十の席
会議は、三国見でやることに決まった。
決めたのはロヴァニスだった。どの国の土地でもないところなら、どの国も文句を言わない。関がなく、税がなく、名簿がない。集まるには都合がよかった。
五十年前は、聖都でやったのだと聞いた。
聖都でやると、アルディエルが場所を出したことになる。場所を出した国は、席の並べ方や、水の出し方や、明かりの数を決められる。決められるところが多いほど、有利になる。
五十年経って、そういうことを言い出す国が増えた。
増えたので、誰の土地でもないところにした。
「都合がいいというのは」とオルサは言った。「あとで、そこで何があったかを確かめる方法がないということだった」
わたしは、その言い方を頭に入れた。
灰縁の村では、名を訊かないのが防具だった。北の谷では、決めるときに全員が自分の口で数を言った。ロヴァニスでは、荷を二人が別々に数えた。
確かめる仕組みを持っている土地は、確かめられて困らない土地だった。
ここには、その仕組みがない。仕組みがないところを選んだのは、確かめられたくない者だった。
集落の東の外れに、天幕が張られた。
一つではなかった。大きいものが真ん中に一つ、その周りに小さいものがいくつも並んだ。小さいほうは、それぞれの国の者が泊まるためのものだった。
天幕を建てるのに、十日かかった。
建てているあいだ、わたしは宿の土間から見ていた。北の谷で、司祭が真っ先に天幕を立てたのを思い出した。建物を建てない土地に、建物を建てる。あれが最初の一手だった。
ここでも、同じことが起きていた。
違うのは、天幕の数だった。
北の谷へ来たのは、司祭が一人と、書記が二人と、槍を持った男が十人ほどだった。天幕は一つだった。
ここは、十一あった。
数が違うだけで、やっていることは同じだった。何もない場所に、先に建てる。建てたところが、その場の中心になる。
「なんで、宿を使わないんですか」とわたしはオルサに訊いた。
「宿には、主がおる」と彼女は言った。「主がおる場所でやると、主が聞く」
「聞かれたくないんですね」
「聞かれたくないというより、聞いた者を数に入れたくないのだった」
彼女は、証文をしまった。
「わしは、数に入る」
「数に入ると、どうなるんですか」
「聞いた者として、名が残る」と彼女は言った。「残った名は、あとで使われる」
「どう使われるんですか」
「揉めたときに、呼ばれる」
彼女は、証文をしまった手を膝に置いた。
「呼ばれた者は、その場でどちらかを利する。しなければ、両方から恨まれる」
「じゃあ、いいことは何もないですね」
「ないな」
「なんで受けたんですか」
「断れる証文ではなかった」
会議の前の日に、席次が届いた。
紙に書いてあった。誰がどこに座るか、順番はどうか、発言できるのは誰か。わたしが読んで、オルサに伝えた。
席は、十あった。
条約に署名した国が十ある。五十年前に、十の国が互いを攻めないと約束した。約束は、あと数日で切れる。
切れる日を、わたしは数えていた。
灰縁の村で司祭の声を聞いてから、三年半。島の盟約会で三年という音を数えてから、二年。トルヴェクの街で坑の数を聞いてから、一年半。
数えてきたものが、全部この数日へ寄っていた。
寄っているのに、何をすればいいかは分かっていなかった。
十のうち、九つの席に名が書いてあった。
一つだけ、名がなかった。
わたしは、その席の位置を見た。
円のいちばん奥だった。入口から遠い。遠いところは、たいてい上座だった。
上座を空けてあるというのは、埋める気がないということだった。埋める気があるなら、入口に近いほうを空けておく。あとから来た者を、そこへ座らせる。
奥を空けたのは、来ない前提だからだった。
「エオリンです」
「そうだろうな」
「代表がいないので、空けてあります」
「空けたのではない」とオルサは言った。「空いたのだった」
わたしは、その二つの違いを考えていた。
空けたなら、誰かが空けた。空けた者がいる。
空いたなら、誰もいない。誰もいないまま、そこがそういう形になった。
この人は三十年、そういう言い分けをやってきたのだと思った。誰かがやったことと、そうなったことを、聞き分ける仕事だった。
わたしは、その紙をもう一度読んだ。
立会人の席は、十の外にあった。円の外側、少し離れたところに一つ。そこに、オルサの名が書いてあった。
その隣に、もう一つ印があった。名前ではなく、ただの丸だった。
「これは、わたしですか」
「そうだ」
わたしは、板の紙を見た。
丸が一つ書いてある。
三年半、いろいろな場所で書かれてきた。穹堂の名簿に、マルグリット。刻む家の板に、アステ・ヴァイダドッタ。葦の際の帳面に、綴りの分からない何か。街道の関の控えに、アステ。
今度は、丸だった。
「名前がありません」
「要らんからだ」と彼女は言った。「あちらは、誰でもいいと返してきた」
わたしは、その丸を指でなぞった。
三年半、名前のことばかりだった。マルグリット。アステ。アステ・ヴァイダドッタ。南の子。記録者。どれも、誰かが書いたか、誰かが呼んだかのどちらかだった。
いまは、丸だった。
「立会人の仕事は、何をするんですか」
「座っておる」
「それだけですか」
「終わったあとに、何が言われたかを言う」と彼女は言った。「あとで揉めたときに、そこにおった者として証言する。そのための席だ」
「言ったことは、書きますか」
「書く」
「誰が書くんですか」
オルサは、こちらを見た。
「あんただ」




