嘘だけが分かる
三日目の晩に、わたしは女主人に訊いた。
客が引けて、土間に二人だけになったころだった。彼女は卓を拭いていた。わたしは、その向かいに座っていた。
三日待った。
一日目に訊けば、答えないと思った。二日目でも早い。三日いて、宿の勝手が分かって、こちらが何をしている者かを向こうが少し測ってから訊く。
そういう順番のつけ方を、わたしは島で覚えた。老人から四十年を受け取るあいだに、訊く順番でずいぶん違うことを知った。
「オルサさん、ですよね」
客がそう呼んでいたのを、二日で覚えていた。
「そう呼ばれとる」
「わたしは、アステです」
「聞いた」
「訊いてもいいですか」
「訊いた者は多かった」と彼女は言った。「答えた相手は少ない」
「何人ですか」
「数えとらん」
「じゃあ、多くはないんですね」
「多くはない」
わたしは、その返事の速さを覚えた。
数えていないと言った者が、多くはないと即答した。数えていないのに多寡が分かるというのは、少ないということだった。
わたしは、そこで少し考えた。
考えて、遠回りをやめた。
「オルサさんは、嘘が分かるんですね」
彼女の手が、止まった。
止まって、そのまま動かなかった。布を握ったまま、卓の上を見ていた。
「なぜ、そう思った」
「三日、数えました」
「何をだ」
「この宿で、お客さんが本当のことを言うたびに、オルサさんが少しだけ何かをする回数です」
わたしは、覚えていたことを言った。
「嘘を言った人には、そう言った、って言い方をします。本当のことを言った人には、少しだけ違います。そう言った、じゃなくて、そうか、で済ませることがあります」
彼女は、まだ動かなかった。
「それだけじゃありません」とわたしは言った。「嘘を聞いたあと、耳のところに手をやる回数が多いです。右のほうです。右耳は、聞こえてないですよね」
オルサは、布を置いた。
置いて、初めてわたしの顔をまっすぐ見た。
「数えたか」
「数えました」
「なぜ数えた」
「数えるのが、癖だからです」
「いつからだ」
「三年前からです」
「なぜ始めた」
わたしは、そこで少し考えた。
「数えるしか、できることがなかったからです」
彼女は、そのことに何も言わなかった。
彼女は、卓の向かいに座った。
座ってから、しばらく黙っていた。
「あんたは、何を持ってきた」
わたしは、そこから話した。
長くなった。灰縁の村のことから始めて、北の谷の柱を十九本読んだこと、島で四十年ぶんを受け取ったこと、トルヴェクで坑の数を聞いたこと、ロヴァニスで確認埋蔵量を割ったこと、それから灰海の縁の杭が四回とも村のほうへ動いたこと。
最後に、わたしが並べたものを言った。
四十のないものが、一つのものの上に載っていたこと。その一つが抜けたら、四十が全部落ちること。抜けたものは戻らないこと。二百五十年前に、九人が使いはじめたこと。
言い終わるのに、たぶん一刻近くかかった。
オルサは、一度も遮らなかった。
遮らないのは、この人の仕事だった。
証言官は、両方の言い分を最後まで聞く。途中で切れば、切ったところから先が記録に残らない。残らないものは、あとで揉める。
そういうことを、わたしはそのときまだ知らなかった。
知らないまま、最後まで喋らせてもらった。
言い終わってから、彼女はしばらく何も言わなかった。
それから、右の耳のところに手をやった。
「あんたは、嘘を言わなかった」
わたしは、彼女を見た。
「本当ですか」
「本当だ」と彼女は言った。「一つも、嘘がなかった」
わたしは、その言葉を受け取った。
受け取って、そのあとに来るものを待った。
来なかった。
「それだけですか」
「それだけだ」
「合ってるかどうかは」
「分からん」
彼女は、手を耳から下ろした。
「わしに分かるのは、あんたが嘘を言っておらんということだけだ」と彼女は言った。「あんたが本当のことを言っておるかどうかは、分からん」
「同じじゃないんですか」
「違う」
彼女は、卓の上で手を組んだ。
「嘘というのは、自分が違うと思っておることを言うことだ」と彼女は言った。「あんたは、自分が正しいと思っておることを言った。だから嘘ではない」
「でも」
「思い違いは、嘘ではない」
わたしは、そこで黙った。
黙ったのは、言い返せなかったからではなかった。
そのとおりだと思ったからだった。
三年かけて並べたものが、思い違いでない保証は、どこにもなかった。同じ形が四つ揃った。揃ったからといって、下に一つのものがあるとは限らない。
わたしがそう並べただけかもしれなかった。
並べる者が、並べたい形に並べてしまうことは、ある。老人は、それらしい数を挟んだ。わたしも、霧の中で二年ぶんを挟んだ。
三年かけて並べたものを、初めて確かめてもらえた。確かめてもらえたのは、わたしが本気だということだけだった。
「三十年、これをやっとる」とオルサは言った。「三十年、人が嘘をつく音を聞いてきた」
彼女は、右の耳に手をやった。
「一度も、本当のことを知らんかった」




