↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/96

立会人の記

七日目が、最後だった。

署名の前に、立会人の記が読み上げられることになっていた。何が言われたかを、外の席にいた者が読み上げる。読み上げたものを十の国が聞いて、異議がなければ、それが記録になる。

読み上げるのは、立会人だった。

オルサは、立ち上がった。

立ち上がるのに、少し時間がかかった。

七日、床几に座りっぱなしだった。五十を五つ過ぎた体で、それは楽ではない。

立ち上がってから、彼女は円のほうを見た。見て、それから右へ半歩、体を回した。

聞こえるほうを、円へ向けたのだった。

「わしは耳が悪い」と彼女は言った。「読み上げるのは、供の者にさせる」

誰も、異議を出さなかった。

わたしは、立った。

板を持って、円の内側へ一歩入った。それ以上は入らなかった。入る決まりがなかった。

読みはじめた。

七日ぶんだった。初日の祝福の言葉から、今日の午前の分まで。

声が続くかどうかを、わたしは前の晩に試していた。

宿の板の間で、一日ぶんを声に出して読んだ。読めた。読めたが、喉が痛くなった。七日ぶんなら、途中で潰れると思った。

だから、水を用意させた。用意させてくれと言ったら、三国見の宿の者が桶を持ってきた。誰の領土でもない土地は、そういうところが早かった。

長かった。読むのに、日が傾くまでかかった。

途中で、何度か水を飲んだ。喉が持たなかった。三年半、灰と海と山と森を通ってきた喉だった。

読みながら、思っていた。

これは、島の盟約会と同じだった。老人は、前の年の全部を読み上げた。半日かかった。読み上げたものが、その年にあったこと全部になる。誰も書いていない。誰も確かめない。

ここでは、書いてある。

書いてあるものを読み上げるのは、覚えたものを言うより難しかった。

覚えたものは、頭の中の順に出てくる。書いたものは、目で追わないといけない。目で追いながら声を出すと、目のほうが先へ行く。先へ行くと、飛ばす。

わたしは、指で押さえながら読んだ。

指で押さえるのは、北の谷の柱を読んだときと同じだった。

書いてあるものを、書いた者が読み上げる。読み上げたものを、十の国が聞く。十の国が聞いたものが、記録になる。

わたしは、一字も変えなかった。

嘘も、そのまま読んだ。慈悲、という言葉も、そのまま読んだ。四十一という数も、二度書いたところは二度とも読んだ。読んでから、二度書いたのは書き手の誤りだと断った。

断ったのは、断らないと記録が濁るからだった。

同じ数が二度書いてあれば、読む者は二度言われたのだと思う。思われたら、そこが違って伝わる。

書き手の誤りだと言えば、誤りとして残る。誤りとして残ったものは、あとで直せる。

老人は、それらしい数を挟んで、挟んだと言わなかった。言えなかった。口で言うものに、印はつけられないからだった。

紙には、つけられた。

使う者の数を決めておかないと、量が読めません。

その一行も、読んだ。

読み終わって、板を下ろした。

「以上です」

天幕の中は、静かだった。

ロヴァニスの卓の者が、口を開きかけた。

その前に、オルサが立った。

「一つ、加える」

天幕の中の全員が、そちらを向いた。

立会人が発言する決まりは、席次の紙になかった。ないので、止める決まりもなかった。

「わしは、三十年、人の嘘を聞いてきた」と彼女は言った。

その声は、いつもの声だった。

宿の土間で椀を下げるときと、同じ大きさだった。大きくもしていないし、低くもしていない。三十年、そういう言い方をしてきた者の声だった。

天幕の中は、静かだった。静かだから、届いた。

わたしは、彼女の背中を見ていた。

「わしには、嘘が聞こえる。生まれつきだ。十九年、証言官をやって、一度もそれを言わんかった。言えば買われるからだった」

天幕の中で、誰かが動いた。ロヴァニスの卓だった。

「今度は、買われて座っておる」と彼女は言った。「買った者は、わしがそういう者だと知っておった。知っておって、黙って座らせた」

「オルサ殿」とロヴァニスの者が言った。

「まだ終わっておらん」

彼女は、円のほうを向いたままだった。

「この七日で、この席から出た言葉のうち、嘘だったものを、これから言う」

天幕の中が、動いた。

椅子が鳴った。誰かが立った。アルディエルの卓の後ろで、剣の鞘が卓に当たる音がした。

わたしは、板を握っていた。

「言えば、あんたはただの耳の遠い婆になる」と、島でこの人は言わなかったが、そう言うのだろうと思っていた。

彼女は、言わなかった。

その代わりに、こう言った。

「言わん」

天幕の中の音が、止まった。

「言えば、わしの言葉が記録になる」と彼女は言った。「わしの言葉は、確かめられん。誰も確かめられんものを記録に入れれば、この記録そのものが確かめられんものになる」

彼女は、少し息を継いだ。

「だから、言わん」

彼女は、わたしのほうを向いた。

「そのかわり、供の者が読んだものは、一字も変わっておらん」

わたしは、板を持ち直した。

「それは、わしが証言する」と彼女は言った。「わしに聞こえた範囲で、この七日、この席で言われたことと、いま読み上げられたものは、同じだった」

彼女は、座った。

そのあと、しばらく誰も何も言わなかった。

やがて、ロヴァニスの卓の者が立って、記録に異議はないと述べた。

順に、九つの卓が同じことを述べた。

十番目の卓は、空いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。