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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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メレ

小屋の中は、灰の匂いが濃かった。

袋を積む場所なので、当たり前だった。麻の目から漏れた灰が、床と壁の隙間に溜まっている。三年前、わたしはこの小屋の袋のあいだに押し込まれて、上から空の袋を掛けられた。

あのとき、袋を突いて回った男がいた。突いて、当たったのに、開けたのは一つだけだった。

その一つが、わたしのところだった。

村の男が、あとで言った。突いて、当たったのに、開けたのは一つだけだ、と。メレは何も答えなかった。

奥に、寝床があった。

毛皮ではなかった。この土地に獣はいない。麻を重ねたものの上に、人が寝ていた。

わたしは、そばに座った。

暗くて、顔は見えなかった。それでも、息の音で起きているのが分かった。息の間隔が長かった。長いのは、島の小屋で見た者たちと同じだった。

島の小屋には、十人ばかりが寝ていた。脚のない者と、腕の動かない者と、それから、体のどこも欠けていないのに起き上がれない者。

起き上がれない者は、腕を出していた。線の周りが、肩まで白かった。

刻印を使いすぎた者だ、とあのとき思った。

メレは、一度も使っていなかった。

「メレ」

息が、止まった。

止まって、それから吸った。

「誰だ」

声は、ひどく細かった。

「アステです」

しばらく、何もなかった。

それから、彼女が言った。

「その名は、ここでは言うな」

わたしは、笑いそうになった。笑ってから、目のほうが先に熱くなった。

「言いました」

「そうか」

彼女は、少し体を動かそうとした。動かなかった。

「明かりは」

「つけません」

「そうか」

「見られたくないですよね」

「見せるほどの顔じゃない」

わたしは、彼女の手を探した。麻の上に置いてあった。

握った。

石だった。

指の先だけではなかった。手のひらまで、全部が硬かった。皮膚の下に、筋のようなものが通っている。触っても、握り返してこなかった。握り返せないのだった。

三年前、この手はまだ動いた。

寝具を掴んで、干しに行った。籠を運んだ。井戸の縄を握った。指の先が石になっていても、握ることはできた。

いまは、できなかった。

石は、そこから上へ来ていた。手のひらの次は、手首だった。手首の次は、たぶん肘だった。

「灰咳ですか」

「それもある」

「ほかにも」

「進んだ」と彼女は言った。「あんたが出ていってから、進んだ」

「わたしのせいですか」

「馬鹿を言うな」

彼女は、少し笑った。笑って、咳をした。

「年だ」と彼女は言った。「それだけだ」

わたしは、それを信じられなかった。信じられないが、言い返す材料も持っていなかった。

わたしは、その手を握ったままでいた。

「使わなかったんですよね」

「使っとらん」

「一度も」

「一度もだ」

彼女は、少し咳をした。長い咳だった。咳が終わるまで、わたしは何も言わなかった。

「使わなくても、進むんですね」

「進む」

「なんでですか」

メレは、しばらく黙っていた。

「知らんよ」

わたしは、その言葉を待っていた気がした。

三年間、いろいろな人に訊いた。訊いて、返ってきたのは、たいてい同じだった。グリムは、取りすぎてはいけない理由を知らないと言った。ドラは、鳴りが戻らない理由を知らないと言った。ヘズは、なぜ足りなくなるのかを知らないと言った。

みんな、知らなかった。

知らないまま、正しくやっていた。

正しくやっているというのが、いちばん厄介だった。

理由を知っていれば、理由が変われば直せる。知らないままやっていることは、直しようがない。直そうとしても、何を直せばいいのか分からない。

グリムは、理由のない決まりだけが何百年ももつと言った。

もったところで、減るものは減っていた。

「メレ」

「なんだ」

「三年前に、灰海のことを言いましたよね」

「言ったかね」

「何も燃やしていない、って言いました。焼けた跡なら炭が出る、骨も出る、あそこには何ひとつ出ない、って」

彼女の息が、少し変わった。

「言ったな」

「じゃあ何ですかって訊いたら、こう言いました」

わたしは、その言葉を口に出した。三年間、頭の中に置いてあった言葉だった。

「残ったものだよ。持っていかれたあとに、残ったもの」

小屋の中は、静かだった。

外で、篩の音がしていた。

「それは、誰から聞いたんですか」

メレは、答えるまでに間を置いた。

「わしの母親だ」

「お母さんは」

「その母親から聞いたと言っとった」

わたしは、その繋がりを頭の中へ入れた。

言い伝えだった。理由のない決まりと、同じ形をしていた。理由が分からないまま、代々受け渡されている言葉。

「持っていかれた、というのは、誰がですか」

「知らん」

「何を、ですか」

メレは、そこで少し笑った。笑って、咳をした。

「あんた、それを訊きに戻ってきたのか」

「そうです」

「三年かけて」

「三年かかりました」

彼女は、目を閉じたようだった。暗くて、閉じたかどうかは分からなかった。

「季節がないと、言ったろう」

「言いました」

「取られたからだ、とも言った」

「言いました」

「あれで、全部だ」と彼女は言った。「わしが知っとるのは、それだけだよ」

「それだけで、四十年逃げたんですね」

「逃げたのは、それとは関わりない」

「でも」

「知っとることと、生きとることは、別だ」と彼女は言った。「わしは、盆に手を入れんかっただけだ。それだけで四十年もった」

彼女は、天井のほうを見ていた。

「知っとる者が長く生きるなら、あんたはもう死んどるよ」

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