なぜ百二十なのか
六日目に、条約の本文が読み上げられた。
前の条文をそのまま使う、という形だった。年数だけを書き換える。五十年を、また五十年にする。
読み上げるのに、半日かかった。
わたしは、それを全部書いた。書きながら、条文の中に数がいくつあるかを数えた。二十三あった。そのうち十九が、五十年前に決められたまま動いていない数だった。
動いていないというのは、五十年間、誰も見直さなかったということだった。
見直さなかったのは、見直すと揉めるからだった。席の順と、同じだった。
揉めないほうを選ぶと、古い数がそのまま残る。残った数は、そのうち誰も由来を知らなくなる。
由来を知らない数を守るのは、理由のない決まりを守るのと、同じ形をしていた。
読み上げが終わって、休みになった。
天幕の外へ出た。空気が動いていた。中は油の明かりが多くて、息が薄くなる。
天幕の外は、明るかった。
七日、油の明かりの下にいたので、目が慣れるまで少しかかった。慣れるまでの間、人の顔が影に見えた。
戻ろうとしたところで、アルディエルの卓の供の者と、すれ違った。
書く道具を持っていないほうだった。
彼は、立ち止まらなかった。すれ違うときに、こちらを見もしなかった。
すれ違ってから、後ろで声がした。
「そっちは川だ」
わたしは、足を止めた。
振り返らなかった。
「三度目だ」と彼は言った。「一度目は、本当だった。二度目も、本当だった」
「知ってます」
知ったのは、あとだった。
三年半前、葦を抜けたところで川が見えた。水は引いていなかった。船はまだそこにいた。
あのとき、この人は嘘をついたのだと思った。
思ったまま、船へ走った。
「行かなかったな」
「行きませんでした」
「なぜだ」
わたしは、そこで振り返った。
三年半ぶりだった。近くで見ると、目の下の影が濃くなっていた。左の眉の傷は、同じだった。
「あなたが、いつか帳面のほうを選ぶと言われました」
「誰にだ」
「二人に。どっちも、自分でそうした人でした」
一人は、南の街で代書屋に匿われて、三日で全部喋った男だった。匿ってくれた者の名も、店の場所も、教わった文字も、何もかも喋った。
もう一人は、北の峡で刻む家をやっている女だった。その人が誰を売ったのかを、わたしは訊かなかった。訊けば、答えたと思う。答えられる顔をしていた。
二人とも、正しかった。
彼は、そのことについて何も言わなかった。
「選びましたか」
「選んだ」と彼は言った。
わたしは、その言葉を受け取った。
「じゃあ、わたしを捕まえますか」
「あの名は、もう帳面にない」
「消したんですか」
「川へ落ちたと書いた」と彼は言った。「三年半前だ。あんたが葦から出ていったあとで、書いた」
「三年半前だと、島にいたときです」
「そうだろうな」
「そのころ、回状に、別名の可能性ありと書いてありました」
「書いた者は、わたしではない」と彼は言った。「上のほうが筆跡を照らした。あんたの名を書いた者と、川へ落ちたと書いた者が、同じだと分かった」
「じゃあ」
「分かって、それきりだ」
彼は、天幕のほうを見ていた。
「一人の子供の帳面のために、四本目の線を持っておる者と揉める気は、誰にもない」
わたしは、動けなかった。
「それは、嘘ですよね」
「嘘だ」
「書いたら、あなたが」
「わたしが、どうなるかは、わたしの話だ」
彼は、天幕のほうを見ていた。
「あんたの名は、いま円の外に丸で書いてある」と彼は言った。「丸には、罰が当たらん」
午後、会議が再開した。
配給の条文のところで、ザルハーンの卓の者が手を上げた。
「認可魔導士の上限について、確認したい」
アルディエルの司祭が答えた。
「わが国の認可は、年に百二十名です」
「その数の根拠は」
「十二の門の第七に定められております」
「根拠を訊いている」
司祭は、少し間を置いた。
その間を、わたしは数えた。
三つ数えるあいだ、司祭は何も言わなかった。
三つというのは、短い。会議では、もっと長い間が何度もあった。それでも、その三つだけは、はっきり数えられた。
数えたのは、その前から手が震えていたからだった。震えを止めようとして、数えた。
わたしは、書く手を止めなかった。止めれば、書けなくなると思った。
「使う者の数を決めておかないと、量が読めません」と司祭は言った。
天幕の中は、静かなままだった。
誰も、何も言わなかった。ザルハーンの者は、次の条項へ移った。
わたしは、それを書いた。
一字も落とさないで、書いた。
書きながら、体が震えていた。震えているのに、字は揃っていた。毎日同じ形で書く者の手が、そのときだけ役に立った。
オルサの手は、上がらなかった。
嘘ではなかった。
三年半、探していた答えが、休み明けの一言で、確認事項として出てきた。誰も驚かなかった。驚かなかったのは、みんな知っていたからではないと思う。
聞いていなかったからだった。
わたしは、その一行を書いてから、次の条項の見出しを書いた。
書きながら、天幕の中を一度だけ見た。
九つの卓のうち、六つの卓の者が手元の紙を見ていた。二つの卓の者が、天幕の布を見ていた。一つの卓の者が、水を飲んでいた。
誰も、司祭のほうを見ていなかった。




