成長は自分じゃなかなか気づけない
現状を変えるためには、その場で立ち止まっているわけにはいかない。何かしら動かないと。
よし、まずは小さなことから変えていってみよう。そう思った俺は、本当に小さいことかもしれないが、『お昼ご飯を食べる場所』を変えてみた。
いつもの静かな第三校舎屋上前の踊り場から飛び出して、景色丸見えの非常階段で食べてみたり、中庭等に設置されているベンチで食べてみたり、教室……は、まだ流石に勇気が出ず。
そして本日は、お久しぶりの第三校舎屋上前の踊り場で食べることにした。
久しぶりと言っても一週間ほどいかなかっただけなのだが……なぜか一ヶ月ほどは留守にしてた気分というか。
離れてわかった。あそこはもうすでに俺の第二の故郷である。
安心感を携えながら階段を上がり、今日のお弁当はなにが入ってるのかなとワクワクも顔を覗かせた──その時、上段から視線を感じ、俺はピタッと動きを止めた。
いる……確実に、誰かが……! 俺の故郷が、俺のいない間に侵略されて……⁉︎ 一体誰が……ま、まさか、南西過激派の者たちが……⁉︎
脳内に瞬時に描かれるどぎつい拷問の数々に身体を大きく震わせ、さよならを何度も心の中で呟き、俺は恐る恐る顔を上げた。
俺の視界に映り込んだのは、今にも喉元を噛みちぎらんと言わんばかりに目をギラギラさせた男たち──ではなく、可愛らしい女の子。垂れ気味の目を細め、頬を軽く膨らませながら壁からひょっこりと顔を出して俺を睨みつけている。
小動物の威嚇を思わせる姿で現れた我がクラスの癒し系東海林さんを目にした俺は、浮かんだ恐怖を吹き飛ばし、口に出そうになった『可愛い』をグッと飲み込んだ。
「え、えっと、あの……どうして、東海林さんが、ここに……?」
「それはこちらのセリフです。どうして北山さんはここにいらしたのですか?」
「お、俺は、その、ほぼ毎日ここでお昼食べてるから、今日もここで食べようかなぁって、思って来たんだけど……」
「……ほぼ、毎日?」
「は、はい。ここ最近は、その、たまには別の場所で食べてみようかな〜って思ったんで、一週間くらいは来てなかったんですけど……それ以前は、毎日ここで食べてまして……」
「な、なるほど。そうだったんですね」
「あ、あの、もしお邪魔でしたら、俺場所変えるんで──」
「あ、いえ、そこまでしていただかなくても! そもそもここは私だけの場所ってわけでもありませんし! なので、私のことはお気になさらず! どうぞどうぞ、ここでお昼食べてください!」
「あ、じゃあ、その……お、お邪魔します」
軽く頭を下げて、俺は階段上りを再開する。
踊り場まで上がりきると、東海林さんは「先ほどはすみませんでした」と丁寧に頭を下げてくれた。
「あ、いやいや、こちらこそ、すみませんでした」
俺も真似をするように頭を下げて謝罪。顔を上げ、邪魔にならぬよう端に移動しようとした俺は、東海林さんの背後に置かれているスクールバックを目にし、動きを止めた。
彼女のバックからは、スケッチブックらしきものが顔を覗かせている。なんか盗み見してるみたいで申し訳ない気持ちになるが、彼女は俺の鎖骨付近にすら頭が届かないほど身長が低い。上からだと嫌でも見えちゃう……。でも、そのおかげで、どうして東海林さんがここにいるのか、なんとなくわかった。
「あの、東海林さん。もしかして、ここで絵を描いてたんですか?」
「え……⁉︎ あ、え、な、なんで……⁉︎」
「す、すみません。その、後ろに置いてあるバックから、スケッチブックらしきものが見てたので、もしかしたらそうなのかなって、思って」
「え……⁉︎ あっ……!」
顔を真っ赤に染めて慌てて後ろへ目を向けた東海林さんは、「あ、いや、その……! あ、あははは〜!」と口にしながらしゃがみ込んでスケッチブックをバックへ押し込む押し込む。
やっぱ知らないフリしといた方がよかったかな、これ……。いやいや、反省は後にしろ。今は目の前のことに集中だ。
「あ、あの、東海林さん」
「は、はい! なんですか!」
「あ、え、えっと……もし絵を描くのであれば、ここで描いてても大丈夫ですよ。俺、絶対に見ないし、何描いてるのかも聞かないんで」
「……え?」
「えっと、その、わざわざここに来てまで描いてるってことは、その、早く完成させたいのかなぁって、思いまして。なんで、俺のことは気にしないで、どうぞ進めてください。あっ、その、不安なのであれば、俺壁向いてお昼食べるんで、遠慮なく言ってください」
「え? あ、いえいえいえ! そこまでしていただかなくても! み、見ないのであれば、壁向かなくても大丈夫です!」
「は、はい。わかりました。あの、邪魔であればいつでも言ってください。俺、場所変えるんで」
「は、はい。あ、あの、お気遣いありがとうございます」
「いえいえ」
ペコペコペコペコ、互いに頭を下げ続ける姿に笑みが浮かぶ。俺たちは微笑みあったのち、踊り場の端と端、壁に背を向け自分の世界に入った。
スケッチブックの存在を知られた東海林さんの反応を見るに、よほど人には見られたくないのだろう。わざわざ人気のない第三校舎に来るくらいだから、そもそも絵を描いていることすらも知られたくないのだろうか?
こういうの、ラノベとか漫画なら『東海林さんは実はSNSで大バズりしている神絵師』みたいな展開なんだろうけど……いや、その線もまだ捨てきれないよな。そう思うと、何描いてるのかめちゃくちゃ気になるけども……俺と東海林さんの関係は、未だ『他人』レベル。そんなやつがガツガツいったって鬱陶しいだけ。気にはなるが、我慢我慢。
「あ、あの、北山さん」
「あ、は、はい。なんでしょうか?」
「あの、北山さんは、どうして美月さんとお昼食べないのですか?」
「南雲さんと、ですか?」
「はい。北山さんと美月さん、最近よくお話ししてますし、すごく仲良さげに見えるので。それなのに、どうしてお昼は一緒に食べないんだろうなって、少し気になってまして」
「な、なるほど」
俺と南雲さん、傍から見たら仲良しに見えてるのか。それはなんというか……嬉しい。ニヤけそうだ。
しかし、なんと説明しようか? いやでも、お昼一緒に食べない理由言ったところで南雲さんの秘密がバレるわけじゃないし、俺たちが相談部として活動していることはもうすでに周知の事実なんだから、別に言ってもいいか。
「あの、えっとですね、俺と、その、南雲さんは、相談部として、活動してるのは知ってます、よね?」
「はい。もちろん」
「それで、その、相談部は名前の通り、人の相談事というか、悩みを聞いて一緒に解決しようって部活動なんですけど……二人で話し合って、その、俺と南雲さん、話しかけづらくないかなって話になりまして」
「そう……ですね。北山さんはともかく、美月さんは正直話しかけづらい印象です。話しかけていいのかなって思ってしまうというか……」
「で、ですよね……。なんで、その、部活外でも話してたら、周囲の話しかけづらいって印象も薄まるんじゃないかってことで、その、話してまして。でも、ずっと二人で話してても、それはそれで話しかけづらくないかってことになりましたので、お昼は一緒に食べないってことに、なっております」
「なるほど、そうだったんですね。教えていただきありがとうございます」
「あ、いやいや。これくらいは、全然。うん」
「お二人とも、すごく部活動のことを考えて、頑張っていらっしゃるんですね」
「ええ、まぁ、その……まだ相談に来る人なんて一人もいないけど、もし来た時に何もできないのは嫌だから、その、はい、頑張ってます」
「北山さんたちの頑張り、私は結果として現れていると思います」
「え? ほ、本当ですか?」
「はい。以前の北山さんは、その……はっきりと申し上げるのは少し心苦しいですが、話すことが苦手で、自分の意見もハッキリ言えず、何事にも自信がなくて常に下を向いている暗い方……そんな印象でした」
何一つ間違っていないが、改めて言われると心に刺さるな……。
「でも、今は違います。然程お話ししたことのない私とも会話ができていますし、こうしますと自分の意見をハッキリ伝えてくれるし、なにより私の顔を見てお話ししてくれてます。以前と比べたらすごく変わったなって、私は思いますよ」
「あ、ありがとうございます……! あの、その……そう言ってもらえて、め、めちゃくちゃ、嬉しいです……!」
「美月さんも、以前と比べて『話しかけていいのかな?』って気持ちは薄れていますし、北山さんとお話しされてるところを見ていると、なんだかとても嬉しそうというか、楽しそうというか。美月さんが北山さんのことを信頼してるってことが、見ててよくわかります」
「え、あ、そ、そうなんです、かね……? そこは、その、わかんないんですけど……!」
「私、北山さんのお話を聞いて、今度教室で美月さんに話しかけてみようかなって思ったんですけど……北山さんは、どう思います? 話しかけてもいいと思いますか?」
「も、もちろんいいと思います! 南雲さんも喜びますよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あっ、私、北山さんともお話しできたら嬉しいなって思ってますので、もしよければこれからも私とお話ししてもらえますか?」
「も、もちろんですよ! 俺もその、東海林さんとお話しできたら嬉しいので、その、よ、よろしくお願いします!」
「はい。これからもよろしくお願いします」
ニコッと微笑んでくれる彼女を見て、なんだか照れくさい気持ちが湧いてくる。
彼女が俺に伝えてくれた言葉を思い出して、湧き出た照れくささは、プクッと膨らんだ。
以前の俺だったら、さっきの言葉に『お、俺なんかでよければ……』とか『お、俺で、いいんですか……?』とか、自分を下げる発言をしていたに違いない。
以前の俺だったら、そもそも東海林さんと目があった時点で、この場から逃げ出していたに違いない。スケッチブックの件でやらかしたとパニクって頭の中グルグルして何も話せなくなってただろうし、自分はこうするからと意見をハッキリ述べることだってできなかった。東海林さんの顔を見て話すこともできなかったし、そもそもこんなに会話を続けることだって……。
言われるまで気づかなかった。南雲さんと、西宮さんといっぱい話してたことで、部活動の一環でいっぱい話す練習をしたおかげで、できなかったことができるようになってて、それが『当たり前』にいつの間にかなっていた。
俺、少しずつかもしれないけど……以前と比べて、ちゃんと成長できてるんだ。




