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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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十九年

「証言官をしとった」と、その晩、彼女は言った。

「なんですか、それは」

「ロヴァニスの仕事だ」と彼女は言った。「契約でもめたときに、立ち会う。両方の言い分を聞いて、帳面を突き合わせる。突き合わせて、どちらが正しいかを書く」

「どちらが正しいか、書けるんですか」

「書ける」と彼女は言った。「帳面が二つあれば、たいていどちらかが合っておる」

「両方間違ってたら」

「そういうときは、どちらも合っておらんと書く」

「じゃあ、どうなるんですか」

「もう一度、両方が数え直す」

わたしは、ロヴァニスの港のことを考えていた。梁のそばで一人が数え、荷車のところでもう一人が数える。合わなければ、その場で分かる。

証言官というのは、その三人目だった。

わたしは、セリーナの言葉を思い出していた。訴えられたら証言官が立ち会って帳面を突き合わせる、昔はそれでたいてい決まった、と。

「その仕事、いまもありますよね」

「ある」

「いまは、突き合わせても分からないものが増えたって、聞きました」

オルサの手が、少し動いた。

「誰から聞いた」

「取引所の検分官です」

「秤の家か」

「知ってるんですか」

「あの家の者は、代々そう言う」と彼女は言った。「わしの時代にもおった。同じことを言っておった」

「三十年前もですか」

「三十年前もだ」

「じゃあ、三十年、直っていないんですね」

「直っておらん」

彼女は、卓の木目を撫でた。

「三十年で悪くなったものは、たいてい三十年前から悪かった。急に悪くなるものは、少ない」

彼女は、卓の木目を見ていた。

「十九年やった」

「十九年、立ち会ったんですか」

「立ち会った」

「じゃあ、その十九年、嘘が全部分かってたんですね」

「分かっとった」

わたしは、そこで少し身を乗り出した。

「じゃあ、いつも正しく決められたんじゃないですか」

オルサは、首を横に振った。

「一度も言わんかった」

「言わなかったって」

「これは嘘です、と一度も言わんかった」と彼女は言った。「十九年、一度もだ」

わたしは、その数を頭に入れた。

十九年、毎日、目の前で人が嘘をつく。全部聞こえる。聞こえているのに、一度も言わない。

言わないことを毎日やるというのが、どういうことなのかを、わたしは考えようとした。

考えられなかった。

考えられなかったが、似たものは知っていた。メレは四十年、一度も使わなかった。腹の底のものを毎晩押さえて、押さえたまま年を取った。

わたしは、その言葉の意味を掴むのに、少しかかった。

「なんでですか」

「言えば、ばれる」

彼女は、右の耳に手をやりかけて、やめた。

「なぜ嘘だと分かるのかと訊かれる。答えられん。答えれば、わしがそういう者だと知られる。知られた者は、どうなると思う」

「どうなるんですか」

「買われる」

わたしは、その言葉を聞いた。

買われるというのは、この三年で何度か見た形だった。

島では、捕虜が売られた。売った銭で麦を買った。ロヴァニスでは、傭兵を金で雇っていた。トルヴェクでは、精錬の法を盗もうとした者が殺された。使えるものは、囲われるか、殺されるかのどちらかだった。

この人は、囲われるほうを避けて逃げた。

「ロヴァニスは、使えるものを買う国だ」と彼女は言った。「魔法使いを技師として雇う。差別もせん。尊重もせん。使えるから雇う。それだけだ」

「買われたら、どうなるんですか」

「使い切られる」

彼女は、卓の上で手を組み直した。

「これには代償がある」と彼女は言った。「使うたびに耳鳴りが残る。溜まると、耳のほうが石になっていく。右はもう聞こえん。左も、高いところが落ちた」

わたしは、その耳を見た。

「灰化ですか」

「そう呼ぶ者もおる」

「使わなければ、止まりますか」

「止まらん」と彼女は言った。「止まらんが、遅くはなる」

「遅くなるだけですか」

「それだけだ」

「じゃあ、いつかは」

「聞こえんようになる」と彼女は言った。「聞こえんようになれば、これは終わる」

「終わったら、どうなるんですか」

「ただの耳の遠い婆だ」

彼女は、そう言った。言い方が、少し軽かった。軽くしたのだと思う。

「じゃあ、なんで十九年も」

「仕事だったからだ」

彼女は、そこで初めて少し笑った。笑い方が、乾いていた。

「毎日、人が嘘をつく音を聞いて、聞いたことは書かんで、帳面のほうを見て決める。書けるのは帳面から分かることだけだ。分かることだけを書いて、分かっとることは書かん」

「つらくないですか」

「つらかった」と彼女は言った。「だから逃げた」

「逃げて、宿ですか」

「宿だ」

彼女は、土間のほうを見た。

「ここは、誰の土地でもない。名簿がない。関がない。逃げてきた者が集まる」

「みんな、よく喋ります」

「喋る」と彼女は言った。「喋るのを、わしは黙って聞いとる」

「聞いて、どうするんですか」

「売る」

わたしは、彼女を見た。

「情報をですか」

「そうだ」

「誰にですか」

「全部にだ」と彼女は言った。「アルディエルにも、ロヴァニスにも、北にも売る。誰の味方でもない。味方になると、その相手が負けたときに一緒に死ぬ」

彼女は、立ち上がった。

「あんたの話も、売れる」

わたしは、動かなかった。

「売りますか」

「売らん」

「なんでですか」

「買う者がおらん」と彼女は言った。「あんたの話は、誰の役にも立たん」

わたしは、その言葉を受け取った。

役に立たない、というのは、正しくないという意味ではなかった。

嘘ではないと、この人は言った。嘘ではないが、役に立たない。買う者がいない。

セリーナは、言えば人が死ぬと言った。グリムは、知って腹がふくれるかと訊いた。シグリは、自分の話ではないと言った。

言い方が違うだけで、全部同じことだった。

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