立会人の記
七日目が、最後だった。
署名の前に、立会人の記が読み上げられることになっていた。何が言われたかを、外の席にいた者が読み上げる。読み上げたものを十の国が聞いて、異議がなければ、それが記録になる。
読み上げるのは、立会人だった。
オルサは、立ち上がった。
立ち上がるのに、少し時間がかかった。
七日、床几に座りっぱなしだった。五十を五つ過ぎた体で、それは楽ではない。
立ち上がってから、彼女は円のほうを見た。見て、それから右へ半歩、体を回した。
聞こえるほうを、円へ向けたのだった。
「わしは耳が悪い」と彼女は言った。「読み上げるのは、供の者にさせる」
誰も、異議を出さなかった。
わたしは、立った。
板を持って、円の内側へ一歩入った。それ以上は入らなかった。入る決まりがなかった。
読みはじめた。
七日ぶんだった。初日の祝福の言葉から、今日の午前の分まで。
声が続くかどうかを、わたしは前の晩に試していた。
宿の板の間で、一日ぶんを声に出して読んだ。読めた。読めたが、喉が痛くなった。七日ぶんなら、途中で潰れると思った。
だから、水を用意させた。用意させてくれと言ったら、三国見の宿の者が桶を持ってきた。誰の領土でもない土地は、そういうところが早かった。
長かった。読むのに、日が傾くまでかかった。
途中で、何度か水を飲んだ。喉が持たなかった。三年半、灰と海と山と森を通ってきた喉だった。
読みながら、思っていた。
これは、島の盟約会と同じだった。老人は、前の年の全部を読み上げた。半日かかった。読み上げたものが、その年にあったこと全部になる。誰も書いていない。誰も確かめない。
ここでは、書いてある。
書いてあるものを読み上げるのは、覚えたものを言うより難しかった。
覚えたものは、頭の中の順に出てくる。書いたものは、目で追わないといけない。目で追いながら声を出すと、目のほうが先へ行く。先へ行くと、飛ばす。
わたしは、指で押さえながら読んだ。
指で押さえるのは、北の谷の柱を読んだときと同じだった。
書いてあるものを、書いた者が読み上げる。読み上げたものを、十の国が聞く。十の国が聞いたものが、記録になる。
わたしは、一字も変えなかった。
嘘も、そのまま読んだ。慈悲、という言葉も、そのまま読んだ。四十一という数も、二度書いたところは二度とも読んだ。読んでから、二度書いたのは書き手の誤りだと断った。
断ったのは、断らないと記録が濁るからだった。
同じ数が二度書いてあれば、読む者は二度言われたのだと思う。思われたら、そこが違って伝わる。
書き手の誤りだと言えば、誤りとして残る。誤りとして残ったものは、あとで直せる。
老人は、それらしい数を挟んで、挟んだと言わなかった。言えなかった。口で言うものに、印はつけられないからだった。
紙には、つけられた。
使う者の数を決めておかないと、量が読めません。
その一行も、読んだ。
読み終わって、板を下ろした。
「以上です」
天幕の中は、静かだった。
ロヴァニスの卓の者が、口を開きかけた。
その前に、オルサが立った。
「一つ、加える」
天幕の中の全員が、そちらを向いた。
立会人が発言する決まりは、席次の紙になかった。ないので、止める決まりもなかった。
「わしは、三十年、人の嘘を聞いてきた」と彼女は言った。
その声は、いつもの声だった。
宿の土間で椀を下げるときと、同じ大きさだった。大きくもしていないし、低くもしていない。三十年、そういう言い方をしてきた者の声だった。
天幕の中は、静かだった。静かだから、届いた。
わたしは、彼女の背中を見ていた。
「わしには、嘘が聞こえる。生まれつきだ。十九年、証言官をやって、一度もそれを言わんかった。言えば買われるからだった」
天幕の中で、誰かが動いた。ロヴァニスの卓だった。
「今度は、買われて座っておる」と彼女は言った。「買った者は、わしがそういう者だと知っておった。知っておって、黙って座らせた」
「オルサ殿」とロヴァニスの者が言った。
「まだ終わっておらん」
彼女は、円のほうを向いたままだった。
「この七日で、この席から出た言葉のうち、嘘だったものを、これから言う」
天幕の中が、動いた。
椅子が鳴った。誰かが立った。アルディエルの卓の後ろで、剣の鞘が卓に当たる音がした。
わたしは、板を握っていた。
「言えば、あんたはただの耳の遠い婆になる」と、島でこの人は言わなかったが、そう言うのだろうと思っていた。
彼女は、言わなかった。
その代わりに、こう言った。
「言わん」
天幕の中の音が、止まった。
「言えば、わしの言葉が記録になる」と彼女は言った。「わしの言葉は、確かめられん。誰も確かめられんものを記録に入れれば、この記録そのものが確かめられんものになる」
彼女は、少し息を継いだ。
「だから、言わん」
彼女は、わたしのほうを向いた。
「そのかわり、供の者が読んだものは、一字も変わっておらん」
わたしは、板を持ち直した。
「それは、わしが証言する」と彼女は言った。「わしに聞こえた範囲で、この七日、この席で言われたことと、いま読み上げられたものは、同じだった」
彼女は、座った。
そのあと、しばらく誰も何も言わなかった。
やがて、ロヴァニスの卓の者が立って、記録に異議はないと述べた。
順に、九つの卓が同じことを述べた。
十番目の卓は、空いていた。




