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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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二百五十年

夜が明けるまで、わたしはそこにいた。

明るくなってから、村へ戻った。

小屋へ行くと、メレは起きていた。起きているというより、目が開いていた。

わたしは、そばに座った。

「分かりました」

「なにがだ」

「持っていかれたものが、なにかです」

彼女は、こちらを見なかった。目は開いているのに、こちらを見ていなかった。

「言ってみろ」

わたしは、言った。

言うのに、思っていたより時間がかかった。順に並べないと言えなかった。四つの数と、四十のないものと、体の中の道と、指の白さ。

言い終わって、しばらく黙っていた。

言うあいだ、メレは一度も遮らなかった。

遮らないのは、分かったからではないと思う。分からないまま、最後まで聞いた。

三年前、この人はわたしの話をこうやって聞いた。名を言うなと止めたことは何度もあったが、話しはじめたものを途中で切ったことは一度もなかった。

メレは、何も言わなかった。

「メレ」

「聞いとる」

「合ってますか」

「知らんよ」と彼女は言った。「わしは、そこまで考えたことがない」

「考えなかったんですか」

「考えても、何も変わらん」

「変わらないと、やらないんですか」

「やらん」

「じゃあ、なんで四十年、盆に手を入れなかったんですか」

「それは、変わるからだ」

彼女は、そう言った。

「手を入れれば死ぬ。入れなければ死なん。それは変わる」

わたしは、その線の引き方を聞いた。

変わることだけをやる。変わらないことはやらない。

この人は、四十年その線で生きていた。

彼女は、少し咳をした。

「変わらんのに、あんたは考えたな」

「はい」

「そういう者が、ときどきおる」

わたしは、その言い方を聞いた。

「ほかにもいたんですか」

「いたんだろう」と彼女は言った。「わしは会っとらん。会っとらんが、いたはずだ」

「なんでですか」

「わしの母親が言っとった言葉が、どこから来たと思う」

わたしは、答えられなかった。

「あれを最初に言った者は、あんたと同じことを考えたんだろうよ」と彼女は言った。「考えて、それを一言に縮めた。縮めたものだけが、こっちまで来た」

「縮めたら、意味がなくなりませんか」

「なくなった」とメレは言った。「わしは意味を知らんかった。母親も知らんかった」

「じゃあ、なんで伝えたんですか」

「伝えろと言われたからだ」

彼女は、少し息を継いだ。

「意味を知らんまま伝えるのは、案外もつ。意味を知っとると、そのうち自分の言葉に直す。直したものは、次の代でまた直る」

わたしは、その言葉を受け取った。

持っていかれたあとに、残ったもの。

それが、誰かの三年ぶんの答えだった。三年か、もっとかもしれない。その人が並べた全部が、その一行になって、母から娘へ、娘からその娘へ、意味の分からないまま渡ってきた。

「その人は、誰かに言ったんですかね」

「言ったろうな」

「言って、どうなったんですか」

メレは、そこで初めてこちらを向いた。

「あんた、ここまで来る途中で、誰かに言ったか」

わたしは、答えられなかった。

言った。島の岸で、シグリに言った。石はあと五十年でなくなると。彼女は、そうか、と言った。五十年の話は自分の話ではない、と言った。

セリーナは、言えないと言った。今日死ぬ人と五十年後に死ぬ人を、同じ秤に載せられないと。

グリムは、どのくらい減ったかを知って腹がふくれるかと訊いた。

「言いました」とわたしは言った。

「どうなった」

「なにも」

「そうだろうな」

彼女は、目を閉じた。

わたしは、その手を握っていた。石の手だった。

そのとき、もう一つのことが繋がった。

トルヴェクの記録は、二百年だった。

いちばん古い坑から、順に止まっていた。二百年で百九十五。

二百五十年ほど前に、この大陸で一つのことが起きたと、わたしはトルヴェクで聞いた。ベルグが言った。石を磨けば十倍働く。その磨き方を見つけたのが、あの街の一つの家だと。

磨く前は、石は十分の一しか働かなかった。

働かないものは、使われない。使われないものは、掘られない。

磨き方が見つかってから、石は使われるようになった。魔力を持たない者でも使えるようになった。

大陸の人間のうち、体の中に道を持っているのは、十人に一人もいない。

残りの九人は、それまで使えなかった。

使えるようになった。

わたしは、その順番を並べた。

二百五十年前に、九人が使いはじめた。

二百年前から、坑が止まりはじめた。

「メレ」

彼女は、返事をしなかった。

息はしていた。間隔が長かった。

わたしは、握った手をそのままにしていた。

言う相手を、探さなければならなかった。

言ったところで、誰も救われないことは分かっていた。同じ計算をした者は、みんな黙った。口止めされたのではない。自分で計算して、自分で黙ることにした。

分かっていて、それでも探さなければならなかった。

理由は、一つだけあった。

わたしが黙れば、この計算は、また一行になる。

持っていかれたあとに、残ったもの。誰かの三年ぶんが、そう縮んで、意味の分からないまま次の誰かへ渡っていく。

そうやって、二百五十年が過ぎた。

一行にしないためには、書くしかなかった。

書いたものは取られる。なくす。燃える。濡れる。置いた場所から動かない。動かないものは、いつか誰かに見つかる。

老人はそう言った。グリムも同じことを言った。二人とも正しかった。

正しいが、二人とも、一行に縮むほうが速いということを言わなかった。

あと二年で、条約が切れる。

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