自分のことを客観的に見ることって結構大事
二日かけて部室の掃除を終わらせ、次の日の放課後から本格的に相談部としての部活動がスタート。
部活動初回の本日は『活動曜日を決める』『部活のPRはどのように行うか』『相談者が来ない時はどのように過ごすか』など、部活動の基盤を決める話し合いが行われた。
約一時間ほど話し合い、活動日は月、水、金で決定。土曜日は第一、第三週はやるでもいいかもと案が出たが、今のところ土日は休み。(南雲さんは課題やったり予習復習も部室でやるそうなので、平日はほぼ毎日いるみたい。俺も来たかったら遠慮せずとのこと)部活のPRは大々的には行わず、職員室付近にある掲示板と図書室の掲示板にポスターを貼る。あとは俺と南雲さんが教室で話していれば『あの二人なんで話してるんだ?』と周りが勝手に気になりだして部活の存在にたどり着くだろうとのこと。
そして、相談者が来ない場合の過ごし方は──
「ではでは、個人の目標を決めていきましょうか」
ホワイトボードの上段に『個人の目標』と書き記す南雲さん。相変わらず綺麗な字だ。
南雲さんは頼れそうだけどそもそも話しかけにくい。俺は優しそうだし雰囲気が丸い(南雲さん曰く)から話しかけやすいけど頼れるかと言われたら素直にはいと言えない。お互いに相談部としてやっていくには少々問題があるので、そこを改善できるように日々を過ごしていこうと話し合いの結果決まった。
「私が思う、北山くんが『相談しようかな』って思われるために必要だと思うことは、こちらでございます」
南雲さんがホワイトボードに書き記したのは、この三つ。
『自信を持つ』
『思ったことはハッキリと言う』
『相手の目を見て話す』
小学校の学級目標かな?
「まず一つ目、自信を持つ。北山くん、あなたはどうして自分に自信がないのですか?」
「え? あ、えっと、それは、その……何をしてもうまくいかないし、失敗ばかりなので」
「では、今男子が体育でやってるバレーを例に出してみましょう。北山くんは今、バレー全然できてませんね?」
「はい……おっしゃる通り……」
「では、努力を重ねて重ねて、ある程度できるようになれば自信が持てると思いますか?」
「そ、そりゃ、ある程度できるようになれば……」
ピピーッ! 南雲さんは首元にぶら下げていた笛を咥えて音を鳴らした。
いつの間に用意してたんだ、その笛……?
「私が思うに、あなたはそれでも今と変わらず自信が持てません」
「え? ど、どうして……?」
「それは、あなたが上ばっかり見ているからです」
「う、うえ……?」
「北山くん、あなたは下を見なさい」
「え? し、した? あ、いや、俺、常に下見てる気がするんですけど……?」
南雲さんは俺の問いに、目を閉じて顔を左右に振って答えを示した。
俺が上ばかり見て下を見てないってどういうことだ……?
だって俺、ずっと自分のこと下に見てるし、視線も下ばっかり向いてる気がするし……。
「北山くん、あなたは上にいる人と自分を比べすぎなの。だから、ある程度バレーができるようになったとしても、あなたはバレー部とか自分より上の人ばかりと比較するから、最初比べた時とほぼ変わらないのよ」
ホワイトボードに『北山くん』その上に矢印の上を書いて、南雲さんは言葉を続ける。
「中間テストで、北山くんは平均点が六十点でした。期末は頑張って、平均点は八十点になりました! でも、南雲さんは中間も期末も百点満点でした。こうなったら、あなた絶対に『やっぱり南雲さんはすごいなぁ。それに比べて、俺は……』って思うでしょ?」
「……」
その通り過ぎて言葉が出ない。黙ったまま頷くと、南雲さんは『北山くん』よりも下の位置に書いた『北山くん、平均60』を大きなまるで囲む。
「あなたが見るべきは、ここ。これです。過去の自分。下の自分です。ここと比べる頻度を上げましょう。そうすれば、少しずつ自信が持てるようになるはず」
「あ、でも、南雲さん、その……下見て自信つけるのって、よ、よくないんじゃないですか……? ほら、よく下ばかり見て自信つけてる人って、いい人に思えないというか」
「それは、上を見ずに自分が一番だって思い込んで下にマウント取りまくってるから嫌なやつに見えるの」
そう言って俺に背を向けると『北山くん』の上に書かれている矢印の上に『努力したい!』が書き加えられ『北山くん』の下に書かれた矢印の下に『成長の確認!』と書き加えられる。
「自分より上を見ると努力しようって気になれるし、下を見るとこれまでの成長を感じられて安心できるし自信につながる。これが北山くんのように上ばっかり見てると、努力しなきゃって思って色々やってみるんだけど、成長の確認してないから自分が成長してる感じがしない。いつまでも現状維持のまま、変わってないと感じる。努力なんて無駄と思い始める。逆に下ばかり見てると、これだけ成長してるんだと安心して努力してる気になって、立ち止まってるのに歩いてる気になって、下からの怒涛の追い上げを見てようやく慌てる。そして抜かされたらその人のことはもう見ずに、また下見て安心しての繰り返し」
「な、なるほど……!」
「人と比べるって聞くと、あんまりいい印象しないと思うけど、比べることで自分の今の現在地やステータスを確認できるの。比べるという行為は、成長のために必要なことだと私は思います」
北山くんと矢印を含めて、大きな円で何度も囲み始める南雲さん。
「北山くん、今日の体育で私のレイアップ見てたでしょ?」
「え? あ、は、はい」
「あれだって、最初から上手くできてたわけじゃないからね? まずは上手なお手本を見てこうなりたいってイメージを持って努力して、何度も何度も下の自分を見て『今日はここができた! 前よりもここが上手くできてる!』って自信をつけながら、また上を見てこうなるぞって努力続けての繰り返し。何度も何度も、小さく小さく一歩一歩で、ようやくバスケ部の子達に褒められるレベルになったんだから!」
両手を腰に当てて自信満々に言い放つ南雲さん。
完璧に見える彼女だって、最初から全て上手くいってるわけじゃない。最初はきっと、俺と同じ立ち位置だった。
それでも努力を重ねて、小さな一歩で止まることなく歩み続けて──先ほどの言葉に説得力を強く感じたのは、他の誰でもない、彼女自身が歩んできた道だからなんだ。
「私はこの方法で、これまで立ち止まることなく努力を続けられています。自信もある程度持てております。この方法が北山くんに合うかどうかはわからないけど『自信を持てと言われてもやり方がわからん!』状態なんだったら、試してみてもいいんじゃないかなって思います! いかがでしょうか?」
黒のペンに蓋をして、マイクのようにして俺の口元に当ててくる南雲さん。
確かに俺は、これまで何かに挑戦したとしても、ずっと上ばかり見て、上の人と比べ続けて、全然できてないって思って、諦めて……。
比較対象がデカすぎるんだから、できてないって思うのは当たり前じゃん。小さな一歩踏み出せてても、比べたら歩いてないように思えるじゃん。そりゃやってたって苦しくなるよな、辛くなるよな。できない自分が嫌になるし、こんなの無駄だって思いたくなる。
過去の自分と比べる。下の自分と比較する。今すぐにでもできる、誰でもできる。難しいことなんて何も必要ない、とてもシンプルな方法──
なんで俺、こんな簡単なことにすら気づけなかったんだろ?
「お、俺、南雲さんの言ってたこと、すごく腑に落ちたと言いますか……その、め、めちゃくちゃ納得できたんで、お、俺も南雲さんの方法で、自信つけてみようと思いました!」
「うん。ちょっとずつでいいから自信つけていこうね、北山くん。もしまた上ばっかり見てたら、その時は私が笛鳴らして注意してあげるから、安心してね」
「は、はい、よろしくお願いします! あ、あと、その、南雲さん」
「ん? なに?」
「あの、どうしてその、俺が上ばっかり見てるって、わ、わかったんですか? 俺たち話すようになってから、そんな経ってないじゃないですか」
「ふっふっふ……! そんなの、決まってるでしょ? この私、南雲美月は天才だからですっ! と、言いたいところだけど、それくらいなら私じゃなくてもわかると思うよ」
「え? な、なぜ?」
「だってあなた、ゲームとかしてて『すごいね北山くん!』って褒めても、絶対に『いやいや、俺なんかより上手い人いっぱいいますよ』的なことしか言わないんだもん」
「あ、そ、それは……はい……言ってる自覚あります……」
「私がババ抜きで三連続で負けて『北山くん強すぎない?』って言った時も『いやいや、俺なんかよりも強い人いっぱいいますよ』って言ってたからね」
「え⁉︎ 嘘⁉︎ ババ抜きでも⁉︎」
「流石にその時は『この人誰と比較してるんだろ?』って思った」
「え、えぇ……⁉︎ う、嘘だ……! お、俺、ババ抜きでも、そんなこと……!」
「その時私は思いました。北山くんは明確な比較対象がなくても、何かしらを上に押し上げて上を見続けて自分を卑下しまくる人なんだなぁって」
「うぅ……! なんか、自分がとても恥ずかしい……!」
「それか、私が知らないだけでババ抜きの世界大会が存在していて、北山くんは日本代表の選手だった。世界と戦ってきた北山くんだからこそ、あの強い人いっぱい発言が──」
「もうやめてくださいぃぃ! それ以上深堀りしないでぇぇ!」
両の手で熱くなる顔を隠し、綺麗な床に蹲り始める俺。
もし俺がずっと一人でいれば、このような恥ずかしい思いをしなくて済んだのに。
でも、もし一人でいたら、下を見るという簡単なことにすら気づけなかっただろう。
ずっとこの先も、変わろうとせず、すぐに諦めて、前を歩いていく人たちをただ羨ましそうに眺めてるだけ……この道しか俺にはないんだって、そう決めつけて、自分なんてと思い続ける人生だったんだろうなって。




