隠し事なんて一つ二つどころか三つも四つも五つもあるもの①
話しやすい人ってどんな人? という疑問には『西宮さんみたいな人』でお互いに一致した。
しかしながら、教室では孤高のクール系女子である南雲さんがいきなり西宮さんみたいな振る舞いを始めたら、周囲は話すどころか『え? 二重人格?』と困惑してさらに近寄りがたくなるはずだし、そもそもそんなことできてたら北山くんに『本当の私を見て』なんてやってないとのこと。
とりあえず南雲さんの個人目標は『教室でも積極的に俺と話して周囲に『気軽に話しかけてきてもええんやで?』アピールをさりげなくする』で決まった。
翌日、部活中に決めた通り、南雲さんは(もちろん教室南雲で)積極的に俺に話しかけてくれた。おはようの挨拶はもちろん、休憩中にも話しかけてくれるし、移動教室なんかも一緒に行こうと声をかけてくれて、移動中もお喋りして。
俺も南雲さんに置いていかれぬよう、小学校の学級目標みたいなやつをしっかり守って、相談しようと思われるような人を目指し……たかったのだが、放課後と違って周囲の視線(特に男子からの)が刺さる刺さる。周りの目が気になりすぎて、南雲さんとお話しどころではなかった。会話を聞き逃さないようにするのと『はい』『うん』『そうですね』を吐き出すので精一杯。もちろん脳内の額縁は真っ白。学級目標なんてどこにも存在してません。
放課後、南雲さんから『本日、私との会話で北山くんが私から目を逸らした回数』と書かれたメモを渡され、そこに書かれた正の字の数を目にした時は、速攻で土下座をぶちかました。
この先やっていけるのか不安の気持ちを抱えつつも、なんとか視線を潜り抜け数日──休み明けの月曜、お昼休み。俺は一人、第三校舎の屋上前へ足を進めていた。
ずっと二人で話しててもそれはそれで話しかけにくいのでは、とのことでお昼はお互いに別々でとっている。
正直俺としては別々で非常にありがたい。あんな視線という名のレーザービーム喰らいながら飯を食らえなど無理な話。飲み物どころか唾も喉を通りませんわ。
教室で身体中穴だらけになりながらご飯を食べている自分を想像して、苦笑いを一つ。
静かに階段を上がりながら、目標を決めてからの日々を思い返す。
当然のことながら、たった数日程度なので北山晴臣は大きな変化を見せていない。
しかしながら当初よりもほんの少しは視線に耐えうることができているし、何より南雲さんとの放課後前の会話も『なるほど』『そうなんだ』『へぇー』『すごい』など、語彙もかなり増えてきている。小さな変化はそれなりに見せている。うんうん成長してるぞ。
「はぁぁぁぁ……」
いや、わかるよ……その程度で何言ってんだって思うのはさ。でもさ、南雲さんも言ってたじゃんか。小さい一歩でいいって。その小さな一歩を積み重ねていけばいいんだよ。ちょっとずつ、少しずつ。だからいちいち弱気なこと思うのは……ん?
クソデカため息に触発されてプチネガティブが発動したが、もちろん俺はクソデカため息を吐いていない。つまり先ほどのクソデカため息は……。
足を止めて上を見上げる。神経を研ぎ澄ませて空気を肌で感じ、ぼっち時代に習得したスキル『人の気配を感じ取る』を発動。
……うん。多分いる。この先に、人が。
「あぁぁぁぁ……もぉぉぉぉいやぁぁぁ……」
スキル使わなくてもよかったわ。俺以上のネガティブを発動してる人が確実にいる。
俺、今からそこでご飯食べる予定なのですが……。
気づかれないほど小さくため息を吐いて、俺は気配を殺しながら一歩、一歩、屋上前の踊り場へと近づいていく。
「もう無理……こんなの続けられない……。これ以上は無理、壊れる……壊れるって……」
目標へ近づくたび、声が鮮明に耳に届く。
聞き覚えのある声、男子ならば一度聞けば忘れることはないであろう可愛らしい声。でも、彼女がこんなところにいるなんて正直信じられない。いつも誰かと一緒にいる、明るく元気なあの子が、こんな人気のないところに……。
音を立てぬよう、壁に身を寄せて顔を少しばかり出して踊り場に視線を送る。
俺の視界に映り込んだのは、階段に腰下ろし手で顔を覆っている女子生徒。
顔はハッキリと見えないが、金の髪、可愛らしい声、短いスカート丈に腰に巻かれた灰色のカーディガン──これだけで誰だかハッキリとわかる。
一組の人気者、俺の鼻血を拭ってくれた大天使、西宮奏多さんだ。
予想通り、彼女の周りには誰もいない。誰もいないにも関わらず、彼女はブツブツと小さく言葉を吐き出している。
「やめたい……今すぐにでもやめたいよぉ……。あんなの私じゃない……辛い辛い辛い……しんどい、辛い、しんどい……。でも、今やめたら……やめたらさぁ……」
「……また、あの頃に逆戻りだよぉ……」
今俺の視界に映っている人物は、本当に西宮さんなのだろうか? そう思ってしまうほど、目の前の彼女からは元気さを感じられない。明るさなんて微塵もない。
周囲を暗く落ち込ませるような、空気を重くして周りを押し潰そうとしているような、明日を見ることもなく自分はダメなやつだと決めつけて、何もかもを諦めて……西宮さんには本当に申し訳ないが、今の彼女は、まるで俺自身を見ているかのような、見ていられない気持ちにさせられる。
「やだ……それだけは絶対に嫌だ……! あの頃になんて戻りたくない……! 友達いっぱいできたんだもん、可愛いっていっぱい言ってもらえるようになったんだもん……! やだ、やだやだやだ……! 真面目で、地味で、つまんなくて、ぼっちの自分になんか、もう……!」
俺は西宮さんから視線を外した。顔を引っ込めて、その場に静かに腰を下ろす。
俺、もしかして夢を見ているのだろうか? あの西宮さんが……。
西宮さんの言葉から察するに、高校以前の彼女は、真面目で、地味で、つまんなくて、そして友達がいなくて……。
でも、そんな現状が嫌で、変えたくて、俺とは違って勇気を出して一歩を踏み出したんだ。怖いってわかっていながらも。しんどいってわかっていながらも。
そして彼女は手に入れたんだ。憧れていた居場所を。自分の手で。
でも、手に入れた居場所は、きっと想定していたよりも大きなものだったんだ。
思っていた以上の数の友達を手に入れて、思っていた以上に周りからチヤホヤされて……周囲からの期待が大きくなればなるほど、あの状態を維持し続けなきゃってプレッシャーを感じて、以前の自分を見せたら居場所がなくなると怖くなって、無理を続けて、止まることなく走り続けて……。
家ではなく学校で、放課後ではなくお昼休みに、できる限り早く溜まったものを吐き出さないといけないほど、すでに彼女の心は……。
このまま彼女を放っておけば、やめたい気持ちを押し殺して、無理を続けて、いつか西宮奏多は限界を迎えて壊れてしまうだろう。
西宮さんに手を差し伸べたい、助けてあげたい。
でも、今の俺に何ができる? ほんの少し変わっただけの俺に、一体何ができるんだよ?
北山晴臣はヒーローじゃない。誰がどう見たってそこら辺にいるモブだ。そんなモブ野郎に何ができるっていうんだよ? だからって、このまま見捨てるなんて……。
「……」
ふと、俺の頭に浮かぶ顔──そうだ、南雲さんなら……!
自分一人じゃ答えが出せそうにないのなら、誰かの手を借りればいい。今の俺にはそれができる。今の俺は、一人じゃない。
南雲さんはこの話を聞いても、言いふらしたりする人じゃない。西宮さんには申し訳ない気持ちはあるけど……あんな姿を目にして、黙って見てろはできるわけないよ……!
一旦今は声をかけず、放課後南雲さんに相談してからどうするか決めよう。今の俺には、それが一番良い選択のはずだ。
今後の予定を決めた俺は、音を立てないよう静かに──
ポキポキッ!
立ちあがろうと動かした両膝が乾いた音を打ち鳴らす。
おい、嘘だろ? なんで今ここで……?
俺は動きを完全に停止させる。西宮さんは何も言葉を発していなかった。今この空間は無音に近い状態だった。そんな中で音を立てやがった俺のお膝さん──
「あ、あんた、二組の……!」
恐る恐る顔を上げる。目を見開いて口を震わせ、じっと俺を見つめる西宮さん。
こうなることは、わかっていたよ……。俺以上にダサい見つかり方した人、この世に一人としていない説を今ここで推していきたい。
西宮さんの顔が青ざめ、震えが増す。俺も震えを増して、額からドッと汗が吹き出し始める。言葉を交わすことなく、二人してただただ震え、見つめ、時間ばかりが過ぎていく。
「も、も、もしかして……さっきの──」
震える口から、必死に言葉を吐き出す西宮さん。
『この速度なら陸上部に勝てるのでは?』気弱でネガティブな俺がそんな強気なこと思ってしまうほどの勢いで、俺はその場から逃走した。




