさか、それを私に……⁉︎ や、やめろ……やめっ──』みたいな感じで女騎士の強い意志を絶望に染め上げるシチュができるじゃない?」
「美月ちゃん! あなたは最高の触友ですっ!」
両の手を大きく広げて、南雲さんを抱きしめる東海林さん。
やっぱこの二人、結構相性いいよな。
二人の可愛いやりとり(話している内容は可愛くないが)を一歩引いたところで聞いている俺。
ソファーに寝転んで動画鑑賞していた西宮さんは、こちらに聞こえるほどの大きな息を吐き出してスマホから目を離した。
「あ、あのぉ……そういった話をするのは構わないんだけど、もう少しだけ小さな声で話してもらえると助かると言いますか……。あなたたちと違って、その、全くそういったことに興味のない人間もここにはいるので、そういった方にも配慮していただけると」
上半身を起こし、こほんと咳払いをして思いを伝える西宮さん。
南雲さんは特に反省の色を見せることなく、トコトコ西宮さんのそばへ向かい、優しく彼女の肩を叩く。
「かなたん、正直になりなさい」
「え? な、なに、どういうこと……?」
「ここは相談部、あなたがあなたらしくいられる場所よ。無理なんてしなくていいの。嘘を吐かなくていいの。自分の思うままに自分を表現したっていいの」
「あ、あの、づっきー? 一体なんの話──」
「この前『部室に忘れ物しちゃった〜!』とか言って部室に戻って、本棚の──」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎ ちょっ、ダメダメダメ! それ以上はダメェェェ! づ、づづづづづっきー! それダメ! 本当にダメなやつだから! ってか、なんで知ってるの⁉︎ ねぇなんで⁉︎」
「あまりにもわかりやすい嘘だったから、気になっちゃって」
てへっ! 南雲さんはそう言って舌をぺろっと出して右手で頭をコツンっ。
西宮さんは顔真っ赤にして南雲さんの肩を揺さぶる揺さぶる。
俺と東海林さんは二人のやりとりから視線を外して、南雲さんが口にしていた本棚を見つめた。
本棚には、俺と南雲さんが家から持ってきたものや古本屋で安く買ってきた漫画やラノベが並んでいる。それを西宮さんはちょこちょこ手にとり読んでいたはず。何をあんなに恥ずかしがって……いや待て。そういや本の裏には、東海林さんの私物である触手ものの薄い本が隠されていたはず。
もしかして彼女は、それを……?
「か、かなちゃん……! もしかして……もしかしてなんですが……!」
隣にいる東海林さんは、あからさま目を輝かせ、動く歩道に乗っているかのような動きで西宮さんへと接近。
「かなちゃん! 見たのですね! 本棚の裏に隠してある、あの──」
「見てません見てません私は何も見ておりません! ですので、そんなキラキラした目で私を見ないで! あなたの期待には何も応えられません! 私を見ないでぇぇぇ!」
「美月ちゃん、もしかしたらかなちゃんは、異性の北山さんがこの場にいるから素直になれないのではないでしょうか……! 女の子だけの空間となれば、かなちゃんも素直になれるのではないでしょうか……!」
「確かにそれは一理あるわね。てことで北山くん、しばらく部室外で待機してもらえるかしら?」
「あ、はい。もちろんです」
「え⁉︎ あ、ちょっ、待って待って待って! はるはる行かないで! 私を一人にしないでぇぇぇ!」
西宮さんの願いを背に、俺は部室の扉を閉めた。
果たしてこれでよかったのだろうか……?
いやでも、あそこまでいったらもうバレてるようなものだし、素直に吐き出したほうが西宮さんのためにもなるだろうし。たぶん。
部室内から、恥ずかしさがたっぷり含まれた西宮さんの叫びが耳に届く。
俺は軽く笑みを浮かべたのち、彼女たちの声が聞こえなくなるよう部室から遠ざかる。
人通りが全くない静かな第三校舎の廊下を、俺は一人で歩いていく。
一人で歩くのが当たり前だったのに……今では、それが懐かしい。
今の俺は、誰かと一緒にこの廊下を歩くのが、当たり前になってしまったから。
この当たり前が、これからも、ずっとずっと、続いていけばいいな。
部室で話している三人のやりとりを想像して、小さく笑って──俺は軽い足取りのまま、第三校舎を後にした。




