変わるものと変わらぬもの
ピピピピッ。ピピピピッ。
放課後の部室にタイマーの音、そして「はい、しゅ〜りょ〜」という南雲さんの声が響き、俺たち部員三人は「ありがとうございました」と互いに頭を下げあった。
俺たちが行なっていたのは『フリートーク』
相談者が来た時にこちら側から相手の話を聞き出したり、話を途切れさせたりして話しにくい空気を作らないようにするための特訓だ。
三人それぞれ顔が見えるように円状に座り、会話の軸となる人と制限時間を決めて行う。途中で話題が尽きて会話が止まったとしても、制限時間が来るまでは基本止めたりはしないので、俺にとっては地獄と言っても過言ではない特訓だったのだが──
「はるはる、今日なんかいいことあったの?」
「え? い、いいこと、ですか?」
「うん。だってなんか今日、いつも以上に楽しそうに話してたというかさ。ねぇ、づっきー?」
「そうね。今日の北山くんはいつにも増して目がキラキラ輝いていたわ。そして、どうしてキラキラ輝いていたのかを……この名探偵ミヅキが当ててあげる」
西宮さんのかけていた丸メガネを優しく取り外し自身に装着した南雲さんは、クイッとメガネを指で押し上げて雰囲気作り。胸元のリボンを口元に近づけ、サササッと西宮さんの座る椅子の後ろへと身を隠す、某名探偵スタイルで解答するようだ。しっかり隠れきれてないところがなんか可愛いな、おい。
「北山晴臣さん、あなたがごぎげんな理由……それは、『本日、私たち以外の異性とキャッキャウフフ楽しくお話しできたから』だぁぁぁ!」
南雲さんの解答に合わせ、西宮さんが俺にビシッと指を突きつける。そして、まさかまさかの正解である。
もしかしてあの人、俺のあとつけてました……?
「ちょっ、づっきー……! いつもなら『な、なななな、なに言ってるんですか! そんなわけないじゃないですか!』とか言って慌てて否定するはるはるが、全然否定する素振りを見せないんだけど……! 絶対当たってるよ、それ……!」
「やっぱりそうだったのね。男の人があんな目をキラキラ輝かせることなんて、それくらいしかないもの。一体誰と話してあんな目をキラキラ輝かせるのかしらねぇ?」
「私たちと話してても、キラキラしないのにねぇ」
「ほんとそうよ。嫉妬しちゃうわ」
「あ、あの、別に俺、異性と話せたからってわけではないんですけど……。いやまぁ、異性と話しましたけども」
「やっぱり話したんですって、かなたん」
「誰誰? 私気になるんだけど」
「えっと、それは……言わなきゃダメですか?」
「知りたい!」
「私、南雲美月も知りたいわ! でも、無理に聞き出すのはよくないと思うから、そこは北山くんの判断に任せるわ。かなたんも、お色気作戦とかして無理やり聞き出さないようにね」
「頼まれてもやらないから安心してくださいっ!」
「北山くん、誰と話したかは無理に聞かないけど、なんでそんな嬉しそうなのかは聞いてもいいかしら?」
「そ、それくらいなら、はい。いいですよ」
「よし、きたこれ。あっ、待って。ポップコーンと炭酸飲料準備するから」
「映画並みの長尺話はしないので、用意しなくていいですよ」
いつもの放課後南雲っぷりに笑みを浮かべた俺は、若干の恥ずかしさを身に纏いながらも、こほんと一つ咳払いをして口を再度開く。
「え、えっとですね、その、今日のお昼に、お話しする機会がありまして。そこで、思ったんです。俺、成長してるなって」
「はい、南雲記者から質問です。北山さんは、どの辺がどんな感じに成長していると感じたのでしょうか?」
「はい、えっとですね、やっぱりまだ、その、言葉に詰まったり、スラスラと会話はできてなかったかなと思うんですけど、そんなに緊張せずにお話しできたし、自分から会話もいっぱい振れたし、相手の顔見て話もできて……! さっきのフリートークだったり、南雲さんと西宮さんが俺といっぱいお話ししてくれたおかげで俺、南雲さんたち以外の人とも、こう、なんていうか、自然に話せるようになったなって思って……! 自分の成長をすごく感じられて、それがめちゃくちゃ嬉しくて……!」
「「……」」
「……あ、あれ? ど、どうしたんですか? もしかして俺、なんか言っちゃいけないこと言いました……?」
「いや、その……はるはるがうちの妹ばりの純粋無垢な笑みを浮かべて喜んでたからさ、その……流石にその歳で男でそれは、あざとすぎんかと思って……!」
「え? お、俺、あざといですか……?」
「なんかそのあざといか聞いてくるそれもあざとくないですか! どう思いますか、づっきー先生!」
「そうですねぇ……まぁあざといかあざとくないかと聞かれればあざとい側に手が上がりますが、口にしているのが北山晴臣という人物ですからねぇ。これまでの彼を見てきている私からすれば、あれが狙ってやってるものではないのはわかります。『おい美月、俺の女になれよ』とか言いながら顎クイッとかしてきたら『北山くん頑張ってんなぁ。背伸びしてんなぁ』とは思うけど」
「し、しませんよそんなこと! そもそもできませんって!」
「えぇ〜してくれないの〜? 美月、期待してたのにぃ〜」
「き、期待されても困ります! 俺、そういうことするタイプじゃないですから!」
「そんなこと言わずに、一回だけやってみよ! 一回でいいから! ね、一回だけ! お願いお願い!」
「い、嫌ですよ! 恥ずかしいですって!」
「ぶぅ……! 北山くんのケチっ! じゃあ、かなたんにしてもらお〜」
「え、わ、私⁉︎」
「さぁ、かなたん! 私を、あなたの女にしてみなさい!」
「え、えぇ⁉︎ そ、そんな、急に言われても……!」
オロオロと恥ずかしそうにしながら俺をチラチラ見てくる西宮さん。「どうぞ、俺のことはお気になさらず」そう伝え、二人から一歩二歩と退いた。
「ちょっ、あんたズルいって! 自分がしないからって! こら、こっち戻ってきなさい!」
「さぁ、かなたん……! 私を……!」
「わぁぁぁぁ! 待って待って! まだ心の準備が! ちょっ、づっきー顔近い近い近い!」
される側の人間とは思えぬほど近づく南雲さん。する側とは思えぬほど恥ずかしさで焦る西宮さん。
このやりとり、南西推しが目にしたら尊すぎて爆散するのではないだろうか? そしてそれを間近で見ている俺は……うん、これ以上は考えないでおこう。
「づ、づっきー! ちょっ、ストップ! わ、私から一つ提案があります!」
「なに?」
「これ、その、わ、私やるから! やるから、その、はるはるにもやらせよう! ね!」
「え⁉︎ ちょっ、西宮さん⁉︎」
「私だけやらせるのは不公平だと思います! もういっそのこと、づっきーも含めて全員でやりましょう! その方が平等だと思うし、恥ずかしさも少しは軽減されると思いますっ!」
「ふむ、確かに……! かなたんの意見を採用します!」
「よっしっ! ってことで、はるはるもやる決定だからね〜! 逃げたらまじで許さないから!」
「な、なんでこんなことに……? どうして俺まで……」
「あんたが私を見捨てて逃げるのが悪いんでしょ! つまり、こうなったのもあんたの責任! 恨むなら自分を恨みなさいね!」
「あっ、そうそう。みんなでやるってことは、私ももちろんだけどあなたたち二人同士でもやるってことだからね? そこわかってる?」
「「えぇ⁉︎」」
「なによその反応? みんな平等にってことなら、そうなるのは当たり前でしょ?」
「あ、いや、そ、そそそそうかもしれないけど、私とはるはるは、別に……! ね、ねぇ!」
「そ、そうですね! 南雲さんにやるだけでも恥ずかしいのに、そこに西宮さんまでとなったら、俺……!」
「ってことで、私たちはお互いに了承を得てやらないという選択肢をとろうと思います! いいよね、づっきー!」
「ふーむ……。そこまで頑なにやりたがらないということは、つまり……! あなたたち、私に隠れて付き合ってるわね?」
「つ、付き合ってないよ!」「つ、付き合ってないですよ!」
意図せず重なり合った否定の言葉。俺と西宮さんは互いの顔を見合い、また恥ずかしさが沸々と湧き上がってくる。
その姿を見て、南雲さんは顔を少し伏せて小さく笑う。俺と西宮さんは、その笑いにつられて、恥ずかしさを面白おかしさで塗りつぶした。
「北山くん、私も北山くんはすごく成長してるなって思うよ」
「私も〜! 前のはるはるだったら、こんなに私たちと会話続かなかっただろうし、そもそも途中でフェードアウトしていってたもんね〜」
「そうそう。会話が途切れたら毎回のように『きょ、今日の天気は〜……』とか言ってた北山くんが懐かしく感じちゃうわ」
「言ってた言ってた。それで『あんたは天気予報士か!』ってづっきーにツッコミ入れられたの、今でも覚えてる!」
過去を掘り返されればされるほど、恥ずかしさが俺を包み込む。
だけど、それと同時に強く思える。俺、本当に変われてるんだなって。成長できてるんだなって。
自分で成長に気づけるのもすごく嬉しいけど……人から『成長したね』って言ってもらえるのは、自分で気づいた時以上の喜びが──
「隙ありよ、北山くんっ!」
「え?」
思い耽っていた俺の両肩をガッチリ掴み、南雲さんは俺を押す押す押す。
突然の出来事に混乱し、訳もわからずされるがままの俺は、南雲さんの思惑通り壁に簡単に追い詰められ、肩を下に押されて膝を軽く折り、彼女と目と目を合わせてしまう。
ハッと我に返った時には、すでに南雲さんの左手は俺の頬スレスレを通過し壁をドン。空いた右手を俺の顎に当て、クイッ。そして──
「おい晴臣、俺の男になれよ」
キリッとクールな南雲美月が、顔間近に言い放つ。こんなことされてしまったら、もちろんこれしか言えなくなる。
「ひゃ、ひゃい……!」
「ふっ、あははは〜! は、はるはる、めちゃ乙女になってるぅ! ひゃ、ひゃいって、あんた……! あ、あははは〜!」
「笑ってる暇が、君にあるのかな?」
「え? あ、ちょっ、待っ……! 待って待って待って! 私はまだ心の準備が、いやぁぁぁ! 近い近い近いってぇぇぇ!」
「おい奏多……俺の女に、なれよ」
「ひ、ひゃいぃ……!」
顔真っ赤に呟く西宮さん。俺と同じような反応してるじゃんとツッコミたい気持ちでいっぱいだったが、今の俺にそんな余裕があるわけもなく。
相も変わらずな南雲さんの近さ──こればっかりは、慣れるのにまだまだ時間がかかりそうだ。




