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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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立会人

三国見へ戻ったのは、それから半月後だった。

宿の戸を開けると、土間が空いていた。

昼過ぎだった。昼過ぎに客がいないのは、この宿では珍しくない。それでも、いつもより空いていた。

空いているのは、季節のせいではなかった。

土間の隅の石の台に、置いたものが増えていた。半月前は何もなかった。いまは、銅の粒がいくつかと、折った紙切れが載っている。

置く者が増えたというのは、願う者が増えたということだった。

願う者が増えるのは、たいてい、先が見えないときだった。

オルサは、奥の卓に座っていた。

一人だった。前に、何か置いてあった。

紙だった。

「戻った」と彼女が言った。

「戻りました」

「エオリンは、どうだった」

「決める人がいませんでした」

彼女は、うなずいた。

「そう聞いとる」

「知ってたんですか」

「売った」と彼女は言った。「あの土地に代表がおらんという話は、去年のうちに売った」

「誰にですか」

「全部にだ」

「じゃあ、みんな知ってるんですね」

「知っとる」

彼女は、卓の上を見ていた。

「知っとって、そのままにしてある。署名する者がおらん土地は、署名がないままになる。署名がなければ、守らんでいい」

わたしは、卓の向かいに座った。座ってから、紙のほうを見た。

分厚い紙だった。折り目が二つついている。上のほうに、押した印があった。赤い蝋で、そこに模様が入っている。

「それは、なんですか」

「証文だ」

「なんの」

「わしを買う証文だ」

わたしは、その紙をもう一度見た。

人を買う紙が、こんなに薄いとは思っていなかった。

島では、捕虜は右か左に分けられた。分けたあと、紙は一枚も出なかった。売るときも、たぶん紙は出ない。数えて、渡して、それで終わる。

ここでは、紙が出る。紙が出るほうが、上等な売られ方らしかった。

わたしは、彼女を見た。

「買われたんですか」

「買われた」

「誰にですか」

「ロヴァニスだ」

彼女は、紙を指で押さえた。

「条約更新会議に、立会人として同席しろということだった」

わたしは、その言葉を聞いた。

「立会人って、なにをするんですか」

「座っとるだけだ」と彼女は言った。「証言官の古い職だ。会議の場に第三者を一人置いて、あとで揉めたときに、そこで何が言われたかを証言させる」

「じゃあ、記録者と同じですね」

「同じだ」

「オルサさんが行くと、どうなるんですか」

「みんなが嘘をついておるのが分かる」

わたしは、その言葉を受け取った。

「全員ですか」

「全員だ」

「まだ会議は始まってませんよね」

「始まっとらん」

「じゃあ、なんで分かるんですか」

オルサは、こちらを見た。

「三十年やっとる」と彼女は言った。「あの席に、本当のことを言いに来る者はおらん」

彼女は、証文の折り目を指でなぞった。

「わしが要るということが、その証拠だ」

「言うんですか」

「言わん」

「なんでですか」

「十九年、一度も言わんかった」と彼女は言った。「いまさら言うと、そこで能力がばれる」

「じゃあ、なんで買われたんですか」

オルサは、そこで初めてこちらを見た。

「ばれとるからだ」

わたしは、動けなかった。

「あちらは、知っておる」と彼女は言った。「知っておって、金で買った。買って、座らせる」

「言わせないのに、座らせるんですか」

「座っとるだけでいい」と彼女は言った。「わしが座っておれば、相手は嘘をつきにくくなる。つきにくくなるだけで、こちらは得をする」

わたしは、その仕組みを頭の中で並べた。

嘘を見抜く者を、見抜かせないまま座らせる。相手はそれを知っていて、知っているから慎重になる。慎重になったぶんだけ、買った側が得をする。

能力そのものは、一度も使われない。

使わないものを買うのに、金を払う。

払うのは、相手にそれを知らせるためだった。座らせるだけでいい。座っていることが相手に効く。

わたしは、島の刻印のことを考えていた。何もしない刻みでも、腕にあることが票になった。使わなくても、体は減った。

同じ形だった。

「使わなくても、耳は」

「進む」

彼女は、右の耳に手をやった。

「使わんでも、進む。使えば、速く進む」

わたしは、メレの手を思い出していた。一度も使っていない手だった。手のひらまで石になっていた。

「わたしも、そうです」

オルサは、こちらを見た。

わたしは、袖をまくった。

腕の内側に、線が三つあった。線の周りが白く盛り上がって、肘の近くまで広がっている。

彼女は、それを見た。

見て、何も言わなかった。

「一つは隠すやつです。一つは上げるやつです。もう一つは、何もしません」

「何もせんのを、なぜ刻んだ」

「数を入れました」

彼女の手が、耳から下りた。

「書いたのか」

「書きました」

「体にか」

「はい」

オルサは、しばらく黙っていた。

それから、卓の上の証文を、こちらへ少し押した。

「立会人には、供の者を一人つけられる」と彼女は言った。「わしは耳が悪い。片方は聞こえん。もう片方も高いところが落ちとる」

わたしは、その紙を見た。

「聞こえんところを、誰かに聞かせねばならん」

彼女は、そう言った。

「読み書きのできる者がいい、と書いてやった」

わたしは、その紙から目を上げた。

「わたしのことを、書いたんですか」

「名は書いておらん」

「なんて書いたんですか」

「聞こえんところを聞かせる者を、一人連れていく、と書いた」と彼女は言った。「あちらは、誰でもいいと返してきた」

彼女は、証文を折り直した。

「誰でもいい者が、いちばん通る」

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