得意不得意は人それぞれなので押し付けないようにしましょう
北山晴臣はスポーツが嫌いだ。理由はとても簡単。怖い。
野球──あんな硬い球が勢いよく身体に向かって飛んでくると思ったら、怖くて身体が動かなくなる。イージーフライでも、取り損ねて頭に激突とか思ったら怖くてたまらない。あと、失敗したらあからさま不満を見せてくる運動部様が怖い。
サッカー──あんな片手で掴めないデカくて硬いボールが勢いよく飛び交うフィールドに生身は怖い。人間、腕力よりも脚力の方が強いと聞く。より威力のあるキックで飛んでくるボールなど、凶器以外の何物でもない。あと、ガタイの良い運動部様がボールを奪おうと勢いよく迫ってくるのが怖い。
バレー、バスケ──身長高いからと期待値が爆上がりするので本当に嫌い。
他にも様々なスポーツがこの世には存在しているが、全て似たような理由で嫌いだ。よって、様々なスポーツが行われる体育という授業は、小中高と一番嫌いな科目ぶっちぎりナンバーワンに君臨している。
皆の邪魔をしないように端っこに待機していても『木』『木偶の坊』と呼ばれバカにされる対象と化すので、毎週仮病を使って休みたい気持ちでいっぱいだ。しかしながら、俺は『仮病』という高度な技を使うために必要な勇気パラメーターがほぼゼロなので使えるわけがなく。
神様、どうか願いを一つ叶えてくれるというのならば、この世界から体育を消し去ってください。
そんな自分勝手な願いが叶うはずもなく、本日も木と呼ばれることを承知で参加している体育。我が高校はニクラス合同で行われるため、俺たち二組は一組と一緒だ。男女共に体育館に集合し、男子はバレー、女子は隣のコートでバスケを楽しんでいる。
「よっしゃぁ! こいやぁぁ!」「ガンガン行こうぜぇ!」「おれにトス、持ってこい!」
お隣に女子がいるからか、男性陣の九割はやる気をこれでもかと漲らせている。まるで全国大会が開かれているかのような熱気、そして『俺のプレー見ていてください!』と言わんばかりの熱い視線を女子にお届け。
しかしながら当の女性陣は「なんか今日暑くない?」と胸元をパタパタ仰ぎながら知らん顔。男性陣には目もくれず、お友達と楽しく談笑。たまに見たかと思ったら、一組のイケメン男子の皇大地くんに熱い声援を送るのみ。
「皇ぃぃ! テメェ、ふざけんじゃねぇぞ!」
「なにかっこよくアタック決めてんだ、テメェ!」
「顔面にぶつけられたくなかったら、端っこで木でも演じてろや!」
男性陣からも熱い声援が送られる皇くん。
俺が何か失敗しようが何もしないで突っ立ってようが、皇くんが全てのヘイトを持っていってくれるので、正直とてもありがたい。常に俺の隣に立っていてほしい。
「おい、次だぞ、次」
俺と同じく試合待ちで体育館の隅に座っている男子二人組が、声を潜ませながら女性陣へと視線を向けている。俺もつられて視線を送る。
女性陣は二人組でレイアップシュートの練習をしている様子。お隣の男子達のお目当ては、現在プレーしている二人組ではなく、お次に待っている女子二人。一人は、艶めく黒髪を邪魔にならないようポニーテールにしてまとめている南雲さん。そして──
「ではでは、西宮奏多とづっきーチーム、いっきまーすっ!」
笛を咥える先生に手を上げて元気よくアピールする金髪ショートの女の子──一組の人気者、西宮奏多さんだ。
口を開けば顔を覗かせる八重歯とぱっちりお目目は、彼女を語るには欠かせない可愛いポイント。高すぎず低すぎない平均的な身長に、太すぎず細すぎない健康的な身体。男女問わず積極的に笑顔で話しかける彼女の明るく愛らしい姿に、思わず胸打たれ恋に落ちる男子が多数存在しているのだとか。
「へいへいへい! づっきー! パスパスパースッ!」
笛が体育館内に鳴り響くと同時に、元気な声を南雲さんに届ける西宮さん。その元気さに、待機している周りの女子達の顔が和らいでいく。
南雲さんは周りには流されることなく、教室南雲のクールな表情を保ったまま、西宮さんに向かってボールを投げて軽く走り出した。完全に停止した状態でボールを受け取った西宮さんは、南雲さんに遅れて走り出し「ていっ!」と可愛らしい声を上げながらボールを南雲さんに投げる。走りながらボールを受け取り、走りながらボールをパスし、流れるように一連の動作を行う南雲さんに対して、西宮さんは急ブレーキをかけてしっかり止まってからボールをキャッチ。歩いているのとほぼ変わらぬスピードで駆け始めてまた「えいっ!」と可愛らしい声を発しながらボールを南雲さんへと投げ返す。
お世辞にも上手いとは言えない西宮さんのプレー。ゲームで例えるなら、南雲さんは『強い』で西宮さんは『弱い』もしくは『かなり弱い』の分類になる。
だというのに、西宮さんは笑顔を崩すことはない。圧倒的な差があっても、それがどうしたと言わんばかりにバスケを楽しんでいるのが伝わってくる。
「かなちゃんがんばー!」
「いいよいいよ、その調子ー!」
周囲の女子達も、笑顔で西宮さんを応援する。自分が下手だとわかっていても、諦めずに一生懸命プレーを続ける彼女の姿を見ていたら、俺も頑張れと声を上げたくなってくる。
「よっしゃ! 決めたれ、づっきー!」
ゴールへと近づいた西宮さんは、南雲さんめがけて力任せにボールを両手で投げる。
南雲さんの進む方向とは逆にボールは飛んでいき、周囲から「あちゃ〜」と残念がる声が漏れる。
「あばっ⁉︎ ごめんづっきー!」
流石に笑顔を崩して申し訳なさそうに声を上げた西宮さんだったが、当の南雲さんはそんなこと全く気にする様子もなく、クールな表情を崩さぬまま右足で踏ん張り動きを止めて、左手を後方へと大きく伸ばしてボールの勢いを止める。そのまま身体を捻って空いている右手も使いボールをしっかりキャッチ。ゴールに背を向けた状態をキープすることなく、流れを止めずに身体を素早くゴール正面に向け、手にしていたボールを床に叩きつけながら駆け出す。
「おぉー! づっきーかっこいいぃぃ!」
ペアの西宮さんだけでなく、周囲の女子、さらにバレーそっちのけで見つめていた男子達からも、流麗な動きに「おぉー……!」と感嘆の声が漏れる。俺も南雲さんの美しいプレーに、普段見ることのない美しく靡くポニーテール様に息を呑んだ。
周囲からの期待もなんのその、俺と違って全くプレッシャーに感じてなさそうにクールな表情を浮かべ続ける南雲さんは、スリーポイントラインをドリブルしながら突破。速度を落とすことなくボールを両の手で掴み、右足で床を軽く蹴り上げて、ポニーテールを大きく揺らした。
「すごいすごい! ナイッシューづっきー!」
ゴールネットを危なげなく通過したボールを拾い上げる南雲さんに、西宮さんは笑顔で抱きついた。その姿を目にした男性陣からは「おぉ……!」とまた声が漏れる。
「やっぱいいな、方角っ娘は……!」
うんうんと力強く頷くお隣男子さん。
方角っ娘とは、一年男子が密かに作っている『可愛い一年女子ランキング』の上位に君臨しているメンバー、南雲さん、西宮さん、そしてもう一人、我が二組のおっとり清楚系の東海林桃音さん三人の総称だ。
ちなみに北がつく名字の一年は、残念ながら男子しかいないらしい。が『これは絶対に北とつく名字の可愛い女子が転校してくるフラグに違いない!』と一部の男子は夢膨らませているそうだ。実は俺もちょっと期待している。
南西コンビについて熱く語り始めるお隣さんのお話に耳を傾けながら、俺は南雲さん達に再度視線を送ってみる。
南雲さん達の前にレイアップの練習をしていた二人組も混ざって、何やら楽しげに話し合っていた。
南雲さんは正直話しかけにくい存在だ。彼女が何か悪いわけではなく、話しかけてもいいのだろうかとこちらが勝手に躊躇ってしまうから。
しかしながら、西宮さんがそばにいると、不思議とその躊躇いがなくなってしまう。誰にでも壁を感じさせない西宮さん、その明るい雰囲気が周囲も明るく照らして、躊躇いなんて晴らしてしまうんだろう。彼女の周りにいる人たちは、いつも笑顔で、南雲さんも表情はクールなままだけど、なんだか楽しそうに見え──
「おい、危ねぇ!」
男子の力強い声が聞こえて、咄嗟に前を向く──が、その時にはバレーボールが目と鼻の先。超人的な反応速度など持ち合わせていない凡人の北山晴臣は、何も抵抗することなく顔面でボールを受け止め、その場に力なく倒れ込んだ。
「すまん、北山ぁ! サーブミスった!」
「おいふざけんなよバレー部! ジャンプサーブなんて取れるわけねぇだろうが!」
「俺たちを殺す気か! つーか、女子にかっこいいとこ見せようとしてんじゃねぇ!」
俺を倒した犯人にギャーギャー文句を言い始める男性陣。が、文句の全てが女子にいいところ見せるなや自分の身を守るためのものであり、誰一人として俺のために声を上げてくれる人はいない。誰でもいいから俺の心配してくれよ。こちとら鼻血流してんだぞ……。
「ちょっ、はるはる! 大丈夫なの⁉︎」
ようやく心配の声が聞こえたと思えば、男子には到底出せそうもない可愛らしい声。
俺含め男子全員が声の出所へと視線を向ける。中央を仕切る緑のネットカーテンの端を抜け、男子エリアへ躊躇うことなく侵入してくる西宮さん。俺の安否を興味本位で見に集まってきていた男子達は、モーセの海割りのように西宮さんの道を作り始める。
「え、ちょ、うわっ! 鼻血すごっ! へいティーチャー! ティッシュプリーズ!」
なぜかカタコト英語で先生に助けを求める西宮さん。突然の西宮さんご登場に、男子達は俺含めて困惑。一体どうしたらいいのかとザワザワし始めた、その時──
「うわぁ〜……次から次へと出てくるねぇ……。はるはる、大丈夫?」
ジャージの袖を伸ばして右手を隠したかと思えば、伸ばした袖で俺の鼻血を躊躇うことなく拭い始める西宮さん。俺含め、男性陣の時が止まる。
「……あ、あ、ああああああの、に、にし、西宮、さん……!」
「ん? なに?」
「あ、や、そ、そ、そそそそで……! そで……!」
「ん? あぁ、気にしないでいいよ。後で洗えばいいんだから」
ニッコリと笑みを浮かべて、流れ出る俺の血をまた躊躇いなく拭ってくれる。
その天使のようなお姿、行動に、周囲の男性陣は一斉に胸を押さえて悶え始め、俺はあまりの尊さに鼻血の勢いを増し、意識を数秒飛ばした。




