隠し事なんて一つ二つどころか三つも四つも五つもあるもの④
自身の本当の姿を、なぜか『カワウソの真似をする』で西宮さんに見せつけた南雲さん。
もちろんのこと、俺と西宮さんはどうしていいのかなんと反応していいのかわからず、ただただ目を大きく見開いて南雲さんを見つめることしかできない。
「……え、あ、え、えっと……つ、つまり、その……美月さんは、たまにカワウソの真似しちゃう人って、こと……?」
「そういうこと」
そういうことじゃないよ南雲さん! それだと放課後南雲の魅力が全然伝わらないよ!
このままでは、南雲さんは放課後カワウソの真似するちょっと変わった子認定されてしまう。それを阻止すべく、俺は慌てて南雲さんの前に立ち、身振り手振りを交えて放課後南雲の説明を行う。
「に、西宮さん! そ、その、あの、ち、違うんです! あ、いや、ち、違わないんですけど! その、あの、南雲さんは、普段はその、勉強も運動もそつなくこなす孤高のクール系女子みたいな感じなんですけど! あの、じ、実はその、さっきみたいにカワウソの真似したりだとか、急に『五七五で会話しよ』とか言い出したり、一緒にゲームしてて勝ったら急に立ち上がって胸に手を当てて校歌を歌い出したり、クマって書いた紙をおでこに貼ったと思ったら急に『デデーン。突然ですが、部室にクマが現れました。さぁ北山くん、どうします?』とかやってきたりとか! 普段からは想像できないようなことをいっぱいするお人でして、それが本当の南雲さんといいますか! と、とにかくそういうことして楽しませてくれる、すごく可愛らしい方なんです!」
「北山くん、私そこまで暴露するつもりなかったんだけど」
「え、あ……! す、すみませんすみません! 本当にすみません!」
「北山くんには後程『こちょこちょの刑』を執行します」
「えぇ⁉︎」
「今北山くんが言った通りよ、西宮さん。私は、あなたたちが持っているイメージとはだいぶかけ離れた人なの」
「……ど、どうして……?」
「私の見た目だと、普段の振る舞いのようなイメージを持たれがちなの。周囲が抱くそのイメージとかけ離れてる自分は、受け入れてもらえないんじゃないかって思ったら──」
「ち、違う! な、なんで、なんで美月さんが、秘密を……!」
西宮さんの疑問はごもっともだ。西宮さんが願っていたのは、俺の秘密の暴露。それは話を聞いていた南雲さんも知っているはず。それなのに、どうして南雲さんは自分の秘密を、それもこうあっさりと……。知られたくないことのはずなのに……。
「仮に北山くんが、誰にも言えないような恥ずかしい性癖を暴露したとしましょう」
なぜ性癖⁉︎ 秘密でいいじゃん!
「それを西宮さんがポロリと誰かに言ってしまいました。そういう状況になっても、北山くんはあなたの秘密を周りに言いふらしたりなんてしない人なの。だから、そうなると不公平じゃない?」
「な、なんでそんなこと、言い切れるんですか……!」
「西宮さんに問いたいのだけど、言わないでって強く言われてる秘密を誰彼構わずにベラベラ話すような度胸が、彼にあると思う?」
俺のこと信用してくれてるんだろうけども、言い方!
「……た、確かに……!」
目を細めて俺を見た西宮さんも、ご納得。
ようやく信用を得られたのはいいが、なんだこの複雑な気持ちは……!
「わ、私は、晴臣くんが言ったら、言うからね……!」
「その時はご自由に。私もあなたが口を滑らせたら、校内放送を駆使して言いふらすから」
校内放送は流石に問題になるって、南雲さん……。
南雲さんの発言に驚きを隠せない様子の西宮さん。
冗談に聞こえないもんな、クール状態の南雲さんが言うと……。
チラリと南雲さんに視線を送った後、改めて西宮さんを見てみると、また目を細めて俺をジッと見つめてくる。
南雲さんに言われたものの、やっぱりまだ納得はできてなさそうだ。
まぁ西宮さんも言ってたけど、ほぼ絡みないやつのこと信用しろと言われても無理な話だよな。こればっかりは素直に受け入れるしかないか……。
西宮さんから視線を外して、小さくため息を吐き出す。
信頼なんてそう簡単にされるものじゃない。これからちょっとずつ、ちょっとずつ積み重ねていけばいい。しかし、これほどまでに敵意剥き出しだと、ちょっと心にくるというか……可愛く見えていた八重歯が怖く見える。
「西宮さん、正直まだ納得できてないでしょ?」
南雲さんの言葉に、強く肩を震わせる西宮さん。なにも言わずに目を俺たちから背ける。
もう素直に『はい、そうです』と言ってくれていいんですよ、西宮さん……。気を使わせてしまって申し訳ない……。
俺もまた西宮さんから視線を背け、肩を落とす。
ポンポン、哀愁漂う俺の背を優しく叩いてくれる南雲さん。『大丈夫。安心して』そう言ってくれているように感じた。
「まぁ正直、西宮さんの気持ちもわからなくないわ。然程関わりのない人間を信用しろって言われても、難しいよね」
「……」
「西宮さん、北山くんを見て」
「……?」
不思議そうに顔をあげて、俺を見つめてくる西宮さん。そんなジッと見られるとなんか恥ずかしくなってきたし、今は申し訳ない気持ちがいっぱいで目を合わせられないよ……。
「ほら、見た? 彼、今目を逸らしたでしょ」
今度は俺が肩を震わせた。また正の字が増える。お手数おかけしてすみません……。
「彼ね、あぁやってすぐ目を逸らして逃げる癖がついてるのよ。私と話してる時も、常に視線キョロキョロして。それに気が弱くて自分の意見をハッキリ言うのが苦手で『あの、その、あの……』って言わない日はないくらい。今すごく情けないオーラ出てるでしょ?」
南雲さんがなぜかめちゃくちゃ俺を攻撃してくる。色々とやらかしましたけど……。
「人の目を見て話せない、ハッキリと自分の意見を言えない、自信がなくて情けないオーラ全開の北山くん。そんな彼が、あなたの目を真っ直ぐ見て、ハッキリと自分の意見を言って……あの時、本当はすごくすごく怖かったと思う。逃げ出したい気持ちでいっぱいだったと思う。でも、西宮さんを不安にさせないようにって、その思いを胸に秘めて、彼なりに頑張ったんだよ」
「……」
「ねぇ、西宮さん。あなたも一人ぼっちの時があったんだよね? なら、人に自分の意見をハッキリ伝えることが、どれほど怖いことなのか……あなた自身も、わかってるよね?」
「……うん」
「北山くんは、それでもあなたに想いを伝えてくれた。安心してって。言わないって。勇気出して、声張って。あの時の北山くんは、きっとあなたのことを第一に考えてくれてたよ。そんな男のこと、ほんの少しくらいは信用してあげてもいいって思わない?」
「……」
俯かせていた顔を上げる。西宮さんと目が合った。
先ほどよりも柔らかく、なんだか申し訳なさそうな感情が乗っかってるように見えた。
やっぱり南雲さんはすごいや。あれだけ敵意剥き出しだった視線を、短時間でここまで変えてしまうなんて。
俺、こんなすごい人に信頼してもらえてるんだな。
まだ南雲さんと話すようになって一ヶ月も経っていない。それなのに、彼女は俺のことを信じて、自分の弱みを相手に見せた。まだまだ情けないところばかりの俺なのに、ハッキリと『言いふらしたりなんてしない』と言い切ってくれた。
嬉しい。すごく嬉しい。
でも、悔しい。
支えられてばかりの自分が、手を差し伸べてもらってばかりの自分が、悔しくて悔しくてたまらない。支えてほしいと言ってもらえたのに、今の俺じゃ支えられない。
あぁ、悔しい……悔しい悔しい悔しい……!
自分にできないことがあれば、それが普通だと、当然だと、当たり前だって、そう思って簡単に諦めがついていたのに……!
「……え? あ、ちょっ……! な、何で晴臣くんが泣いてるの⁉︎」
「ず、ずみまぜん……! お、俺……俺、なにもじであげられながった……! 西宮さんのこと、不安にさせで……南雲さんにも、だずげてもらってばっかりで……! そんな自分が、情けなぐで、悔しぐて、悔しぐてたまんなくて……!」
「はぁぁ⁉︎ だからって、その、な、泣く⁉︎ あんたは私たちと違ってなにも暴露してないじゃん! 泣きたいのはどう考えても私たちの方でしょ!」
「そ、そうなんですけどぉぉ……! ず、ずみまぜんん……!」
悔しくて涙が止まんない。涙流したい人を差し置いて、鼻水まで垂れ流す。
あぁ、情けない。情けない。本当に情けないなぁ……。
「今日はいっぱい成長できてる日だね、北山くん」
見るだけで安心感に包まれる南雲さんの微笑み。ポケットティッシュを取り出して差し出してくれる優しさ。またポロポロと涙が溢れる。
「ず、ずみまぜん、南雲さん……! ありがどうございまず……!」
差し出されたティッシュを受け取って、涙を拭って鼻をかむ。
西宮さんの前でも情けない姿をこれでもかと見せてしまった。
それでも、俺の前に立つ相談部部長は、怒るでもなく、馬鹿にするでもなく、もう一度優しく背を叩いて、俺を鼓舞してくれる。
「その涙は成長の証だよ。私と出会った頃のあなただったら、絶対に泣かなかった。やっぱり無理だった、こうなって当然だって諦めて、悔しさなんて湧いてこなかったはずだよ」
「は、はい……! お、俺も、そう思います……!」
「悔しいって感情は、大きな一歩を踏み出す力になってくれる。今日の出来事を糧にして、これからも一緒に進んでいこうね」
「は、はい……! お、俺、頑張ります……!」
「ではでは、落ち着いたら北山くんは端っこに移動してください! 今日はどう考えても西宮さんメインの話でしょ! 西宮奏多編よ! 主役よりも目立たないでください!」
「は、はい、すみません……! モブは、端っこに移動してます……!」
鼻を大きくすすって、南雲さんに言われた通り端に移動を開始。
南雲さんは俺を見ながら「モブって言わない! せめて準主役! 自分を卑下しない!」と忠告。はい、と素直に受け入れて端で体育座りを始める俺を見て、やれやれと言いたげな表情を浮かべたが、すぐに笑みに上書きされて西宮さんに向き直った。
普段見ることのないであろう南雲さんの笑顔を見たからだろうか、西宮さんは一瞬目を大きく見開いて驚きの表情を作り、すぐに南雲さんから目を逸らした。
「ごめんなさい。うちの部員が目立とうとして」
「え? あ、いや、別にそんなこと気にして……というか、晴臣くんと部活創ったって話、本当だったんだ……」
「うん。相談部って言うの。私と北山くん、そしてあなたのもう一つの居場所だよ」
「……え?」
「西宮さん、お互い秘密を打ち明けた者同士、改めて仲良くしましょ」
「……」
「私たちの前では、無理しなくていいから。辛かったら正直に辛いって言ってもいいの。苦しかったら正直に苦しいって言っていいの。私や北山くんの前、そして相談部の部室では、自分を偽らなくてもいいんだよ」
「……い、いいの……?」
「もちろん。あっ、やっぱ待って。一つ条件があります」
急に表情を引き締めて、右手のひらを広げて西宮さんへ突きつける。
突然の条件提示に、困惑の表情を浮かべる西宮さん。心配そうに俺に視線を飛ばしてくるが……俺にはわかる。南雲さんは、そんな心配するほどの条件を出す人ではない。
微笑みで、彼女の問いに答えた。
「私のことは、美月さんではなくづっきーと呼んで。私、いつもすました顔してたけど、づっきーって呼び方結構気に入ってるの。だから、これからはいつでもづっきーって呼んで。じゃないと、秘密バラしちゃうかもよ? かなたん」
「……わ、私も……私もさ……この先、西宮さんってづっきーから呼ばれたら、怒って、秘密言っちゃうかもしれないから……! 気をつけてよ、づっきー……!」
声が震え出し、瞳がまた潤み始める。
南雲さんは優しく微笑みを浮かべ、両の手を大きく広げ、西宮さんを包み込んだ。
颯爽と俺たちの前に現れたヒーローは、俺たちだけではどうすることもできなかった問題を軽々と解決してしまって、俺たちの心のケアまでしてしまって。
俺ができないことを、全部簡単に成し遂げてしまう。
俺との差を、これでもかと見せつけてくる。
いつもなら、その差をすぐに受け入れて、納得するのに。
今は、大きく開いた差を見て、唇を噛むほど悔しく思ってしまう。
こんなところで立ち止まりたくない。これ以上離されたくない。
追いつきたい。隣を歩きたい。
強く思った。このままじゃダメだ。
情けないままの自分なんて嫌だ。眺めてるだけなんて、絶対に嫌だ。
たくさん失敗したっていい。それでも歩けるのなら、それでいい。
もっともっと成長したい。
変わりたい。いや、変わるんだ。
絶対に、変わってやる。
強く目を閉じ、ゆっくりと瞼を開ける。潤みぼやけていた視界は、良好になった。
ハッキリと俺の目に映る、頼もしく、大きく見える背中。
その背中をまっすぐ見つめて、一つ大きく息を吐いて、立ち上がって、俺は一歩踏み出した。
あなたの信頼に、恥じずに堂々と応えるために。




