徳を積むなら日頃からコツコツと
六月になって最初の帰りのホームルーム。
担任の松坂先生が四つ折りに折られた紙が大量に入っている茶色のカゴを手にした途端、クラスの男子たちが次々と腕を回したり呼吸を整えたり神に祈りを捧げたりと、戦いに向けた最後の準備を行い始める。
一ヶ月に一度の大戦、席替え。
気になるあの子の隣もしくは前後の席になれるようにと、席替えが近づくたびに男子たちはゴミ拾いなどを積極的に行い善行を積み始める。俺はそういうの普段からしてないと意味がないと思ってる派なので、席替えが近づいても普段通りの生活で過ごしてました。
俺が今座っている窓際一番後ろは、七番に割り振られている。一番後ろという居場所は気弱が落ち着くポジションだし、何より今は南雲さんの後ろの席なので、できることならここから動きたくない。もちろん南雲さんも動いてほしくない。
が、そんな自分勝手な願いなど叶うはずがない。人生はそう甘くないのだ。
「はい、それじゃあ紙開いて移動して」
担任の松坂先生が手を叩くと同時に、教室内は一気にガヤガヤお祭りモードに突入。
俺も波に乗り遅れぬよう、手元の紙を開けた。
六か……一つ前に移動のみ。場所的には、まぁ悪くはない。
「北山くん、どこだった?」
前の席の南雲さんが、身体を軽く捻って俺に声をかけてくれる。
この夢のような時間も今日で終わりか。
「六です。南雲さんが座ってるところ」
「ここ? じゃあ私たち、また一緒ね」
「……え?」
教室モードの南雲さんは、両側を左右の人差し指と親指でちょこんとつまんで広げた紙を俺に見せてくれる。男子胸キュン必須の姿から確認できた数字は『七』つまり俺が今いるところ。北山晴臣は本日確信した。神様は、いる。
「お、おい、嘘だろ……⁉︎」「バカな……! あり得ない……!」「どうじでだよぉぉぉ!」
最低限の移動で済ませた俺たちを見て、一部の男子が膝を折り、頭を抱えて嘆き始める。
「ねぇ、早く移動してくんない?」「邪魔なんだけど……」「とっとと動け、このアホ」
女性陣から冷ややかな目で見られて渋々動き始める男性陣。視線は俺を見つめたままなのに、器用に移動先へ机と椅子を運搬する。
俺、そろそろ校舎裏に呼び出されるかもしれないな。
「お二人はまた席前後なんですね」
ふふっ、小さな笑い声と共に前方から声をかけてくれた人物──その姿を見た俺は、目を見開いて驚きを隠せなかった。
方角っ娘と呼ばれ、我が二組のアイドル的存在、ゆるふわ美少女の東海林桃音さんだ。
鎖骨の下あたりまで伸びた髪は、毛先にかけてふわりと巻かれていて、彼女のゆるふわっとした雰囲気をさらに盛り上げる。垂れ気味の目と左の泣きぼくろは男子の視線を釘付けにし、そこから放たれる笑顔は男子たちを『ふ、ふわっふわっ……!』と謎の言葉を呟かせ気絶させる威力を誇る。女子の中でも小柄な身長、しかしながら出るとこでてる魅惑の身体は、男子たちに『守りたい……!』と無意識に思わせる。
「お、おいおい、冗談だろ……⁉︎」「あいつ、いくら積んだんだよ!」「オ、オデ、キタヤマ、ユルセナイ……! オデ、キタヤマ、クウ……!」
血が出るほど拳を握り、唇を噛み、血の涙を流す勢いで俺を睨みつけてくる男性陣。
神様、流石にやりすぎです。俺、あなたに好かれるようなこと何かしました? このままでは、我が二組から悲しみを背負う獣が生まれてしまいます。
「北山さんと南雲さんは、部活動も一緒なんですよね?」
「あ、は、はい。そうですね……!」
男子の視線に身体を震わせながらも、なんとか東海林さんに言葉を返す。
東海林さんが俺の言葉を受けて口をまた開こうとしたその時──教卓の前に席を移動させたクラスのムードメーカー、火山くんが勢いよく右手を上げた。
「先生! 俺、視力めちゃくちゃいいので、北山くんと席交換してあげようと──」
「ダメに決まってるでしょ」
「ちくしょぉぉぉ!」
提案を食い気味で一蹴され、頭を抱えて嘆く火山くん。
彼の行動を目にしたクラスメイトは、自然と小さな笑みを浮かべ始める。
東海林さんも、俺との会話を一旦区切り、火山くんに小さく笑った。
「調子乗んなよ、火山〜!」
「あんたの前後になる南雲さんと桃音ちゃんが可哀想でしょ〜!」
仲の良い女子たちから、愛のある強めのツッコミが飛んでいく。その流れを逃すまいと、火山くんの隣に席を移動させた仲の良い土田くんが、頬に手を当て身体をクネクネ動かし始める。
「えぇ〜ひどぉーい! のぼるきゅん、私の隣じゃ不満だっていうのぉ〜?」
「お前じゃなくて、大の仲良しである草木大和か水原涼太を召喚したかった」
「おい待て。それはマジで傷つくって」
急に素に戻ってツッコむ土田くんに、場はさらに笑い声で包まれた。
俺もあんな風に立ち回ってみたいなぁ。
盛り上げ上手の火山くんに憧れの視線を向けていた俺は、ふと周囲を見回してみる。
大半のクラスメイトは、火山くんたちいわゆる陽キャたちのやり取りを楽しげに聞いているが、中には全く興味がないのか机の下にスマホを隠していじってる人、長引かせるなよと言いたげな不満を視線に乗せてぶつけている人もいる。
まぁそうだよな、みんながみんなこういう雰囲気好きなわけがないよな。そう思うと、立ち回りって難しいよなぁ。
入学した頃の俺だったら、今頃火山くんにこれでもかと劣等感を抱いて、顔伏せて、笑う余裕なんてなかっただろうな。今はだいぶ余裕もあるし、視野も広がっている。
ふと自分の成長に気づけて、俺も周囲に溶け込むように笑みを浮かべた。
と、南雲さんが俺の背に指でなにやら文字を書き始める。
なんか伝えたいことでもあるのかな? 火山劇場に目を向けたまま、背中にも意識を向ける。
『う』『ん』『こ』
……うん。放課後まであと少しだから、もうちょっとの辛抱だよ、南雲さん。
「キタヤマ、ユルセナイ……!」「キタヤマ、クウ……!」
火山劇場へ飛ぶ愛のあるツッコミに紛れて、不気味な言葉が俺の耳に届き始める。
南雲さん、俺、獣に喰われて奴らのうんこになるかもしれません……。




