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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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灰の道

西へ行くには、内海に沿って北へ回り、それから大平原を横切ることになる。

ロヴァニスの港から荷を運ぶ隊が、毎日のように出ていた。荷運びは人手を要る。要るので、あまり選ばない。わたしは荷車の脇について歩いた。銭は要らないと言った。食べさせてくれるだけでいいと言った。

そういう者が、この道には多かった。多いので、目立たなかった。

多いというのは、行き場のない者が多いということだった。

灰縁の村へ買い付けに来た司祭が、そう言っていた。東で盗人が増えている、行き場のない者が街道へ出るのだ、今年は特に多い、と。

三年経って、まだ多かった。むしろ増えていた。荷車の脇を歩く者の数を、わたしは何度か数えた。日によって違ったが、少ない日でも六人はいた。

隊の頭は、わたしのことを何も訊かなかった。訊かないのは、灰縁の村と同じ理由ではなかった。訊いて答えられない者を雇うと、いなくなったときに探さなくて済む。それだけのことだった。

平原に入って、五日目に、麦の色が変わった。

ロヴァニスの後背地の麦は、濃かった。平原の奥へ行くにつれて、薄くなった。同じ季節の同じ麦なのに、色が違った。

「土が違うんですか」

隊の男は、そちらを見なかった。

「毎年こうだ」

「毎年薄いんですか」

「毎年、少しずつな」

わたしは、その言葉を頭に入れた。

毎年少しずつ、というのを、この三年で何度聞いたか分からなかった。

北の谷の魚。島の持ち帰り。トルヴェクの鳴り。灰海の縁。

そして、いまは麦の色だった。

少しずつというのは、気づかないということだった。気づかないから、誰も数えない。数えないから、少しずつのままになる。

九日目に、関があった。

石を積んだ番小屋と、道を塞ぐ横木。兵が四人と、修道士が一人。

わたしは、その修道士の胸を見た。

輪の中に、細い線。あの日、葦の中で見上げた男の胸にあったものと、同じ形の紋章だった。線の数が違った。あちらは三本で、こちらは一本だった。

線の数が位を表すのだろうと思った。

三本のほうが上なら、あの人はこの関に立っている者より上だった。

上の者が、あの日、葦の中へ一人だけ回り込んできていた。回り込んでくる仕事は、たぶん上の者がやることではない。

そのことを、わたしはそのとき初めて考えた。

「荷は」

隊の頭が、証文を出した。

修道士は、それを読んだ。読んでから、荷車の脇の者を順に見ていった。

わたしのところで、止まった。

「歳は」

わたしは、答えた。

「名は」

「アステです」

修道士は、名簿を出した。厚い名簿ではなかった。関に置く控えだった。

彼は、そこを見た。

見て、何も言わなかった。載っていなかったのだと思う。載っているのは「マルグリット」のほうだった。その名は、三年前にどこかの帳面で川へ落ちたか、開いたまま残っているかのどちらかだった。

「南から来たか」

「島からです」

「島」

「東の海の島です」

嘘ではなかった。嘘ではないが、この人が思う島とは違う島だった。

「盆はあるか」と修道士が後ろへ言った。

兵の一人が、番小屋から浅い器を持ってきた。銀ではなかった。錫か何かの、安いものだった。水が張ってあった。

わたしは、腕の内側に意識を置いた。

そこへ置いて、押した。押すとひとりでに開いた。腕の内側から肩へ細い熱が上がって、体じゅうに薄く広がって、消えた。

手を入れた。

水は、水のままだった。

「白」

修道士は、名簿を閉じた。

その盆の水は、あの日の穹堂のものより浅かった。

安い器で、水も少なかった。持ち歩くためのものだった。持ち歩くということは、あちこちで使うということだった。

三年前、盆は穹堂にしかなかった。穹堂へ行かなければ、誰にも分からなかった。メレは、それだけのことで四十年逃げた。

いまは、街道の関にある。

わたしは手を引いて、服で拭いた。拭きながら、数を数えていた。

一刻。次に使えるまで一刻。そのあいだに、もう一度この盆に手を入れさせられたら、そこで終わる。

修道士は、次の者を呼んだ。

横木が上げられて、隊が動きはじめた。

歩きだしてから、わたしは一度だけ振り返った。

修道士は、名簿を小屋へ戻していた。あの名簿には、この日この関を通った者の名が書かれる。書かれた名は、どこかへ送られる。送られた先で、また別の帳面に写される。

アステという名が、また一つ増えた。

その名は、三年前に葦の際でも書かれた。書いた者は、こちらが綴りを言えないので、自分で当てて書いた。何と書いたのかを、わたしは知らない。

同じ名かどうかも、分からなかった。

名前が増えるのは、悪いことではないはずだった。

増えれば、どれが本当かが分からなくなる。分からないものは、突き合わせられない。

ただ、増やしているのはわたしではなかった。書いているのは、いつも向こうだった。

わたしは名乗るだけで、綴りは向こうが決める。

十四日目に、麦が終わった。

畑が途切れて、土が痩せはじめた。灌木と石ころと、風に曲がった細い草だけになった。

そこから先は、隊は行かなかった。

「うちはここまでだ」と頭が言った。「この先は、灰しかない」

「灰は要らないんですか」

「値が落ちた」と頭は言った。「昔は、うちも運んどった。いまは合わん」

「合わないって」

「運ぶ手間のほうが高い」

彼は、荷車の向きを変えさせていた。

「あそこは、そのうち誰も行かんようになる」

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