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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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署名のない土地

三日目に、その話が出た。

出したのは、トルヴェクだった。

トルヴェクが出すのは、筋が通っていた。

あの国は、エオリンから原石を買っている。買えなくなれば、磨くものがなくなる。磨くものがなくなれば、あの街は終わる。

坑が四十一だと信じている者にとっても、十一だと知っている者にとっても、エオリンの割当は同じだけ大事だった。

だから、あの卓だけが本気だった。

「エオリンの席が空いています」と、そちらの卓の者が言った。共通語だった。「導石の輸出割当は、この条約の中心です。産地の署名がないまま更新するのは、いかがなものでしょうか」

天幕の中が、少し静かになった。

わたしは書いた。書きながら、オルサの手を見ていた。

上がらなかった。

嘘ではなかった。トルヴェクは、本気でそれを言っていた。

本気だが、正しくはなかった。

産地の署名がないまま更新するのはいかがなものか、と彼は言った。言い方が、心配しているようだった。

心配しているのは、エオリンのことではなかった。買えなくなることだった。

嘘ではないというのは、そういうことも含んでいた。

ロヴァニスの卓の者が答えた。

「あちらには、署名できる者がおりません」

「探していないのでは」

「探しました」と彼は言った。「三年前から探しています。環座は年に一度開かれますが、決議に強制力がありません。村ごとに意見が違い、代表を出す仕組みそのものがない。誰を連れてきても、ほかの村が認めません」

オルサの手が、上がった。

当てて、下りた。

わたしは、そこへ印をつけた。

嘘だった。どこが嘘なのかは、分からない。探したという部分か、三年前からという部分か、仕組みがないという部分か。虚聴は、そこまでは分けない。

分けないので、印だけをつけた。

つけた印は、あとで読み返すときに要る。どの一文に嘘が混じっていたかが分かれば、その一文の中のどこが怪しいかを、こちらで考えられる。

考えるのは、わたしの仕事だった。聞くのは、この人の仕事だった。

二人で一つになっていた。港の梁と荷車で、二人が別々に数えていたのと同じだった。

「では、割当はどうなさる」とトルヴェクが言った。

「前の割当を、そのまま延長します」

「産地の同意なしにですか」

「同意がないので、変更もできません」とロヴァニスの者は言った。「変更しないというのは、いちばん穏当な扱いです」

わたしは、その言葉を書いた。

穏当、という言葉が使われるのを、この七日で何度か聞いた。使うのは、たいてい何もしないことを勧めるときだった。

何もしないことに名前をつけると、それが一つの案になる。案になれば、ほかの案と並べて選べる。選べるようにしてしまえば、選ばれる目がある。

言葉のうまい者は、そういうやり方をした。

わたしは、その言葉を書いた。

書いてから、一度だけ手が止まった。

前の割当を延長する。変更しない。同意がないので変更もできない。

聞いているだけなら、控えめな言い方に聞こえた。

けれど、五十年前に決めた割当を、あと五十年そのまま使うということだった。

五十年前より、石は減っている。減っているのに、出す量は同じ。同じ量を出しつづければ、残りが減る速さは同じにならない。速くなる。

五十年前の割当は、五十年前の残りに合わせて決めたはずだった。

決めた者は、たぶん、二百年もつと思っていた。ロヴァニスの壁に貼ってある確認埋蔵量を年間取引高で割れば、二百年になる。わたしも割った。

割った数が正しくないことを、わたしは知っていた。

知っているのがこの天幕の中でわたし一人かどうかは、分からなかった。

わたしは、それを書き足したくなった。

書き足さなかった。

立会人の記に書けるのは、そこで言われたことだけだった。言われていないことを書けば、それは記録ではなくなる。

そこで、初めて分かったことがあった。

わたしは、この七日、一度も自分の考えを書いていない。書けない。書けば、記録が壊れる。

三年半、頭の中で並べてきたものが、この板の上には一つも載らない。

載らないところに座って、載らないものを持ったまま、載るものだけを書いていた。

アルディエルの司祭が立った。

「エオリンについて、一つ申し上げます」

天幕の中が、また静かになった。

「あの土地の民は、導石の輸出を罪と考えております。彼らの信仰がそう定めている。署名を求めるということは、罪を犯すことに署名させるということです」

「では、どうせよと」

「求めないのが、慈悲でしょう」

オルサの手が、上がった。

わたしは、印をつけた。

そのとき、初めて分かった。

嘘というのは、事実を偽ることだけではなかった。

この人は、エオリンの信仰のことを正しく言っていた。取りすぎてはならない。輸出は罪である。そのとおりだった。

正しいことを言って、それを使う理由が別のところにあるとき、それも嘘だった。

署名を求めないというのは、エオリンを条約の外へ置くということだった。外へ置かれた土地は、守られない。守られない土地に、二日後から誰でも入れる。

慈悲、と彼は言った。

わたしは、その言葉をそのまま書いた。

そのまま書くというのは、そこに何も足さないということだった。

足さないと、読んだ者にはただの一行に見える。慈悲でしょう、と司祭が言った。それだけの行になる。

足したくなった。

足せば、記録ではなくなる。

わたしは、慈悲、という字を書いて、そのあとに何も書かなかった。

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