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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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聞こえないところ

四日目の夜、天幕から戻ると、オルサが土間で待っていた。

いつもは奥にいる。土間の卓に座っているのは、珍しかった。

「読め」

「なにをですか」

「今日のぶんだ。全部」

「読むだけですか」

「読め」

「聞こえますか」

「聞こえん」と彼女は言った。「聞こえんが、あんたが読むところを聞く」

わたしは、その言い方が分からなかった。

分からないまま、読みはじめた。読んでいるうちに、分かった。

この人は、言葉を聞いているのではなかった。わたしがどこで止まるか、どこで速くなるか、どこで声が変わるかを聞いていた。

聞こえない耳でも、それは拾えるらしかった。

わたしは、板から紙を出して、端から読んだ。

読むのに、また一刻かかった。彼女は途中で一度も止めなかった。

読み終わって、顔を上げた。

顔を上げると、彼女はこちらを見ていなかった。

卓の上を見ていた。何も置いていない卓だった。

その置き方に、覚えがあった。北の谷でグリムが皮を扱っていたときも、島でヘズが石を並べていたときも、話しにくいことを言う前に、手元のほうを見ていた。

「あんたは、二度書いたな」

わたしは、その意味が分からなかった。

「昼のあと、トルヴェクの者が数を言った」と彼女は言った。「稼働坑の数だ」

「言いました」

「あんたは、それを書いた。書いてから、少し止まった。それから、また書いた」

わたしは、板の紙を見た。

書いてある。稼働坑、四十一。

その下に、行を空けて、もう一度同じ数が書いてあった。二度書いていた。

「気づきませんでした」

「気づかんかったのに、書いた」

「なんで、二度書いたんでしょうか」

「あんたが知っておるからだ」と彼女は言った。「知っておることが出てくると、手が止まる。止まったところから書き直すと、二度になる」

「そんなことが、分かるんですか」

「三十年、人が嘘をつくところを見てきた」と彼女は言った。「嘘をつく者は、たいてい同じところで止まる」

「わたしは、嘘をついてません」

「ついておらん」と彼女は言った。「ついておらんが、隠しておる」

彼女は、卓の上で手を組んだ。

「あんたは、その数を知っておるな」

「知ってます」

「本当は、いくつだ」

わたしは、答えるまでに少しかかった。

言うかどうかを、そこで初めて迷わなかった。

三年半、言うかどうかを毎回迷ってきた。シグリに言うかどうか。セリーナに訊くかどうか。グリムに教えるかどうか。

この人には、もう全部言ってあった。三国見の宿の土間で、一刻かけて言った。嘘は一つもないと言われた。

言ってある相手に、また言うのは、迷わなくてよかった。

「鳴っている坑が四十一です。そのうち、まともに出るのが十一です」

オルサは、そのことについて何も言わなかった。

「わしは、あの数を言うときの声を聞いた」と彼女は言った。「上がらんかった」

「嘘じゃなかったんですか」

「嘘ではなかった」

わたしは、そこで少し止まった。

「稼働坑は四十一だと、あの人は思ってるんですね」

「思っておるのだろうな」

「知らないんですね」

「知らんのだ」

わたしは、その言い方を受け取った。

トルヴェクの卓に座っているのは、坑主ではなかった。坑主に雇われた者だった。坑主から渡された数を持ってきて、それを読んでいる。渡された数が正しいかどうかを、その人は確かめられない。

確かめる方法がない、とセリーナは言った。掘ってみないと分からないものを、掘る前に数えている。だから、掘っている人の言い値を使う。

言い値を持ってきた者は、嘘をついていない。

その仕組みを、わたしはトルヴェクで見た。

代理人は、秤の合計をごまかそうとした。あれは、その人が自分でやったことだった。だから、直させたら直した。間違えたことにして、直した。

今度は、違った。

天幕の中で数を言った者は、自分では何もしていない。渡されたものを読んでいる。読んだものが違っていても、その人には直しようがない。

直せない者だけが、堂々と言える。

「オルサさん」

「なんだ」

「嘘じゃない数が、間違ってることはありますよね」

「ある」

「それは、聞こえますか」

彼女は、しばらく黙っていた。

「聞こえん」

彼女は、右の耳に手をやった。当てて、下ろした。

「三十年、それをやってきた」と彼女は言った。「人が嘘をつく音は、全部聞こえた。人が間違えておる音は、一度も聞こえんかった」

わたしは、板の紙を膝の上に置いていた。

「わしに聞こえんところを聞かせろと、証文に書いた」と彼女は言った。「耳のことだと思っておったろう」

「思ってました」

「そっちも本当だ」と彼女は言った。「だが、そっちだけではなかった」

彼女は、こちらを見た。

「間違いは、数えられる者にしか聞こえん」

わたしは、その言葉を受け取った。

受け取って、しばらく何も言えなかった。

嘘を聞く者と、間違いを数える者が、この席に一人ずつ座っている。二人でないと、どちらも拾えない。

港の梁と荷車で、二人が別々に数える。北の谷では、刻みに行くとき二人で行った。疑うための決まりではなく、疑わずに済ませるための決まりだった。

この席も、そうなっていた。

そうなるように組んだのは、この人だった。証文に、読み書きのできる者がいいと書いた。

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