↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/96

眉の傷

初日の朝、天幕へ入った。

中は、思っていたより暗かった。布を重ねてあるので、光が入らない。四隅と真ん中に、油の明かりが置いてあった。

油の明かりは、蝋燭より煙が少ない。少ないが、息は減る。

半日座っていると、頭が重くなった。灰海の縁を歩いたときと、少し似ていた。あれは灰のせいで、これは油のせいだった。原因が違うのに、体の感じが同じになるのが妙だった。

天幕の隅に、水を張った桶が置いてあった。息を楽にするためだと、あとで聞いた。

円卓ではなかった。円に並べた別々の卓だった。同じ大きさの卓を十、円に並べて、間隔を等しくしてある。同じ大きさにしたのは、大きさで揉めないためだった。

席の順は、決まっていた。

入口から見て右回りに、国の名が並んでいる。並べ方の根拠は、五十年前の署名の順だった。

五十年前の順を、いまも使っている。

五十年で、国の大きさは変わった。ロヴァニスは当時より豊かになった。ヴェルガルドは当時より貧しくなった。それでも、席の順は動かない。

動かさないのは、動かすと揉めるからだった。

一つの卓だけ、誰も座っていなかった。

わたしたちの席は、円の外側だった。低い床几が二つ。オルサが座り、わたしはその左に座った。左に座ったのは、彼女の聞こえるほうがそちらだからだった。

その席から円の中がどう見えるかを、わたしは前の日に確かめておいた。

九つの卓のうち、六つは顔が見える。三つは横顔だけだった。横顔だけの卓は、声で拾うしかない。

拾えるかどうかを、前の日に天幕へ入って試した。試させてくれと言ったら、三国見の者が入れてくれた。誰の領土でもない土地は、そういうところが緩かった。

膝の上に、板を置いた。板に紙を挟んで、その上に書く。ロヴァニスの取引所で、セリーナが同じものを抱えていた。

人が入ってきた。

一つの卓に、三人か四人ずつ。前に座るのが署名する者で、後ろが供の者だった。供の者は、書くための道具を持っていた。

どの国も、自分のところで書いていた。

自分のところで書いたものは、自分のところの帳面になる。十の帳面ができて、十とも少しずつ違うものになる。だから、その外に一つ、立会人の記が要る。

そういう仕組みだと、オルサが前の晩に説明した。

「十の帳面が違うと、どうなるんですか」

「揉めたときに、自分のを出す」と彼女は言った。「出し合って、合わんかったら、立会人の記を見る」

「立会人の記が間違ってたら」

「そこで終わりだ」

彼女は、そう言った。

「だから、立会人は外から連れてくる。どの国の者でもない者を連れてきて、書かせる」

わたしは、そのときはまだ、それを他人事として聞いていた。

アルディエルの卓は、右手のほうだった。

三人が座った。前の一人は年寄りで、司祭の服を着ていた。胸の紋章に、輪の中の線が四本あった。

後ろの二人のうち、一人が書く道具を出した。

もう一人は、出さなかった。

書かないほうの供の者を、どの卓も一人ずつ連れていた。

ロヴァニスの卓のそれは太った男で、剣を持っていなかった。ヴェルガルドのは、腕を袖の下に入れていた。ザルハーンのは、女だった。

どの国も、書く者と書かない者を一人ずつ置いていた。書かない者が何をするのかは、訊かなくても分かった。

腰に剣を下げていた。

黒い髪を短く刈っていた。左の眉に、古い傷があった。

わたしは、板の上の紙を見ていた。見ながら、息を数えた。数えないと、手が動きそうだった。

彼は、こちらを見ていなかった。

天幕の中を、順に見ていた。どの卓に誰が座って、誰が武器を持っていて、出口がどこにあるか。そういうものを見る目つきだった。

その目が、円の外へ来た。

立会人の席で、止まった。

わたしは、顔を上げなかった。

上げなくても、分かった。この人は、三年前、葦の中でわたしの顔を見ている。その前に、雨の上がった麦畑でも見ている。

背は伸びた。髪も伸びた。服も違う。腕は袖の下にある。

それでも、顔は顔だった。

長かった。数えるほどの間だったのかもしれない。

わたしは、板の紙に、その日の日付を書いた。書いてから、天幕に入った者の数を書いた。数えるのは、癖だった。癖が、いちばん役に立つ場所だった。

顔を上げたときには、彼はもう別のほうを見ていた。

わたしは、板の紙に一行書き足した。

アルディエル、供二名。うち一名、記録役。うち一名、帯剣。

名は書かなかった。書く決まりがなかった。書けば、書いた理由を訊かれる。

訊かれて答えられないことは書かない。それも、この三年半で覚えたことだった。

司祭が立ち上がって、開会の言葉を述べた。

長かった。祝福の言葉が半分だった。わたしは、それを全部書いた。

全部書いたのは、決まりだからではなかった。

決まりは、要点を書けとなっていた。要点というのが何かを、誰も定義していなかった。定義していないものは、書く者が決める。

わたしは、決めないことにした。

決めれば、決めた者の記録になる。決めなければ、その場の記録になる。手は疲れるが、そのほうが確かだった。

書きながら、オルサの手を見ていた。

膝の上に置いてある。動かない。

司祭が座ると、ロヴァニスの卓の者が立った。

そちらのほうが、話が速かった。前置きがなく、数から入った。

わたしは、書いた。

オルサの右手が、耳のほうへ上がった。

上がって、当てて、下りた。

わたしは、その回数を数えはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。