隠し事なんて一つ二つどころか三つも四つも五つもあるもの②
一番良いであろう選択肢を思いつき実行しようとしたのに、両膝を鳴らして気付かれるという前代未聞であまりにもダサい見つかり方で一番最悪であろう結末を迎えてしまった北山晴臣くん。
逃走後は西宮さんと顔を合わせぬよう、男子トイレの個室に籠る大技を使用。その後の休憩中もそれで乗り切り、顔を合わせることなく帰りのホームルームまでたどり着くことができた。
西宮さんの心が限界に近づいてるのと同じように、俺の心も限界寸前である。これ以上何かあったら泣く自信がある。それくらいに弱っている。それくらいやらかした自覚ある。
本日は部活もせずに心のケアを優先しよう。家に速攻帰り、これからのことはベッドの上で考える。南雲さんには申し訳ないが、帰路の途中に今日は休むとLINEしよう。
チャイムがなり、ホームルームが終わり、誰よりも早く立ち上がり、誰よりも勢いよく深く礼をして、誰よりも早く扉へと駆け出した。
「あっ、はるはるじゃん! お疲れ〜!」
扉を開けたら、西宮さん。さっきチャイム鳴ったばかりなのに、何故ここに……?
男子であれば一目見ただけでドキドキしてしまうニッコリ可愛い笑顔で、俺をジッっっと見つめてくる。
ドキドキドキドキ、俺の心臓も例に漏れず鼓動を早める。
「ねぇはるはるぅ、私、話したいことがあるんだけどぉ〜! この後時間あるかなぁ〜?」
「あ、や、こ、このあと、は──」
「時間、あるかなぁ?」
「や、あ、あの──」
「時間、ある、よね……?」
ニッコリ笑顔を一ミリも崩さぬまま、ジッっっっと俺を見つめる西宮さん。彼女の背景が黒く染まっていく、ように見える。気のせいだと思いたい。気のせいであってくれ……!
結局俺は何も言えず、黙って頭を縦に振った。
西宮さんは笑顔を浮かべたまま、俺の右手首をガッチリと掴み、そのまま俺に背を向けて、どこに行くのか、何をするのか、何も告げることなく歩き始めた。
♢
俺に背を向けて、何も言葉を発することなく、ズンズン歩みを進める西宮さん。
俺の右手首を掴む力が、第三校舎へ近づくたびに強くなっていく。
階段を一段一段上がるたびに、死へのカウントが一つまた一つと減っていく。
アニメでたまに見る、広場の中央に設置されてる処刑台に上がる人の気持ちって、こんな感じなのだろうか……?
脳内の小さな俺たちは、ギャーギャー騒ぎながらあっちへこっちへ動き回るやつ、神に祈りを捧げるやつ、泡吹いて倒れるやつ、遺言書書くやつ、行動は違えど皆が終わりを迎える準備を始めていた。
処刑台へと続く階段を登り終え、処刑人が俺の手の拘束を解く。
『最後の言葉は?』とか聞かれるのだろうか……? 家族への感謝はもちろん、南雲さんへの感謝も忘れちゃダメだ。俺に残された時間は、あとどれくらいなのだろうか……?
家族と南雲さんへの感謝の言葉をまとめていると、今まで背を向けていた処刑人が、俺へと向き直った。俺はビクッと強く肩を震わせて、俯かせていた顔を、力無くあげた。
俺の視界に映り込んだ西宮さんの姿は──とても、弱々しい姿だった。
震える身体に落ち着けと言わんばかりに両拳を力強く握りしめ、これから起こるであろう恐怖の出来事に耐えられるようにと唇を強く噛み、不安が色濃く映し出されている瞳には、溢れんばかりの水が溜まっていた。
さっきまで一生懸命考えていた最後の言葉は、俺の脳内から転げ落ちていく。
俺、間違ってた。何勘違いしてんだよ?
弱みを見せたのは俺じゃない。顔を合わせたくなかったのは俺じゃない。
追い詰められているのは、俺じゃないんだよ。
俺は、命の綱を握られてる立場じゃない。握ってる立場だ。
目の前のか弱い少女を生かすも殺すも、それを決めるのは、俺なんだよ。
そんな俺が、逃げちゃダメだろ。俺が逃げたら、西宮さんが不安になるだけじゃないか。怖くなるだけじゃないか。もうバラされてるかもしれないって。明日からどうすればいいんだろうって。
何やってんだよ、何してんだよ……! 西宮さんに手を差し伸べたいとか思っておきながら、俺自身が追い詰めてんじゃんか……! 結局俺は、西宮さんのことじゃなくて、自分のことばっかり考えてるじゃん……!
「……ねぇ……お昼のやつ……聞いてた、よね……?」
今にも消えていきそうな声で、俺に問いかける西宮さん。
聞こえていませんでしたと言えば、彼女は安心してくれるだろうか? でも、今の彼女を見て、嘘なんて吐けるわけがない。
「……ご、ごめん。聞こえてました」
俺は目を伏せて、ハッキリと伝えた。
「……そう」
小さく呟いた西宮さん。俺と同じく目を伏せて、震えを一層強くする。
その後数秒、二人の間には沈黙が続いた。
俺が伝えたい言葉はすでに決まっている。でも、どのように伝えるべきなのか、いつ言えばいいのか、一人でいることが長かった俺にはそれがまだわからない。
今言っていいのかな? 伝え方はこれであっているのかな? もし選択を間違えてしまえば、西宮さんをさらに傷つけてしまうことになる。それだけは、絶対にしては──
「あぁぁぁもぉぉぉ! 私のバカ! バカバカバカァァァァ!」
沈黙を破ったのは、西宮さんだった。
先ほどとは打って変わって大声を上げ、頭を勢いよく掻きむしり始める。
「ってか、なんであんたここにいたのよ⁉︎ 私のことつけ回してたの⁉︎」
「え⁉︎ いやいやいや! つけ回してなんかないですって!」
「じゃあ、何してたのよ! こんなところで!」
「そ、それは、ここでお昼食べるために──」
「そんな嘘に騙されるわけないでしょ!」
「嘘じゃないですって! 俺、毎日ここでお昼食べてるんで! 今日もお昼食べよう──」
「こんな人気のないところにわざわざ来てお昼なんて、信じられるわけないでしょ!」
「ほ、本当なんです! 信じてください! お、俺、友達が……あ、そ、その……!」
喉元まで出かかった言葉を無理やり飲み込んだ。友達がいないと口にするのは、俺と友達になってくれた南雲さんに失礼じゃないか。でも、ここで友達がいないって言わないと、お昼食べてるってこと信用してもらえない気がする……!
言葉に迷いを見せて落ち着きがない様子も見せつける俺。早くなんか言えよと怒られても文句の一つも言えない状態だったが、西宮さんも何故か「あ、え、あ、う……」と言葉を詰まらせている。俺の状態と言いかけた言葉から、友達がいないと判断してくれたのだろう。説明の手間が省けて、俺としては正直ありがたい。
「だ、だからって! 私の秘密を勝手に聞いてたことには変わりないんだからね!」
「は、はい! それは全くその通りです!」
「あぁぁぁもぉぉぉ……! ほんとに、なんで……なんで私……! バカ……! バカバカバカ! ほんとバカァァ……! ここまで頑張ってきたこと、全部、全部さぁ……!」
「あ、あの、に、西宮さん……お、おち、落ち着い──」
「あんただって、友達作るのがどれほど大変なのか、わかってるでしょ⁉︎」
「え⁉︎ あ、は、はい! もちろん!」
「あんたが聞いた通り、私はずっとぼっちだったのよ! 真面目で、地味で、つまんない女で、ずっと一人で……! そんな自分を変えたくて、こ、高校では、絶対に変わるんだって、お、思って……! 伸ばしてた髪もバッサリ切って、髪も染めて、笑顔の練習とかもいっぱいして……いっぱい、頑張って、人に話しかけるようにして……!」
「……」
「あと、これ見なさいよ!」
勢いよく言葉を吐き出した西宮さんは、顔を横に向けて右耳たぶを手で強調してくる。
視線に映るのは、赤色の丸いピアス。
「え? あ、え、えっと……か、可愛い……です、ね?」
「そういうことじゃない! これ、すっごく怖かったし、痛かったんだから! それでも、変わるって決めたから、痛いのわかってても、頑張って、頑張ったのにぃ……! その頑張りも全部全部全部っ、あんたのせいで台無しよぉぉっ!」
乱暴に言葉を俺に投げつけてくる。その勢いのせいか、瞳から止めどなく涙が溢れ出す。
「……」
嗚咽し、何度も何度も涙を拭う西宮さん。その姿を、俺は見つめることしかできない。
自分のしでかしたことがどれほどのものだったのか、改めて認識して心が強く痛み始める。
理由はわからないが、言葉から察するに、西宮さんは俺が秘密を言いふらすと決めつけている。
でも、そう思うのも当然かもしれない。意図していない形で秘密を知られて、自分が頑張って頑張ってようやく手に入れることができた居場所が、たった数ヶ月でなくなってしまうかもしれないんだから。
そりゃ不安になるよな。怖くなるよな。落ち着いて物事、考えられなくなるよな。
きっと、高校入学するまで、いっぱい、たくさん、変わるための努力を重ねてきたんだろうな。辛くても、しんどくても、泣きたくなっても、苦しくなっても、憧れを手に入れるために、必死に頑張って、頑張って、頑張って……!
「……に、西宮さん!」
拳を強く握りしめて、腹から声を出した。
何度も涙を拭う西宮さんから、逃げずに真っ直ぐ彼女の目を見る。
友達を作ることがどれほど大変なのか、そんなの痛いほどわかる。
俺は怖くて歩けなかった道を、彼女は一人で歩いた。
俺が立ち止まって眺めていた光を、彼女は自分の手で掴み取った。
彼女の頑張りがどれほどのものだったのかなんて、聞かなくたってわかる。
俺は絶対に、その頑張りを無駄にはしたくない。
「あ、あの、その、お、俺、西宮さんに、伝えたいことがあります……!」
『相手の目を見て話す』視線をあっちこっち飛ばしながら話していたら、相手が不安になってしまう。西宮さんを不安にさせないためにも、伝えたいことは目を見て。
『思ったことはハッキリと言う』曖昧なこと言っていたら、それも相手を不安にさせるし迷わせてしまう。自分のためにも、相手のためにも、思ったことはハッキリ口にする。
そして『自信を持つ』大丈夫、大丈夫だ。だって俺は、少しずつだけど変われてるんだ。今の俺は、入学した頃の俺じゃない。だから大丈夫。思ったこと、ちゃんと伝えられるよ。
「あ、あの、その……お、俺も、その、今は、友達、一人いるんですけど……そ、それまでは、西宮さんと一緒で、ずっと一人で……! だ、だから、友達作る大変さも、変わる難しさも、居場所がなくなってしまうかもって思った時の、すごくすごく不安な気持ちも、全部全部、痛いほどわかります! だ、だから、その……!」
一度言葉を止めて、大きく息を吸い込む。今一度決意を固めて、俺の思いを、吐き出す。
「あ、安心してください! 俺、絶対にこのこと、誰にも言いませんから! 俺、西宮さんの頑張りを無駄にしたくありません! 居場所を壊したくありません! なので、その……も、もう、泣かないでください!」
「……」
「絶対に、絶対に言いません! 誰にも、絶対に! だ、だから、その……! も、もう一度言います! 安心してください!」
恥ずかしさがこれでもかと湧き上がってくる。やはり自分の意見をハッキリ言うのには慣れてないし、まだ怖い気持ちが大きい。今すぐにでも目を逸らしたい。逃げ出したい。
そんな弱気なことばかり思う自分が、言えた。ちゃんと最後まで目を見て、スラスラとは言えなかったけど、それでも思ったことはちゃんと伝えることができたんだ。
気弱で、ビビリで、臆病で、情けなくて、頼りなくて、どうしようもない俺でも、変わろうと思えば、ちゃんと変われ──
「……できない」
「……え?」
「信用できないっ!」
えぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎




