距離縮めるためには、ある程度身を削れ①
西宮さんが相談部に入部したという話は瞬く間に一年生の間を駆け巡り、今や一年生の中で相談部の存在を知らぬ者はいないと言えるほど一気に認知度が増した。
これにより、相談に来る生徒がついにやってくるのではと内心ドキドキしながら学校生活を過ごしていたのだが、体育の時に『俺、相談部に顔出してみようかなぁ?』『馬鹿野郎! 今の発言が南西過激派の耳に入ったら、お前の命はないぞ!』と言う男子のやりとりを耳にして、相談に来る人はまだいなさそうだとホッとした。
が、すぐに南西コンビがわいわい楽しく過ごしている秘密の花園に突っ立ってる俺の命はどうなのだろうかという疑問が湧き上がってきて、もうすぐ六月になるというのに俺の心臓は未だ入学当初と変わらずドキドキしぱなっしだ。
どこにいるのか規模はどのくらいなのかも不明な南西過激派の影に怯えながら、いつものように第三校舎屋上前の踊り場で一人お昼を食べている俺は、どうしたら西宮さんの信頼を得ることができるのかを考えていた。
西宮さんから未だ信頼されていないということは、南雲さんと俺の扱いの差を見れば一目瞭然だし、部室では俺のこと『はるはる』ではなく『晴臣くん』と呼び直すところから察するに、まだまだ距離は離れている気がする。名前で呼んでもらえるのは嬉しいけども。
別に急いで距離を縮めようとしなくてもいいのだけれども、今の俺には西宮さんにだけ伝えたいことがあるので、二人きりになっても警戒されないくらいには距離を縮めたいのである。LINEで言えば済む話なんだけど、なんというか、この話は直接話したほうがいい気がするというか。でも今のままだと、二人きりで話したいとか切り出しても警戒されること間違いなしだし……うーん、どうしたものか。
何かいい案はないだろうか、考えながらお茶を口に含み──
「あっ、本当に一人でお昼食べてる」
階段下からひょっこり現れた西宮さんに驚き、思わずお茶をぶっかけるところだった。
危ない危ない。おかげで変なとこにお茶入って咽せたが。
「ごめんごめん、そんな驚くとは思ってなくて」
「に、西宮さん……! な、なんで、ここに……⁉︎」
「それはもちろん、これですよこれ」
笑みを崩さずに俺の隣に(もちろん距離あけて)腰下ろした西宮さんはクソデカため息を一つ吐き出し、カバンからメガネを取り出し装着。も一つ小さく息を吐き出し「生き返るぅ〜」と一言。
「お、お疲れ様です……」
「ほんと、お疲れだよ……。なんか日に日に男子から期待の眼差しが強くなってる気がするというか……いっそう気が抜けないと言いますか……」
それはきっとあれだ、南雲さんと強い関わり持ち始めたからだよ。南西推しからの視線だよ。
「あ、あのさ、西宮さん、その、今の状態でも、その……す、すごく可愛いと思うから、今のままでも、俺は大丈夫だと思──」
「それでもし友達減ったりしたら、あんたどう責任とってくれんの?」
目を細めて俺を睨みつけてくる。背筋が凍ったかと錯覚するほどに冷えた視線を受けて、すみませんと謝ることしかできない。
「全く……! 自分には被害ないからって、無責任な発言しないでよね……!」
頬を膨らませて、お昼の準備を始める西宮さん。
すでに被害出てますよ、こっちは……! 毎日男子からはかいこうせんレベルの視線浴びせられまくってんのよ……! 反動なしでバンバン撃ち込まれてんのよ……!
物申してやろうと思ったが、下手したらさらに距離が空いてしまう可能性がある。こういうことは、もう少し距離が縮まってから言ったほうがいい気がする。
喉元まで出かかっていた文句をグッと飲み込み、別の言葉を吐き出す。
「に、西宮さん、俺とじゃなくてさ、南雲さんとお昼食べたほうが、いいんじゃないかなって、俺としては思うんだけど……」
南西過激派の影に怯えながらボソッと吐き出すと「ほんとわかってないんだから……!」と一言バシッと俺に投げつけ、手にした箸を置いて俺に向き直り、言葉を投げつけてくる。
「いい? 私だって、できるのならづっきーとお昼食べたいよ。でも、づっきーは教室でお昼食べてるし、別のところで食べよって誘ったとしても、づっきーと一緒だったらどこ行っても注目浴びて落ち着けないじゃん。づっきー可愛いんだし」
あんたもな。
「んで、一人でお昼食べたとして、もしそれを誰かに見られたら『もしかして西宮さんって……!』って思われるかもしれないでしょ!」
考えすぎな気もするけど……。
「だから、私は誰かとお昼食べなきゃいけないの! そうなったら、私の秘密知ってるの晴臣くんくらいだし……。さ、先に言っておくけど、消去法だから! あんたが優先的に選ばれたってわけじゃないから!」
「は、はい……。で、でも、俺と食べてたら、それはそれで勘違いとかされるんじゃないですか? ほら、今だと二人きりになっちゃってるわけですし……」
過激派に見られてないか不安になって、階段下へと視線を向ける。
人の気配は感じない。よかった。まだ俺は生きられる。
「私が考えなしに晴臣くんのところに来たと思ってるの? 甘い甘い! もし誰かに見つかったとしても『はるはるが一人でお昼食べてるの知って、同じ部活仲間としてそれは放っとけないって思ったの!』って言えば大丈夫大丈夫!」
果たして本当にそれで大丈夫なのだろうか……? 俺は不安でたまらないよ……。
「なによ? なんか文句あるの?」
「いえ、その……俺が過激派にやられそうになったら、手を差し伸べてください……」
「過激派? なんの話?」
「あ、いや、気にしないでください。そ、それよりも、一つ気になってたことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」
「なによ?」
「あの、西宮さんって、同中の人いないんですか?」
「なに、急に?」
「西宮さんは、その、自分を変えるために、高校デビューをしたわけじゃないですか」
「そうだけど……高校デビューって言うのやめてくれない? 恥ずかしいんだけど」
「す、すみません。で、その、変わったことを誰かに知られるのが嫌だって言ってるじゃないですか。でもそれ、同中の人がいたら、すぐにバレるんじゃないかって思いまして」
「なるほどね。同中の人はいるっちゃいるんだけど、中三の時別のクラスだった人しかいないから、そもそも私のこと知ってる人いないんじゃない?」
西宮さんはお弁当箱の玉子焼きを箸で掴み、小さく口を開けて迎え入れる。
「あと、私中学卒業してから苗字変わってるの。見た目も苗字も変わってたら、流石に名前一緒の別人だって思うでしょ」
「……苗字が、変わってる……?」
俺は今、とんでもない地雷を踏み抜こうとしているのではないだろうか……? 額から冷えた汗が滝のように流れ出す。が、西宮さんは先ほどと変わらぬ様子で、俺のことお構いなく淡々と言葉を吐き出す。
「そう。お父さんの不倫が原因で、うち離婚したの。まぁ、自分が変わるきっかけにもなったし、元の苗字が外に村で『ほかむら』って読みだったから、いっつも『そとむら』って間違われてそれ訂正するの嫌だったから、私としてはよかったかもしれないけどね」
「……す、すみません……!」
「はい? なんで謝ってるの?」
「いや、だって、その……そういう話って、あまりしたくないのではと思いまして……」
「気にしないでいいよ。私、もう気にしてないし」
気にしないでと言われましても、こちらとしてはやっぱり気にしちゃうよ……! 気軽に触れていい話じゃないしさ……!
「先に言っておくけど、あんたづっきー裏切ったら、私がただじゃおかないからね?」
「は、はい! お、俺、絶対に裏切ったりしません!」
「どうだか? そう言って男はすぐ裏切るのよ」
ふんっ! そう言って俺から顔を背けて一口ハンバーグをパクリ。
まるで俺が不倫したかのような扱い……。
もしかして、西宮さんが俺を信用してくれないの、多少はその不倫も関係してる?
一番身近な男の人に裏切られてんだもんな……そりゃ俺のことも簡単に信用できるわけがないよ……。悲しいけど、こればっかりは仕方がない。
西宮さんから顔を逸らして小さくため息を吐き出した後、あることに気づく。
よく考えたら、今二人きりじゃん。今伝えたいこと伝えれば良くない?
いやでも、待って! あんな話聞いた後は話しづらいしそもそも話しかけにくいだろ!
ただでさえ今この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに!
でも、この機会を逃せば、次いつ二人きりになれるかなんてわからない。南雲さんに手伝って貰えば、そんな機会すぐに訪れるだろうけども……頼ってばかりは嫌だ。決めたんだ。俺一人でできそうなことは、俺一人でやってみるって。
自分がチャンスだと思ったんなら、失敗してもいい。掴もうと、手を伸ばせ。
「あ、あの、西宮さん!」
膝に置いていたお弁当箱を一旦床に置いて、身体ごと西宮さんに向ける。
少し声が大きかったのか、西宮さんはちょっと驚きながらも「な、なに?」と反応してくれた。
「あの、俺、西宮さんに、お願いがありまして……!」
「お願い?」
「は、はい!」
「……わ、私はなに言われても、絶対に卑猥な挨拶はしないからね!」
「え? あ、いや、違います違います! そのことではなくて! というか、そんなこと俺望んでませんから!」
なにも言わず、目を細めて疑いの視線を向けてくる。一刻も早く卑猥な挨拶人間の称号は剥奪したいものだが、今はそんなこと言っている場合ではない。
一度目を閉じて大きく一つ息を吐き出して、俺は再度西宮さんの目を真っ直ぐ見つめた。
「あ、あの、月曜日の、西宮さんの秘密の話なんですけど……あれ、今だと、俺がもし秘密をバラしたら、南雲さんの秘密をバラすって話になってますよね?」
「そうよ。だから、あんたバラしたら絶対に許さ──」
「お、俺の恥ずかしい秘密を今からお伝えするので! もし俺が口滑らせたりしたら、南雲さんの秘密じゃなくて、俺の秘密バラすようにしてくれませんか……?」
「……え?」
「お願いします!」
力強く頭を下げる。西宮さんはなにも言ってくれない。頭を下げた状態で、十秒ほど経っただろうか。ようやく頭上から西宮さんの声が聞こえた。
「今の状態だったら、もしあんたが口滑らせても、あんたにはなんの被害もないんだよ? それなのに、なんでわざわざ自分から危ない橋渡ろうとしてるの?」
「俺のミスで南雲さんが責任取るって形が、何度考えても、やっぱり嫌で……! 確かに俺にとっては、今の状態が一番被害少なくていいんだろうと思います。でも、いつまでも南雲さんにおんぶに抱っこされてたら、俺はいつまでも成長できないって、ずっと立ち止まったままだなって……! だから、お願いします!」
「……それ、私が嫌ですって言うわけないじゃん」
「……え?」
「私だって、あんたのミスでづっきーが責任取るなんて絶対に嫌。自分のミスは自分でなんとかするのが当たり前でしょ? ってか、それあの時にさっと言いなさいよ」
「す、すみません……。あの時は、ちょっとパニックになってたと言いますか……」
「まぁでも、あれがあったから、今づっきーと仲良く一緒の部活できてるのかもしれないし、過ぎた事だから別にいい。ほら、早くあんたの恥ずかしい秘密言って。先に言っておくけど、しょうもない話だったら、恥ずかしい話追加してもらうからね」
「あ、は、はい……」
これ以上恥ずかエピを言ってたまるか。この話で合格点もらうぞ……!
できる事なら言いたくないけど……。
これから自分の恥ずかしい話をする、緊張しないわけがない。今すぐにここから逃げ出したい。でも、逃げちゃダメだ。変わるためには、成長するために、必要な事なんだ。
胸に手を当てて、大きく息を吸って、吐いて……もう一度同じ行為を繰り返す。
落ち着け、落ち着け、何度も自分に言い聞かせて、俺は西宮さんの目を見つめ、口を開いた。




