罪
この土地にも、取りすぎてはならないという決まりがあった。
三度目だった。
一度目は、北の谷だった。グリムが、取りすぎてはならないと言った。理由を訊いたら、誰も知らないと言った。
二度目は、灰縁の村だった。あれは決まりの形をしていなかった。掘ったところは崩れる、崩れたところからはもう出ない、というだけの言い方だった。決まりではなく、起きていることを言っていた。
三度目が、ここだった。
北の谷で聞いた。灰縁の村では、掘ったところは崩れると言われていた。ここでは、はっきりした言い方で残っていた。
「石を掘って売るのは、罪だ」とアオレは言った。
「石って、導石ですか」
「そう呼ぶ者もおる」
「なんで罪なんですか」
「取りすぎるからだ」
「どのくらいから、取りすぎなんですか」
彼女は、少し考えた。
「分からんね」
「じゃあ、掘らない村は、どのくらい掘らないんですか」
「一つも掘らん」
「一つもですか」
「一つもだ」
わたしは、そこで少し止まった。
どのくらいから取りすぎかが分からないなら、一つも取らないというのが、いちばん確かなやり方だった。
確かだが、そのぶん、隣の村が掘るのを止められない。止めるには、どこまでならいいかを言わなければならない。言えないので、止められない。
わたしは、その答えを予想していた。
「誰か、知ってる人はいますか」
「おらん」
「昔から、そう言われてるんですね」
「言われとる」
「理由は、誰も知らないんですね」
「知らん」
わたしは、そこで座り込みたくなった。
三度、同じところへ来ていた。理由のない決まりが、三つの土地に別々にあった。三つとも正しい。三つとも、なぜ正しいのかを誰も知らない。
そして三つとも、守りきれていなかった。
守りきれていないのは、決まりが弱いからではなかった。
決まりは強かった。北の谷では、超えた者は次から配られなかった。ここでは、罪だと言われている。
強い決まりが、外からの力に弱かった。
北の谷は、外から来た者に冬の蓄えを掘り出された。掘り出させたのは、わたしだった。
「でも、掘ってますよね」
アオレは、こちらを見た。
「掘っとる」
「罪なのに」
「罪だと言っとる者と、掘っとる者が違う」と彼女は言った。「この土地には、決める者がおらん」
「決める者がいないんですか」
「おらん」
彼女は、村の向こうを指した。
「向こうの村は、掘る。こっちの村は、掘らん。掘る村は、掘らん村に何も言わん。掘らん村も、掘る村に言えん」
「言ったら、どうなるんですか」
「殴り合いになる」と彼女は言った。「もう何度かなっとる」
「どっちが勝つんですか」
「勝ち負けにならん」と彼女は言った。「殴って、疲れて、やめる。やめたあと、掘る村はまた掘る」
「じゃあ、何も変わらないんですね」
「変わらん」
彼女は、そのことを、怒っている様子もなく言った。
「変わらんことを、うちの土地の者は割合ちゃんとやる」
わたしは、島の盟約会のことを考えていた。あそこは、決める者がはっきりしていた。率いる者が決める。失敗すれば票が三つ引かれる。引かれるのは率いた者だけだ。
決め方が乱暴でも、決まってはいた。
ここは、決まらなかった。
「年に一度、集まるって聞きました」
「環座か」
「それで決めないんですか」
「決めん」と彼女は言った。「集まって、話して、それで終わりだ」
「決まったことは、守らないんですか」
「守る村は守る。守らん村は守らん」
「じゃあ、集まる意味は」
「聞くためだ」と彼女は言った。「誰が何を思っとるかを、聞く。それだけだ」
わたしは、その言い方を頭に入れた。
聞くために集まる。決めるためではない。
島の盟約会は、決めるために集まっていた。決まると、その年の行き先が決まった。決めるやり方が乱暴でも、決まりはした。
ここは、聞いて終わる。
聞いて終わるほうが、たぶん、人は死ににくかった。ただし、外から来る者には何もできなかった。
わたしは、そこでしばらく黙っていた。
「あと二年で、条約が切れます」
「聞いとる」
「切れたら、この森に軍が来ます」
アオレは、そのことに驚かなかった。
「来るだろうね」
「来たら、どうするんですか」
「霧が出る」
「霧で、防げるんですか」
「これまでは、防いだ」
わたしは、彼女を見た。
「霧は、いつまで出ますか」
その質問を、わたしは自分でも思っていなかった。口に出してから、それが何を訊いているのかに気がついた。
霧は、この土地の者が住んでいるから晴れない。晴れないのは、四人に一人が止められないまま出しつづけているからだった。
出しつづけているものは、地面の中から来ている。
地面の中のものは、減っている。
減りきったら、霧は出ない。
アオレは、答えなかった。
答えなかったのは、考えたことがなかったからだと思う。
霧は、この土地の者にとって、あるものだった。あるものは、なくなることを考えない。トルヴェクの街の者が鳴りを聞かなくなったのと、同じだった。
あって当たり前のものは、なくなるところを想像しない。
しばらくして、彼女はこう言った。
「あんた、それを訊きに来たのか」
「違います」
「じゃあ、なんで来た」
わたしは、言った。
「なぜ減るのかを、知っている人を探しに来ました」
アオレは、少し笑った。
「ここにはおらんね」




