距離縮めるためには、ある程度身を削れ②
「あ、あの、これは、俺が小学生の頃の話なんですけど……俺、二つ下の妹がいまして、妹も俺と同じく背が高い子で、同学年の男子よりも高いことが基本と言いますか」
「え? 今、妹ちゃん何センチなの?」
「今、中二なんですけど、すでに百七十七センチあります」
「中二で⁉︎ 嘘でしょ⁉︎」
「だから、その、流石に俺には及ばないんですけど、周囲から頭一つ抜けてたんです。それで、一緒に帰ってる時、妹の同級生の男子たちが『デカ女』とか『巨人』とか『デカ過ぎて可愛くない』とか、妹に言ってきて」
「うわ、最悪……」
「妹は『気にしてないからいい』って言って無視してたんですけど、あんまりにもしつこかったし、風夏も気にしてないって言ってるけど、やっぱ気にしてるというか……だから俺、その男子たちに言ったんです。『デカくても可愛いだろ! 妹を馬鹿にすんな!』って」
「……あの、晴臣くん。今の所、あんたが妹を守ったっていうかっこいい話なんだけど。恥ずかしいところ、どこにもないんですけど」
「こ、ここで終われば、かっこいい話で終われるんですけど……俺、男子たちがいなくなった後、すごく怖くなってきて……。『明日絶対に仕返しされる』『授業中とかに乗り込んできてボコボコにされる』『お兄ちゃんはいっぱい殴られて死んじゃうんだ……』とか、これでもかとネガティブ発動させて、帰り道大泣きしまして……」
「……」
「それで、妹に『大丈夫だよ! おにぃはあたしが守ってあげるから! だから泣かないで。元気出して』って、妹にめちゃくちゃ励まされながら家に帰りまして……」
「……あ、あの、なんていうか……ま、まぁ、そういう日も──」
「それで、その後に──」
「え⁉︎ まだ続くの⁉︎」
「は、はい。それでその後、妹は学校でも休憩時間になったら速攻で俺の教室まで来てくれて、ずっとそばにいてくれて……。『なんでお兄ちゃんのところに来てるの?』って色んな人に聞かれても『あたしがおにぃとお話ししたいから!』って気を遣って答えてくれて……! なんかもう、俺、お兄ちゃんとして情けなくて恥ずかしくて……!」
頭のてっぺんから足のつま先まで、余す事なく熱くなっているのがわかる。穴という穴から湯気が立ち上りそうだ。
もうこれ以上は無理。限界だ。あまりの恥ずかしさに、俺は両の手で顔を隠した。
「……あ、あの、晴臣くん……非常に申し上げにくいんだけど……恥ずかしいエピソードとしては、ちょっと弱いかな、と……」
「……え?」
このエピソードが、弱いだと……⁉︎ どこをどうしたら弱く感じるというんだ⁉︎
目の前の俺をよく見てくれ! こんなに身体中を熱くしているというのに!
西宮さんから頂いたまさかのお言葉に、俺は絶句。目玉が飛び出るんじゃないかと思うほどに見開いて、西宮さんを凝視。
西宮さんは俺の様子を見て苦笑いを一つ。俺から目を逸らして言葉を続けた。
「いや、わかるよ? 晴臣くんが恥ずかしい思いをしたってことは、すごく伝わってくるよ? でもさ、この話を聞いた後に思うことって『妹ちゃん、めちゃいい子!』なんだよね……。だから、その、あなたの恥ずかしいよりも、妹ちゃんがいい子すぎるって方が強くて……晴臣くんが霞む」
グサッ! 霞むという言葉が俺の心を貫いた。
確かに言われてみるとそうかもしれない。しかしながら、俺が極上で最上級の恥ずかしい思いをしたというのは紛れもない事実。なのに、それが霞むだなんてぇ……!
「すみません……。新しい恥ずかしエピソード、また考えて持ってきます……」
北山晴臣のお恥ずかしフルコースのメインを張れるエピソードが、まさかのダメ出し。やり直し。予想を遥かに超えてくる絶望、翼をもがれた鳥の気分。果たして俺にもう一度飛ぶことができるのだろうか……?
「持ってこなくてもいいよ」
西宮さんの言葉は、またも俺の予想を超えてきた。
頭を抱えて身体を縮こませていた俺は、西宮さんの言葉で反射的に顔を上げる。
口元に手を当てて小さく笑っている彼女からは、俺に対する不信感は感じられない。
南雲さんが俺に見せてくれる笑みと同じく、優しくて、温かくて、俺も思わずつられて笑みをこぼしてしまいたくなるような安心感を覚える。
「え……? で、でも、さっきの話じゃ、弱いって……」
「確かに妹ちゃんが強過ぎて、晴臣くん霞まくりだよ。でもさ、晴臣くんにとってはすごく恥ずかしい話で、これ言われたら顔真っ赤になっちゃうんでしょ? なら、これでもいいよ。晴臣くんがどうしても言いたいって言うなら、他の話も聞いてあげるけどね」
「あ、いや、それは……! 可能であれば先ほどのお話だけで見逃してください……!」
悪戯な笑みを浮かべた西宮さんに、勢いよく頭を下げる。
「はいはい、わかりました」
彼女はそう言って、白米をひょいと口に入れた。
西宮さんの優しさのおかげでなんとかこれ以上傷を広げずに済んだ。もし追加でよろしくと言われていたら、お昼が喉を通らなくなるところだったぞ。
「……づっきーが信頼するの、なんかちょっとわかるかも」
ボソッと呟く西宮さんの言葉に、俺は弁当箱に伸ばした手を止めた。
本日は俺、恥ずかしいエピソードを暴露しただけなのだが、どこに納得できる理由を見出したのだろうか? 気にはなるが、こういうことを聞くのは野暮ってものだ。先ほどの言葉は忘れて、お昼ご飯を堪能しよう。
「あっ、そうだ。ねぇ、さっきの話、づっきーは知ってるの?」
「さっきの話は、西宮さん以外の人には言ったことないから、知らないはずです」
「ふーん。じゃあ、今日部活で言わなきゃね」
「……はい?」
お弁当箱を膝に乗せて、俺の動きがまた止まる。西宮さん、さっきから俺の予想してないことばかりしてくるよ。読めないよ。落ち着いてお昼食べさせてよ。
「あ、あの、なぜ南雲さんに……?」
「だって今のままだとさ、晴臣くんは私とづっきーの秘密知ってる。私は晴臣くんとづっきーの秘密知ってる。でもづっきーだけ、私の秘密しか知らないことになるじゃん」
「そ、それは、そうだけど……」
「晴臣くんがづっきーのこと仲間外れにしたいのなら、言わなくてもいいと思うけどね」
それはズルいって! それ言われたら、もう言うしかないじゃん!
「そ、それは俺も嫌なので……い、言います……」
「絶対だよ? わかってる?」
「もちろんです……」
「はい、言質とりました〜! これで私たち三人は、互いの秘密を知り合う公平な間柄となります! やったね!」
俺は素直に喜べないよ……。
「わかってると思うけど、言わずに逃げるはダメだからね? もしそんなことしたら……」
床のタイル一つ、二つ……西宮さんが移動する。
俺との距離は、タイル一つ分も空いてはいない。
「私がづっきーに、はるはるの秘密バラしちゃうからね?」
メガネをかけたまま浮かべた笑顔は、すれ違った時や体育の時に見せてくれた笑顔よりも、明るく輝いて見えた。こんなもの直視してたら、目が焼けてしまうよ。
「じ、自分で、言います……! 必ず……!」
膝に乗せたお弁当箱へ視線を逃して、西宮さんに決意を伝える。
誰かにしてもらえば、自分は動かなくていいからとても楽だ。
でも、現実世界はゲームと違って甘くはない。なにもせずにいても、経験値なんて入ってこない。自分が動かなきゃ、レベルなんて一向に上がっていかないんだ。
「づっきーはどんな反応するだろうね? 楽しみだな〜!」
笑顔を咲かせて、二つ目の一口ハンバーグをパクリ。
南雲さんにどう話を切り出せばいいんだよ……? 俺もそろそろお昼ご飯を再開したいから、これ以上悩みの種を増やさないでもらいたいものだ。
案を絞り出すために、目を閉じて集中する。
が、瞼の裏には先ほどの西宮さんの笑顔が貼り付けられていて、眩しくて眩しくて集中なんてできたもんじゃない。
まぁ、間近であんな笑顔見せられたら、男子だったら誰だってこうなるよ。皆同じ症状で悩まされてるんだろうな。
明るさから逃げるために、瞼を開ける。
楽しみに残しておいた玉子焼きが、弁当箱から姿を消していた。
「ん〜! 美味しぃ〜!」
なにを食べたのかわからないが、西宮さんがまた直視できない眩しい笑顔を放っている。
突如消えた玉子焼き、犯人は一体誰なのか?
この難事件を華麗に解決してやりたい気持ちはもちろんあるのだが、今の俺は別のことに頭をひねらなければならない。
よって、今回の事件は『西宮さんの眩しさに耐えきれず、玉子焼きが弁当箱から逃げ出した』そういうことにしておいてやろう。
次は目を背けはしないからな、玉子焼き泥棒め。




