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隠し事なんて一つ二つどころか三つも四つも五つもあるもの③


「信用できないっ!」


 西宮さんの口から吐き出されたのは、俺が全く予想もしていなかった言葉。


 俺の頑張りを正面から否定され、視線があっちこっち、思考もあっちこっち、気弱な俺に逆戻り。この先どうすればいいのかなんて、もちろんわかるはずがない。


「あ、え、あ、し、信用……だ、だめなん、ですか……?」

「できるわけないでしょ! 私とあんたはほぼ絡みないし、クラス違うからどんな人なのかも全然わかんないし! 体育で見る限りじゃ、言わないって言っててもあんたなんかの拍子にポロッと言いそうだし!」

「そ、それは、あの、あの、その、あ、え、あ……!」

「言うでしょ! 誰かに強く言い寄られたりしたら、絶対にポロッと言うでしょ!」

「いや、あ、あの、い、い、言わ、な、い、言わないと、お、おも……」

「体育の時とかすれ違った時くらいしか話さない人のこと、信用しろって言われてもできるわけないでしょうが!」


 それは全くもってその通りですけども! 正論すぎて言葉が出ないよ! でもこのままじゃダメなのもわかってますよ! でもどうすればいいのですか⁉︎ どうしたら信用してもらえるかとかは、聞いてもいいことなんでしょうか⁉︎ どうなんでしょうか⁉︎


 視線を動かし頭を動かし手を動かし言葉にならない言葉が口から漏れに漏れ、一目で落ち着きがないことがわかる情けない様を見せつける俺。


 目の前の西宮さんは、涙で濡れた瞳を細めて俺を睨みつけながら、一歩、二歩、俺へ距離を詰めてきて、口を開く。


「教えなさい……!」

「へ、な、何を……?」

「あんたの恥ずかしくて誰にも言えない秘密! 私にも教えなさい!」

「え、えぇ⁉︎ な、なんで……⁉︎」

「あんただけ私の秘密知ってるなんて、許せるわけないでしょ! お互いの人に言えないような秘密を握ってないと、私が安心して生活できないじゃんか! あんた、逆の立場で考えてみなさいよ! 私があんたの秘密握ってて、あんたはなにもなくて……そんな状況で生活できるの⁉︎」

「そ、それは……そう言われると……!」

「だから早く! 教えなさい! ほら、早く!」

「あ、や、そ、そんなこと言われても……!」

「なんで言えないの⁉︎ やっぱりあんた、誰かに言うつもりなんでしょ! だから言えないんでしょ!」

「ち、ちがっ……! い、言いませんって! 絶対に! 絶対に言わないから!」

「それを証明するために教えてって言ってるの! ほら早く!」

「あ、え、で、でも──」

「信用されたくないの⁉︎」


 力強く一歩を踏み出し、俺に圧をかけてくる。

 先ほどとは打って変わって、俺の瞳が潤み始め、身体が大きく震えだす。


 恥ずかしい秘密を言えば信用してもらえる。しかしながら、西宮さんがご自身で言っていたように、ほとんど絡みがない人を信用しろと言われても、それはそれで……! 西宮さんだって今は友達多いんだし、なんかの拍子にポロッと言いそうだし! もしそうなっても俺は西宮さんの秘密誰かにバラしたりなんかする度胸無いし! 俺だけダメージくらいそうだし! でも、このままだと信用してもらえないし!


 あぁぁぁ⁉︎ 俺、どうしたらいいの⁉︎ 何をどうするのが正解なんですか⁉︎ 誰でもいいから助けてくださいぃぃ!


「話は全部聞かせてもらったわ」

「「……へ?」」


 目と目を合わせていた俺と西宮さん、同時に声を漏らして、階段下へと視線を飛ばす。


 一歩、一歩、余裕を持って階段を登る姿は、思わず頭を下げてしまいたくなるほどの圧倒的な存在感を放ち、一段一段登るたびに揺らめく艶やかな黒髪は、あまりの美しさに視線を奪われ、石になったかのように動きを止められる。


「な、南雲さん……!」


 震える声で、俺の元へと近づいてくるヒーローの名を呟く。不安に包まれていた俺の心は一気に晴れ、押し寄せた安心感から、涙がこぼれ落ちた。


「み、美月、さん……⁉︎ どうして、あなたが、ここに……!」

「あら、いつもは私のこと『づっきー』って呼んでくれるのに、今は呼んでくれないのね」

「え、あ……!」


 慌てて両手で口を覆い隠し、西宮さんは一歩、二歩と俺から後ずさる。


「というか、あなたたち声大きすぎよ。結構下の方まで響いてたわよ」

「あ、あぁ……⁉︎」

「安心して、西宮さん。ちゃんと渡り廊下に続く扉は閉めてきたから。あの扉、開ける時結構大きい音が鳴るから、誰か来たらここにいてもわかるよ」


 西宮さんを安心させる言葉を届ける南雲さん。しかし西宮さんの表情はまだ曇ったままだ。未だ目を細めて睨みを続け、歯を食いしばり、俺たちとさらに距離をとる。


「あ、あの、南雲、さん……! い、いつから、その、俺たちの話を……?」

「西宮さんの『……ねぇ……お昼のやつ……聞いてた、よね……?』辺りから聞いてた」


 つまり全部聞いてたのね……。後つけられてたの、全然気づかなかった……。

 ってか、よく聞こえてたな、あの音量の声を。


「……も、もしかして、あんたの言ってた友達って、み、美月さんの、こと……⁉︎」


 目を大きく見開いて俺を見つめる西宮さん。俺は西宮さんの問いに、黙ったまま頷く。


「つ、つまり、そういうことだ……! 何かあったらすぐに助けてもらえるように、近くにいてもらって……! 自分が不利になった時に、二人で私を追い詰めるために……! 最悪、最悪、最悪! 一人で来たように見せかけて、私を油断させて……!」


 下唇を強く噛み、大粒の涙がまたこぼれ出す。先ほどまで俺に見せていた強気な態度は、もうどこにも見当たらない。何もかもを諦め負けを認めたのか、両の手で顔を覆い隠し、西宮さんはその場に崩れ落ちた。


「終わった……私の高校生活、もう終わりだ……! また一人に……一人ぼっちに……!」

「……な、南雲さん、ど、どうしたらいいですか……? 俺、また勘違いされてるようで、俺が南雲さんを連れてきたみたいな感じになってます……。に、西宮さんは、俺のことを、その、全然信用してくれないので、俺が何を言っても、もう……」


 隣に立つ南雲さんの耳元で囁きながら現状報告。これ以上俺が何かすると西宮さんをさらに不安にさせるだけだ。それだけは今ハッキリとわかっている。申し訳ないが、今の俺にできることは、南雲さんに頼ることだけ。あぁ、なんと情けないことか……。


 自分の力不足をこれでもかと痛感させられ、情けなさが俺を包み込み始め、西宮さんと俺が放つ負の感情が、場の空気の重さに拍車をかける。


 息苦しい、動悸が激しい、震えが止まらない……負の感情による影響が身体中に現れ始めて、この場に居続ければ、身体も、心も、ぐちゃぐちゃになってしまいそうな──それほどの重苦しさを放つ屋上前の踊り場。だというのに、俺の隣にいるヒーローの顔には、悲しみや辛さ、苦しさ、あらゆる負の感情は一切感じない。


「西宮さんに何か言う前に、相談部部長として北山くんに一言」


 軽く俺の背を叩く南雲さん。

 ここに至るまでやらかしまくってるんだ。すでに怒られる覚悟はできている……!


 強く目を閉じて、南雲さんの言葉を待つ。


「私と一緒に決めた目標、ちゃんと守れて偉い偉い」

「……へ?」

「よく頑張ったね、北山くん。後は、私にお任せなさい」


 右手親指を力強くあげて、パチンと一つ俺にウインク。

 周囲の重い空気が、一瞬でどこかへと吹き飛んでいった。


「西宮さん、あなたに見て欲しいものがあるから、少し顔をあげてくれない?」


 南雲さんの言葉を受け、力なく顔をあげる西宮さん。

 南雲さんはブレザーの内ポケットからスマホを取り出し画面を数度叩く。


 西宮さんに見せたいものとは、一体なんなのだろうか? 全く予想できない。

 俺も西宮さん同様に、南雲さんのスマホへ視線を送る。


 南雲さんが手にしているスマホに映し出されていたのは、カワウソ。両手を口元に当てて、口と目をこれでもかと開いているカワウソの画像。この状況に全く相応しくないカワウソ。なぜ今カワウソの画像を西宮さんに見せようと思ったのか、意図が全くわからない。この行動になんの意味があるのか、それを探るために南雲さんへと視線を向けてみる──


「……」


 南雲さんは言葉を口にすることなく、ただただ目と口を大きく開けている。


 彼女は一体何をしているのだろうか? さっぱりわからない。もしかして、この行動はカワウソの画像を見れば何かわかるのでは?


 もう一度カワウソの画像に目をやり、また南雲さんの顔を見て、またカワウソの画像、南雲さん、を数度繰り返し、俺は一つの答えに辿り着く。


 もしかして南雲さん、カワウソの真似していらっしゃる……?


 あっ、空いてる手を口元に当ててさらに画像に近づけた。絶対にそうだ。間違いない。


 なぜ今この場でカワウソの真似をしているのだろうか?

 突然の出来事に、西宮さんも同じく大きく目を見開いて南雲さんを見つめている。


 西宮さん、訳がわからない気持ちになるのはよくわかる。『なにこれ……?』と言いたげな目で俺を見つめたくなる気持ちもよーくわかる。が、一緒の部活動で多少は関わりのある俺でさえ、この行動になんの意味があるのかさっぱりわからない。


 だからそんな目で俺を見ないで。俺も助けてほしいの。


 二人からの熱い視線を受けている南雲さんの表情は一向に変わらず、カワウソの真似を続けたまま。俺と西宮さんも訳がわからない表情のまま、一、二、三秒……時間だけがすぎていき……互いの表情が変わらぬまま約十秒。南雲さんはようやく表情を崩し、いつものクールな表情が顔を出す。


 よくもまぁこんだけ空気冷やしておきながらそんなクールな表情を保てるものだ。俺だったら音速でここから消えているというのに……。


 呆然と南雲さんを見つめ続ける俺と西宮さん。

 そんな二人のことを気にすることもなく、クールな表情のまま、南雲さんは一言。


「私、本当はこういうことする人なの」

「……へ?」


 南雲さぁぁぁん! 本当の自分の見せ方、もっと他にやり方ありますってぇぇぇ!


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