人生思った通りにいかないことの方が多い①
東海林さんとの関係は、嬉しいことにあの後も続いていた。
お昼になったら第三校舎屋上前の踊り場に集まって、二人で端と端に座って、お話しして──
一週間が経過した本日のお昼も、俺は東海林さんと話せることを期待して第三校舎屋上前の踊り場へと足を進める。
「……あれ?」
いつもの食事処にたどり着いたが、本日の客人はゼロ。これまで東海林さんが俺よりも遅れたことはなかったので、本日は来ないのかもしれない。そう思うと、残念に思う気持ちが──
「誰かお探しですか?」
「うわっ⁉︎ び、びっくりした! う、後ろから声かけないでくださいよ!」
「ふふっ、ごめんなさい」
ペロッと軽く舌を出して謝罪の言葉を吐き出した東海林さんは、トトトッと階段を駆け上がり、いつもの端に腰を下ろす。
男子たちが影で『アイドル』だの『天使』だの言う理由がよくわかる。あんなことされたら、恋に落ちるなと言われても無理あるよ。
俺は南雲さんの無意識距離近ベタベタやら西宮さんの眩しい笑顔やらをほぼ毎日のように浴びているので、即恋ルートは免れられるほどの耐性はついているけども。
少々いたずらっ子気質のある彼女の行動にほんわか癒された俺も、東海林さん同様いつもの端に腰下ろしお昼の準備。東海林さんはすでにお昼の準備を終え、そしていつものスケッチブックを腿に乗せ、咀嚼の合間にせっせとペンを進めていた。
未だに何を描いているのかはわからないが、東海林さんが俺のことを多少なりとも信用してくれているのは、彼女の行動を見ていれば伝わってくる。そもそもまず信用されてなければここに来ないだろし、それに──
「……ふっ、ふへっ……! ふひひひ……! いい……とっても……! すごく、いい……!」
目や口を三日月型に変化させて、ブツブツ何か呟きながらペンを進める彼女を目にしてしまったら、嫌でもそう思うしかない。
教室では一度も見たことがない、不気味な笑み。どこぞの国のお姫様を永遠に眠らせる薬を作っている魔女と言われても納得しそうな笑み。
ますますなに描いてるのか気になってしまうから、できることならやめていただきたいものだ。
「あ、あの、北山さん」
「あ、は、はい。なんでしょうか?」
「あ、あの、その……私、北山さんに一つお願い事があるのですが、聞いてくれますか……?」
「あ、はい。もちろんです。どうしました?」
言葉を返して東海林さんの返答を待つ。
が、なかなか彼女は口を開かない。身体を小さくもじもじさせたり、視線をあっちこっちに飛ばしたりと、言いにくそうな仕草を次々と行っている。
一体俺は何を言われるのだろうか? 彼女の緊張が俺にも伝染し、俺まで頬を軽く掻いたり視線をキョロキョロさせたりと、落ち着きのない行動を始めてしまう。
しばらく沈黙が続き、少々居心地の悪い空気が顔をのぞかせ始めた頃──深呼吸を二度行い決意を固めた東海林さんが、ようやく口を小さく開いた。
「あ、あのですね……えっと……き、北山さんに、私の描いたイラストを見てもらって、その……か、感想を頂きたいなぁ……と、思っているのですが……ど、どうでしょうか……?」
「え……? む、むしろいいんですか、俺に見せて?」
「は、はい。もちろんです。北山さんなら、他の方に言いふらさないと信用していますので」
「……あ、あの、どうしてそう思ってもらえたのかは、聞いてもいいことですか?」
「はい。大丈夫ですよ。北山さんは、私とここで会った時、『絶対に見ないし、何描いてるのかも聞かない』って言ってくださいましたよね? 今日までたくさんお話ししましたけど、言っていた通り一度もイラストに関しては聞いてこなくて、約束しっかり守ってくれる人なんだなって」
正直めちゃくちゃ気にはなってましたけどね。
「それに、私が先に来てイラスト描いていたら、わざわざ手で目を覆って絶対に見ないようにして移動したり、壁に沿って移動したりと細かな配慮までしてくれて……あと、美月さんたちに私と話してるってこと、言ってないんですよね?」
「え? あ、は、はい。お昼に誰かと話したってことは伝えてたんですけど、誰と話したかとか話した内容とかは、東海林さんの許可もらってないので伝えてはないんですけど……ど、どうしてそれを?」
「前教室で美月さんとお話しした時に、お昼ご飯の話題になりまして。その時に美月さんが『北山くんは最近は誰かとお昼食べてるみたいだけどね。誰かは知らないけど』って言っていたのを聞いたんです。それでやっぱり、北山さんは私のこともちゃんと考えて行動してくださる素敵な方なんだなって。あと、あの美月さんが信頼していらっしゃる方なので、って部分も大きいと思います」
「な、なるほどそうだったんですね。あの、その、ありがとうございます。すごく嬉しいです」
「私も、色々と気を遣っていただきありがとうございます」
「いえいえそんな、気にしないでください。それでその、信用してもらってるのはわかったんですけど、どうして急に絵を見せようと……?」
「じ、実は私、ここ最近『もっと上手くなりたい』と強く思うようになりまして……。それでネットで上達方法を調べていたところ、『人に見せて感想をもらう』のが効果的だって書いてたんです。でも、SNSに投稿する勇気はないし、友達にも……そ、そもそもイラストを描いてること自体言ってないことなので、なかなか言いづらくて……。で、ですから、その……」
顔を俯かせ、スケッチブックを強く抱きしめる。呼吸を整えて決意を固めた東海林さんは、立ち上がり、真っ直ぐ俺を見つめたまま、一歩、二歩、緊張を含んだ足取りで前に進む。
「そ、相談部の、北山晴臣さんに、ご相談です! ど、どうか私の描いたイラストを見て、感想をいただきたいです!」
大切に抱き抱えていたスケッチブックを、両の手で俺に差し出してくれる。
彼女の勇気ある行動に、相談部として活動できている自身の成長に、熱いものが込み上げてきた。
「は、はい! もちろんです! 相談部として、東海林さんの相談事、しっかり承ります!」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「こ、こちらこそ、頼ってくれてありがとうございます。その、めちゃくちゃ嬉しいです……!」
互いにペコペコ頭を下げながら思いを伝え、少々長めに続いたペコペコやりとりに思わず笑みをこぼした。
今、すごくすごく南雲さんに伝えたい。こんなことがあったよって。俺、頼ってもらえたよって。成長できたよって。
きっと南雲さんも、自分のことのように喜んでくれるはず。早く、今すぐ伝えたい……!
でも、伝えるのであればしっかりちゃんと東海林さんに伝えてもいいか許可を取らなきゃいけないし、とにかく今は目の前のことに集中だ。
せっかく頼ってもらえたんだ。嬉しい気持ちは一旦置いて、東海林さんの相談事に真っ直ぐ向き合おう。
俺は一度咳払いをしてから「で、では、その、早速ですが、拝見させていただきます……!」と言葉を吐き出して、東海林さんから差し出されているスケッチブックを両手で丁寧に受け取った。
正直、怖い気持ちもある。東海林さんが満足してくれる結果を出せるかどうか。
でも、大丈夫だ。俺は、入学した頃の俺じゃない。成長してる。変われてる。だから、きっと大丈夫。
北山晴臣、お前ならできる。
はっきりと、強く、思いを自身にぶつけた俺は、一度大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせて……ついに、気になっていたスケッチブックの中を、覗き込んだ。
俺の目の前に現れたのは、学生服を着た可愛らしい女の子。
眉を下げ、だらしなく開けた口からは唾液が垂れ流れており、目は快楽を受け入れていることをはっきりと示している。四肢はうねうねとした太縄みたいな奴に拘束されており、制服はあっちもこっちもビリビリビリ。見えてはいけない部分は、もちろんどこもかしこも丸見えである。
このイラストを一言で表すならば『十八歳以下は絶対に見てはいけないイラスト』である。
北山晴臣の脳に、宇宙が広がった。




