十九年
「証言官をしとった」と、その晩、彼女は言った。
「なんですか、それは」
「ロヴァニスの仕事だ」と彼女は言った。「契約でもめたときに、立ち会う。両方の言い分を聞いて、帳面を突き合わせる。突き合わせて、どちらが正しいかを書く」
「どちらが正しいか、書けるんですか」
「書ける」と彼女は言った。「帳面が二つあれば、たいていどちらかが合っておる」
「両方間違ってたら」
「そういうときは、どちらも合っておらんと書く」
「じゃあ、どうなるんですか」
「もう一度、両方が数え直す」
わたしは、ロヴァニスの港のことを考えていた。梁のそばで一人が数え、荷車のところでもう一人が数える。合わなければ、その場で分かる。
証言官というのは、その三人目だった。
わたしは、セリーナの言葉を思い出していた。訴えられたら証言官が立ち会って帳面を突き合わせる、昔はそれでたいてい決まった、と。
「その仕事、いまもありますよね」
「ある」
「いまは、突き合わせても分からないものが増えたって、聞きました」
オルサの手が、少し動いた。
「誰から聞いた」
「取引所の検分官です」
「秤の家か」
「知ってるんですか」
「あの家の者は、代々そう言う」と彼女は言った。「わしの時代にもおった。同じことを言っておった」
「三十年前もですか」
「三十年前もだ」
「じゃあ、三十年、直っていないんですね」
「直っておらん」
彼女は、卓の木目を撫でた。
「三十年で悪くなったものは、たいてい三十年前から悪かった。急に悪くなるものは、少ない」
彼女は、卓の木目を見ていた。
「十九年やった」
「十九年、立ち会ったんですか」
「立ち会った」
「じゃあ、その十九年、嘘が全部分かってたんですね」
「分かっとった」
わたしは、そこで少し身を乗り出した。
「じゃあ、いつも正しく決められたんじゃないですか」
オルサは、首を横に振った。
「一度も言わんかった」
「言わなかったって」
「これは嘘です、と一度も言わんかった」と彼女は言った。「十九年、一度もだ」
わたしは、その数を頭に入れた。
十九年、毎日、目の前で人が嘘をつく。全部聞こえる。聞こえているのに、一度も言わない。
言わないことを毎日やるというのが、どういうことなのかを、わたしは考えようとした。
考えられなかった。
考えられなかったが、似たものは知っていた。メレは四十年、一度も使わなかった。腹の底のものを毎晩押さえて、押さえたまま年を取った。
わたしは、その言葉の意味を掴むのに、少しかかった。
「なんでですか」
「言えば、ばれる」
彼女は、右の耳に手をやりかけて、やめた。
「なぜ嘘だと分かるのかと訊かれる。答えられん。答えれば、わしがそういう者だと知られる。知られた者は、どうなると思う」
「どうなるんですか」
「買われる」
わたしは、その言葉を聞いた。
買われるというのは、この三年で何度か見た形だった。
島では、捕虜が売られた。売った銭で麦を買った。ロヴァニスでは、傭兵を金で雇っていた。トルヴェクでは、精錬の法を盗もうとした者が殺された。使えるものは、囲われるか、殺されるかのどちらかだった。
この人は、囲われるほうを避けて逃げた。
「ロヴァニスは、使えるものを買う国だ」と彼女は言った。「魔法使いを技師として雇う。差別もせん。尊重もせん。使えるから雇う。それだけだ」
「買われたら、どうなるんですか」
「使い切られる」
彼女は、卓の上で手を組み直した。
「これには代償がある」と彼女は言った。「使うたびに耳鳴りが残る。溜まると、耳のほうが石になっていく。右はもう聞こえん。左も、高いところが落ちた」
わたしは、その耳を見た。
「灰化ですか」
「そう呼ぶ者もおる」
「使わなければ、止まりますか」
「止まらん」と彼女は言った。「止まらんが、遅くはなる」
「遅くなるだけですか」
「それだけだ」
「じゃあ、いつかは」
「聞こえんようになる」と彼女は言った。「聞こえんようになれば、これは終わる」
「終わったら、どうなるんですか」
「ただの耳の遠い婆だ」
彼女は、そう言った。言い方が、少し軽かった。軽くしたのだと思う。
「じゃあ、なんで十九年も」
「仕事だったからだ」
彼女は、そこで初めて少し笑った。笑い方が、乾いていた。
「毎日、人が嘘をつく音を聞いて、聞いたことは書かんで、帳面のほうを見て決める。書けるのは帳面から分かることだけだ。分かることだけを書いて、分かっとることは書かん」
「つらくないですか」
「つらかった」と彼女は言った。「だから逃げた」
「逃げて、宿ですか」
「宿だ」
彼女は、土間のほうを見た。
「ここは、誰の土地でもない。名簿がない。関がない。逃げてきた者が集まる」
「みんな、よく喋ります」
「喋る」と彼女は言った。「喋るのを、わしは黙って聞いとる」
「聞いて、どうするんですか」
「売る」
わたしは、彼女を見た。
「情報をですか」
「そうだ」
「誰にですか」
「全部にだ」と彼女は言った。「アルディエルにも、ロヴァニスにも、北にも売る。誰の味方でもない。味方になると、その相手が負けたときに一緒に死ぬ」
彼女は、立ち上がった。
「あんたの話も、売れる」
わたしは、動かなかった。
「売りますか」
「売らん」
「なんでですか」
「買う者がおらん」と彼女は言った。「あんたの話は、誰の役にも立たん」
わたしは、その言葉を受け取った。
役に立たない、というのは、正しくないという意味ではなかった。
嘘ではないと、この人は言った。嘘ではないが、役に立たない。買う者がいない。
セリーナは、言えば人が死ぬと言った。グリムは、知って腹がふくれるかと訊いた。シグリは、自分の話ではないと言った。
言い方が違うだけで、全部同じことだった。




