勢いでいって成功すること、ほぼない気がする
変わりたいなとふんわりしていた思いが、変わるんだと強い思いに変化して。
西宮さんの秘密を知った次の日の放課後──普段は南雲さんのほんの少し後ろを歩く俺だが、気持ち新たに一歩踏み出して、南雲さんの隣を歩いて一緒に部室へと向かっていた。
「おーい! づっきー! はるはるー!」
南雲さんが部室の鍵を回したその時、渡り廊下へと続く扉付近から大きく元気な声が廊下に響き、声の主が勢いよく俺たちの元へと駆け出してきた。
「に、西宮さん、廊下は走らない方がいいと思います」
「はるはるってば、細かいことは気にしない気にしない〜!」
南雲さんを背後からギューと強く抱きしめた西宮さんは、笑顔を浮かべたまま南雲さんと共に部室へと入っていく。
昨日の出来事の後、変化したのは俺だけではなかった。
『あなたのもう一つの居場所』南雲さんが西宮さんに言ったこのセリフが決め手となり、なんと西宮さんも相談部へ入部することに。
まさかこの短期間で部員が増えるとは。そしてその部員は方角っ娘の一人……ますます男子からの視線が痛くなりそうだ。すでにレーザービーム並みの威力だと言うのに。
「はるはる〜、確か今日は活動日じゃないんだったよね?」
「う、うん。そうだよ」
「活動日じゃない日って、普段何してんの〜?」
「普段は、その、課題とか予習復習やって、それ終わったらゲームとかして遊んでます」
「おっけ〜! そんじゃ、私も一緒に課題やっちゃお〜! 私、づっきーの隣座る〜!」
ニッコニコの笑顔を浮かべたまま、未だ南雲さんに抱きついてる西宮さん。
昨日の一件以降、南雲さんにベッタベタである。このシーン、南西推しが見たら『尊い!』とか言って倒れるんじゃないだろうか? そして、それを間近で見ている俺は抹殺対象として命を狙われるのではないだろうか? 流石に考えすぎかな?
しかしながら、改めて西宮さんを見てみると、地味でつまんなくてぼっちだったなんて、正直信じられないよな。でも、だからこそ、俺も変われるんだって自信を持てる。西宮さんは俺のお手本かもしれない。困った時は、西宮さんにも色々聞いてみよう。
と、その前に……。
「あ、あの、西宮さん」
「ん? なに〜?」
「あ、あのさ、その、今はさ、俺と南雲さんしかいないからさ、その、西宮さんの過ごしやすいように過ごしてもらってもいいからね。俺たちは、その、し、知ってるからさ」
西宮さんの目を見ながら思ったことを伝え『そうですよね?』の意味を込めてちらりと南雲さんを見る。南雲さんは黙ったまま、うんうんと頭を縦に振った。
「あ、そっか! それもそうだね! んじゃ、早速だけどお言葉に甘えて〜!」
南雲さんから離れた西宮さんは、机にカバンを置いて腰に巻いたカーディガンを解き、袖を通す。スカートに手をかけると、我が妹風夏と同じく『パンツ見えちゃいますよ』とさりげなくご忠告したかった丈が、魔法が解けたかのように膝にかかるくらいまで降りてきて健康的な太ももを覆い隠す。大胆に開けていたシャツのボタンをしっかりしめて、カバンから赤色の学校指定リボンを取り出しつけ、さらにカバンからフチの細い丸メガネを取り出し装着。そのまま背筋を伸ばして椅子に座り、ふぅと息を一つ吐き出し、一言。
「あぁ……生き返るぅぅ〜……!」
これが本当の西宮さんの姿なのか。これもこれで可愛いと思うけどな。
「西宮さん、普段はメガネなんですか?」
「え? あぁ、うん。今はコンタクトつけてるから、度が入ってないやつだけどね。私、小学生の頃からメガネかけてたから、なんかつけてないと落ち着かなくて」
照れくさそうに右人差し指で頬を掻く西宮さん。メガネ姿も可愛いし、そのままつけてても問題ないと思うんだけどな。でも、漫画とかでメガネってなんか地味なアイテムとして扱われてること多いし『メガネ外したら、可愛いじゃん』みたいな、お邪魔アイテムとして描かれていることも多いから、西宮さんも嫌なのかな?
「あ、あの、晴臣くん、あんまジロジロ見ないでもらえるかな……?」
「あ、す、すみません……!」
頭を下げて、視線をすぐに南雲さんへと移す。
そういえば、南雲さん部室来てからまだ一言も喋ってない気がする。いつもなら『放課後フゥ〜!』とか言いながらキレキレダンス踊ったりとかしてるのに。どうしたんだろ?
ジッと南雲さんを見つめる俺。南雲さんは西宮さんとは違い俺の視線は気にならない様子で、なぜかジッと黙ったまま西宮さんを見つめている。そして西宮さんも、南雲さんの視線は特に気にならないらしく、カバンから取り出した水筒の蓋にお茶を注いで、両手で丁寧に持って喉を潤し、また「生き返るぅ〜……!」と一言。西宮さんも人前ではかなり自分を押さえていたんだな。
ちょんちょん、いつの間にか俺の隣に移動していた南雲さんが、右人差し指で俺の左脇腹を突く。何事かと視線を向けると「北山くん、ちょっと」そう言って俺を手招きながら部室を出ていく。
言われるがまま俺は南雲さんに続いて部室を出て、南雲さんの背を追う。廊下に出て部室から少し離れたところで足を止める南雲さんに続いて、俺も足を止めた。
「南雲さん、どうかしたんですか?」
「……」
「もしかして、体調悪いんですか? それなら、今日はもう帰った方がいいんじゃ……?」
「安心して。身体は元気百倍よ。今なら空だって飛べる気がするくらい」
「元気すぎます南雲さん。安心しましたけど」
「ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
一体なにを気にしているのだろうか? 部室入って気になること、なんかあったっけ?
ほんの数分前の出来事を思い返すが、特にどこか引っかかる部分は……西宮さんの変化は、昨日話を聞いていたので気にすることでもなさそうだし。
うーん……さっぱりわからない。俺は素直に南雲さんの言葉を待った。
「実はさっき、かなたんに対して『かなたん、こんにちんこ! 改めて、よろぉっぱいだよ!』ってぶちかましてやろうと思ったんだけどね?」
「よく踏みとどまりましたね南雲さん。俺今すごく拍手を送りたい気持ちでいっぱいです」
「勘違いしないで北山くん。私はね、言わなかったんじゃないの。言えなかったの」
正直どっちでもいい。
しかし、南雲さんの言うように『言わなかった』と『言えなかった』では少し意味合いが違う。南雲さんも西宮さん同様に、昨日本当の自分のことを伝えたはずだ。目の前で急にカワウソの真似したりとかも恥ずかしげもなく披露してたし……そんな彼女が、どうして言えなかったのか?
若干眉間にシワを寄せて、目も若干細めて『事件はすでに起こっているのよ』とでも言いたげな眼差しで俺を見つめてくる南雲さん。
真剣な表情に感化されて、俺の表情も引き締まっていく。
「な、南雲さん、どうして、その、言えなかったんですか?」
「私……かなたんに言おうとした瞬間……心の奥底から、これでもかってくらい羞恥心が湧き上がってきたの……!」
「南雲さん南雲さん」
「はい、こちら南雲です。どうぞ」
「西宮さんに言おうとしてたこと、今ここで言えますか?」
「北山くん、こんにちんこV MAX! 改めて、これからよろぉっぱいボインボインだよ!」
「ありがとうございます。続けて質問なんですけど、どうして俺にはV MAXとかボインボインとか、恥ずかしげもなく付け足せるんですか?」
「それはもちろん、私たちは似たもの同士だから」
「俺も常日頃から卑猥なこと言ってるみたいに言うのやめてください……」
「……え?」
「……え? な、なんですかその反応……?」
「……言ってる……よね?」
「い、言ってないですよ」
「言ってるよ?」
「言ってないですって」
「言ってる」
「言ってないです……!」
「言ってるって」
「言ってないですよ……!」
「言ってますぅ〜!」
「い、言ってないですってば! 俺、こんにちんことかよろぉっぱいとか、これまで一度も言ってませんから!」
「北山くん、今言った」
「今のはどう考えても『言わされた』でしょ! ちくしょぉぉぉ!」
南雲さんの手の上で踊りに踊った自分がとても恥ずかしくなり、両の手で髪をぐちゃぐちゃと掻きむしる。南雲さんは俺の様子を見て、白い歯を見せつけてしてやったりと満足げな表情。可愛いから許す。今回だけだ。
「と、とにかく、あの、俺には別に言ってもいいですけど、西宮さんはなんと言いますか、そういうのあまり得意ではない気がすると言いますか。だから、西宮さんの前では……」
南雲さんに異変を感じて、俺は言葉を止めた。
いつも俺と会話してる時は真っ直ぐ目を見てくれるのに、今はなぜか俺を見てくれてない。
なるほど、確かに話してる時にこっち見てくれてないと、不安な気持ちになるな。話聞いてるのかなとか、もしかして興味ないのかなとか。
最近はちゃんと気をつけるようにしてるけど、改めて気を引き締めよう。
相手の目を見て話す、と心の中で一度呟いてから、上半身を捻って南雲さんの視線を追いかける。
視線の先には、部室の扉からひょっこりと顔を出している西宮さん。口を開けて目を見開いて、顔もほんのり赤く染まっている。嫌な予感しかしない……。
「さ、さ、最低……! 晴臣くんの、変態……!」
こちらにギリギリ届く音量で呟いた西宮さんは、勢いよく扉を閉めて姿を消した。
俺と南雲さんの間に、また沈黙が立ち込める。
「……あの、南雲さん」
「はい、南雲さんです。どうしました?」
「さっきのやつ、俺が自発的に言ったと西宮さんに誤解されてる気がするのですが……」
「彼女の反応、そして発言からそうである可能性が非常に高いと思われます」
「ですよね……。どうしてくれるんですか、これ……?」
「私に任せて、北山くん。私たちは似た者同士の仲間なの。あなたを一人にはさせないわ!」
俺の肩に優しく手を置き、空いてる手の親指をグッと力強く突き立てる南雲さん。
とても頼れるお顔をしていらっしゃるのですが、とても嫌な予感がします。
俺の予感は見事に的中。部室へと駆け戻った南雲さんは、勢いよく扉を開けて、勢いよく西宮さんの元へ駆け「かなたん、こんにちんこ! 改めて、これからよろぉっぱいだよ!」と、勢いよく言葉を吐き出した。
先ほど湧き上がっていた羞恥心は一体どこに行ったのだろうか? そう思ってしまうほどの勢いで卑猥な挨拶を口にした南雲さん。それなのに、西宮さんの冷たい視線は扉付近で頭を抱えている俺に向けられている。もしかして、俺が言わせたって思っていらっしゃる?
「さ、さ、最低……! 晴臣くん、そんな人だと思わなかった!」
西宮さん、南雲さんへの信頼度、少しは俺の方にも割り振ってもらえませんか……?
その後、俺と南雲さんの弁解により納得はしてもらえたが、南雲さんは卑猥な挨拶禁止令が出され、なぜか俺はその日ずっと西宮さんに目を合わせてもらえなかった。




