セン
歩数は、覚えた。
四つの列の間隔も、一つずつ数えた。
歩幅は、自分のものを使った。
正しい長さを知らなくても、同じ歩幅で測れば比べることはできる。比べられれば、形が出る。北の谷の柱も、島の四十年も、そうやって持っていた。
同じ足で測ったものだけが、比べられる。
だから、途中で走らなかった。走ると歩幅が変わる。いちばん古い列から二列目まで。二列目から三列目まで。三列目から、いまの列まで。
数えて、村へ戻った。
日が落ちていた。この土地に季節はないので、日の落ちる時刻はいつも同じだった。三年前と同じ時刻に、同じ暗さになった。
季節がないというのは、そういうことだった。
北の峡では、冬に日が短くなって、家じゅうが眠った。北の谷では、雪が来る前に割り方を決めた。ロヴァニスでは、麦の値が季節で動いた。
ここには、それがない。
三年前の同じ時刻と、今日の同じ時刻が、同じだった。同じであることが、この土地のいちばん怖いところだった。
村の中を歩いた。
夜になると、村じゅうが咳をする。順番が決まっている。左の家の男が最初に始めて、それが向かいへ移り、少し間があってから遠くの端の家で老人が長く咳き込む。
わたしは、その順番を聞いた。
違っていた。
最初に始まるところが、違った。左の家からではなかった。もっと近いところから始まって、順番が短かった。
咳をする家が、減っていた。
減っているのに、村じゅうが静かにはならなかった。
残っている家の咳が、長くなっていた。三年前、いちばん長く咳き込むのは端の家の老人だけだった。いまは、どの家も同じくらい長かった。
人が減って、一人あたりの咳が伸びる。
そういう減り方をする村だった。
櫓のほうへ歩いた。
灰は夜も篩う。日が落ちても、明かりを置いて回す。三年前は、そうだった。
明かりは、一つしかなかった。
その下に、人が立っていた。
背が高かった。三年前より高かった。肩の幅も違った。それでも、篩の枠に手をかける形は同じだった。目が詰まると、いつのまにか横へ来て、黙って直して、また黙って自分の持ち場へ戻る。
トゥーだった。
わたしは、しばらく離れたところに立っていた。
彼が顔を上げた。
こちらを見て、それから手を止めた。
しばらく、何も言わなかった。わたしも言わなかった。
「戻ったのか」
声が変わっていた。低くなっていた。
「うん」
「そうか」
彼は、また篩に手を戻した。
訊かれなかった。
どこへ行っていたのかも、何をしていたのかも、なぜ戻ってきたのかも。
三年前、この人はわたしのことを何も訊かなかった。訊かない村の子だった。三年経って、まだ訊かなかった。
訊かれないことに、わたしは慣れていた。慣れていたはずだった。
慣れているのに、そのとき少しだけ、訊いてほしいと思った。
わたしは、そのまま近づいて、櫓の下に立った。目の詰まっているところが見えた。手を伸ばして、指で押し出した。
三年やっていない仕事だった。指が覚えていた。
櫓の下は、三年前と同じ高さだった。
わたしの背が伸びていたので、屈まないと下の段に手が届かなかった。三年前は、背伸びをしていた。
同じ場所が、同じ場所でなくなっていた。変わったのは場所ではなく、こちらだった。
トゥーは、何も言わないでわたしの立ち位置を少しずらした。ずらした先のほうが、やりやすかった。
しばらく、二人で直した。
「北は」とトゥーが言った。
「寒かった」
「そうか」
それだけだった。
三年前、この人は言った。北は寒い、と。それから、灰は寒いところのほうが軽い、と言った。どういう意味かと訊いたら、知らない、自分が来たときにそう言われた、と答えた。
わたしは、北で灰を見なかった。灰海の北の縁を歩いたが、あそこの灰が軽いかどうかは分からなかった。
分からなかったことを、言うべきかどうか迷った。
言わなかった。
わたしは、訊きたいことを訊いた。
「メレは」
トゥーの手が、止まった。
止まって、それから動いた。
「いる」
「元気」
彼は、答えなかった。
答えないのが答えだった。この村では、それを覚えた。覚えたところが、ここだった。
三年間、いろいろな土地で、その答え方に何度も当たった。
エルネスも、ヘルヴィも、グリムも、ヘズも、ドラも、みんな同じことをした。答えられないことを訊かれると、黙る。黙ったまま、次の話へ行く。
最初にそれを見せたのが、この村だった。
覚えたやり方を、いま覚えた場所で使われていた。
「どこ」
「小屋だ」
彼は、袋を積む小屋のほうを顎で示した。人が寝る場所ではなかった。
「なんでそこに」
「咳が、家の中だと響く」とトゥーは言った。「本人が、そっちがいいと言った」
わたしは、そちらを見た。
明かりは、ついていなかった。
「行っていい」
「行ってこい」
わたしは、櫓を離れた。
離れてから、一度だけ振り返った。
トゥーは、篩を回していた。わたしが直したところを、もう一度直していた。詰まってもいないところを直すのが、この人の癖だった。
三年前も、そうだった。
わたしは、小屋のほうへ歩いた。
歩きながら、櫓の音を聞いていた。音は、三年前より小さかった。回している篩の数が減っていた。
減っていない音を、この村でわたしは一つも聞かなかった。




