成長したからと油断はするな
「え、やばっ! うますぎない⁉︎」
朝のホームルーム前、東海林さんの周囲に集まっていた女子生徒たちが声を上げる。
お褒めの言葉をもらった東海林さんは「いえいえ、そんなそんな」と謙遜の言葉を呟きながら照れくさそうに頬を掻いた。
「ももちゃん、SNSとかやってないの⁉︎ 絶対有名人でしょこれ!」
「いえ、そういったものは今のところやる予定はなくて」
「なんで⁉︎ 絶対やったほうがいいって! もったいないよ!」
「ありがとうございます。でもやっぱりその、いろんな人に見られるって思うと、恥ずかしくて……!」
「そっかぁ〜。絶対あげたらバズると思うんだけどな〜。イラストちょーうまいめちゃかわ女子高生って!」
前席の盛り上がりは、まだしばらくは続きそうだ。
自席に座る俺は前の盛り上がりから視線を外し、手元のスマホを覗き込む。
俺たちが計画した噂を塗りつぶす作戦は、友達の多い西宮さんの協力もあり、瞬く間に一年生の間に広まった。今では噂になっている東海林さんのイラストを一目見てみようと、連日彼女の周りには人だかりができている。
「しっかし北山あんた、ほんと羨ましい男だね〜」
東海林さんを囲む集団から離れ、俺の元にやってきたクラスメイトの空さんが、俺の机に手を置いてニヤニヤしながら見つめてくる。
「あんな可愛い子と二人きりで一緒にお昼食べながら、イラストのモデルまで頼まれてさ〜。他の男たちが喉から手が出るほど欲しがってるものを、平然とした顔で手に入れちゃうんだから。ほんと罪な男だね〜」
「いやいや、その、たまたま偶然といいますか。俺自身めちゃくちゃびっくりしてましたから、平然とはいられてませんよ」
「でもさ、一緒にお昼食べてモデル頼まれて、めちゃくちゃ嬉しかったでしょ?」
「それは、まぁその……は、はい」
若干の照れを浮かべて、空さんの問いに回答。
空さんとはほとんど話したことはないが、部活動でフリートークなどを行なっているおかげだろうか、さほど緊張せずに話すことができる。
入学した頃の俺だったら、今頃焦りに焦って話すどころじゃなかっただろうな。
自分の成長をちょっぴりと感じられて、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
「あんたらもさ、掃除なんかよりもこの豪運持ち主の北山様を拝んだ方が、運がつくんじゃないの〜?」
空さんはケタケタ笑いを浮かべて、近くにいたムードメーカーの火山くんたちに言葉を投げつける。
掃除の時間でもないのになぜか箒片手に床掃除を行なっている火山くんたち男子数名は、空さんの言葉に仏のような微笑みを浮かべ──
「得というものは願うものではありません。自然とやってくるものなのです」
そう口にした火山くんの言葉に、男子たちは小さく頷いた。
彼らはなぜ朝から掃除をしているのだろうか?
あ、そういやそろそろ席替えの時期だったな。俺も徳を積み始めた方がいいだろうか?
「ちなみに北山、あんたはどっちなの?」
「え? どっちとは?」
「そりゃもちろん、南雲ちゃんか桃音ちゃん、どっちって話!」
「え……?」
空さんの質問に、前席で盛り上がりを見せていた集団がピタッと言葉を止め、一斉に俺に視線を向ける。皆の顔に浮かぶニッコリ笑顔──可愛らしいお顔のはずなのに、なぜだか背筋が寒くなる。
「それ、あたしも気になる〜!」
「え、どっちなん? どっち?」
「私はやっぱ北山南雲ちゃんかな〜! 廊下で二人並んでるとこ見ちゃったら、それ以外考えられなくない?」
「それわかるわ〜! 高身長コンビでめちゃお似合いだよね〜! モデルみたいでまじ羨ましい!」
「身長だったら、桃音ちゃんと北山くんヤバいでしょ! 桃音ちゃん、立って立って! ほら、北山くんも!」
俺の周囲を囲んだ女子たちが、俺の腕を掴んで無理やり立たせてくる。
東海林さんも有無を言わさず俺の元へ連れてこられ、二人並んで立たされる。
「キャァ〜! この身長差、たまらんって!」「改めてみると、えぐっ!」「もうなんか少女漫画じゃん!」
並ぶ俺たちをみて、女子が盛り上がる。
彼女たちの背後にいる男子たちが、箒を床に置いてシャドーボクシングを始めた。どうしよう……?
「ねぇ北山くん! 桃音ちゃん抱き上げてみて! こう、顔の位置まで!」
「ねぇそれはまじヤバいって! それこそもう少女漫画じゃんか〜!」
「身長差ないとできないうらやまシチュ! それはもううちら殺しにきてるって!」
「胸キュンお願いしま〜すっ!」
周囲の女子が、さらに盛り上がる。
男子たちの拳のキレが、さらに増す。
俺も東海林さんも、周囲の期待の眼差しを受けて断りの言葉を吐き出すことができず、苦笑いを浮かべながら、俺の後ろの席で静かに本を読んでいる頼りになる相談部部長、南雲さんへ助けての意味を込めた視線をチラリと送ってしまう。
その視線を、女子たちが見逃してくれるはずもなく。
またまたニッコリと笑みを浮かべた彼女たちは、俺たちに向けていた視線を南雲さんに向け──
「ねぇ南雲ちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?」
「本読んでるとこごめんね! ちょっとうちらの話聞いて!」
手を合わせて南雲さんにお願いする女子たち。
南雲さんはクールな表情を浮かべたままダンマリを決め込む──ことはせず、小さく息を吐き出して本をパタンと閉じ、顔を上げた。
「あなたたちの言いたいことは、なんとなく理解できてるわよ。言っておくけど、私は北山くんの隣に立つ以外のことはしないからね」
クールを保ったまま、静かに立ち上がる南雲さん。
彼女の行動に、周囲の女子たちは黄色い歓声を上げ、次々と感謝の言葉を口にした。
変わったのは、俺だけじゃない。
近づくのが烏滸がましいと思わせてくる凛とした美しさで誰も寄せ付けることがなく、話しかけられることがほとんどなくて一人でいることが日常だった彼女──それが今では、こんなにも簡単に話しかけてもらえるようになった。
もちろんまだ部室にいる時のような姿ではないけれど。
でも、放課後南雲がこの教室でも顔を出すのは、案外近い日に訪れることなのかもしれない。
「うわ……改めてこう南雲さん見ると、ビジュえぐい……!」
「あと北山、あんた背高すぎでしょ……! 南雲さんが小さく見えるって、普通に考えでバグでしょこれは……!」
「南雲さんスタイルめちゃいいし、ちょー憧れるわぁ〜……!」
「ってか、この二人絵になりすぎでしょ。このまま二人でドラマ主演とかいけるくない?」
「それわかるわぁ〜! 北山くんもなんだかんだでビジュいいしね〜。今までこれでよくモテなかったね? なんで?」
「それはまぁ性格なんじゃないの? 入学当初あれだったし」
「なる〜。でも、今は結構よくなってない? ふつーにあたしらと話せるようになってるし」
「それね。もしかして、それもこれも南雲さんのおかげだったり〜?」
「それはもうそうでしょとしか言えなくない⁉︎ 部活も一緒で、教室でも急に話すような間柄になって、移動教室なんかも二人隣り合って……誰がどう見たって南雲さんのおかげじゃん!」
「ねぇ、ちょっ、やっぱ二人って隠れて付き合ってんの⁉︎ ねぇねぇねぇ!」
女子の盛り上がりがさらに加速している。
男子たちがピタリと動きを止めて、一斉に俺を睨みつける。
どうしてこうすぐに付き合ってる付き合ってない話になってしまうのだろうか……?
このままでは南雲さんにご迷惑をおかけすることになるので、早いとこ否定しないと。
でも、俺の否定はちゃんと効果を発揮してくれるのだろうか……?
「あなたたちの期待に応えることができなくて申し訳ないけど、私と北山くんはそんな関係じゃないわよ。ただの部活仲間。そもそも私たちはまだ知り合って数ヶ月の間柄よ? そのような関係性になるには早すぎるわ」
腕を組み、毅然とした態度で言い放つ南雲さん。
南雲さんのありがたいお言葉に最上級の安堵を浮かべた男性陣は、拍手で感謝の意を示す。
「おい男子ども、うちらの会話に入ってくんな」
「あんたらは黙って箒掃いてろ」
「じゃあじゃあ、南雲ちゃん的に北山ってあり? なし? それだけ聞かせてよ!」
「……そうね……」
女子たちから視線を外し、俺を見つめる南雲さん。
先ほどからとんでもない質問がガンガン飛んできているが、南雲さんは冷静さを全く崩さない。さすがというか、惚れ惚れしてしまう。
おかげで俺も、安心して見守ることができる。
「……正直、今はまだわからない。そうとしか言えないわ。部活一緒に始めた頃の彼であれば、申し訳ないけど『ない』と言えたけど……最近の彼は、あなたたちも感じているように成長してる。あの頃と比べたらとても頼りになる人になっているから、彼がこのまま止まらずに成長を続けていたら、私の心境に変化が現れてもおかしくはないと思うわ」
周囲の女子たちに、ハッキリと自分の思いを伝える南雲さん。
俺の成長を一番知ってほしい人が、知ってくれていて、認めてくれて……こんなの、嬉しくないわけがない。
「あ、あの、南雲さん」
「なにかしら?」
「その、あ、ありがとうございます。そう言ってもらえて、俺めちゃくちゃ嬉しいです。俺、これからも頑張って、もっと頼りになる人になります。頑張ります。なので、これからもよろしくお願いします」
「そう。私もあなたに負けないように努力を重ねていくから、お互い頑張っていきましょ」
俺にそう伝えた南雲さんは視線を外して、スタスタ自分の席へと戻っていった。
やっぱり俺は、いや俺たちは、あの頃に比べて成長してる。
南雲さんも、入学当初に比べて、人に気軽に話しかけてもらえるようになった。
俺も、人と会話しててもオドオドすることなく、自分から話しかけることもできるようになったし、なにより自分の思ったことを、先ほどのように素直に吐き出せるようになった。
でも、成長したと言っても、まだまだ足りないと思うところはたくさんある。
南雲さんの隣を歩くには、これだけじゃ全然足りない。
だから俺は、これからも努力を惜しまずに──
席についた南雲さんから視線を外して、周囲の女子たちを見る。
なぜか彼女たちは、キラキラと目が痛くなるほどの輝きを放ち俺を見ている。
「き、北山……あんたさっきのは……!」
「こ、告白……! 間違いなく告白……!」
「『俺はこの先も成長して、お前の気持ちを絶対に変えてやる』という、いわば宣戦布告のようなもの……!」
「なにこれなにこれ、ちょー青春じゃ〜ん! え、やば! 鳥肌やば〜!」
きゃぁ〜! 周囲の女子たちが歓喜の声を上げる。
もちろん俺の否定の言葉など聞く耳持ってもらえず……『北山晴臣と南雲美月は付き合っている』という噂はなくなったが、代わりに『北山晴臣は南雲美月にぞっこんである』という噂が広まっていき……。
俺はまた、南雲さんと二人きりでいる時に恥じらいを持つようになってしまった。
そして──
「北山くん、あなたね……。あの場でも素直に自分の思ったこと言えるようになって、さらに今の成長で満足せず前に進み続けようとする姿勢はとても褒めてあげたいことなんだけど……もう少し、周りを見るようにしなさい。あの場であんなこと言ったら、あぁなるに決まってるでしょうが」
放課後、南雲さんに苦言を呈されました。
やっぱり俺は、まだまだ足りないところがいっぱいあるようです。




