三つ
船が出るのは、翌朝だった。
麦は積み終わっていた。思っていたより少なかった。石を九つ売った銭で買えたのが、それだけだった。
「これで足りるんですか」
「足りん」とベルグが言った。「足りたことがない」
「じゃあ、なんで」
「足りんなりに、去年よりましだ」
「去年より、ましなんですか」
「石が当たったからな」とベルグは言った。「石が当たらん年は、これの半分だ」
「半分でも、越せるんですか」
「越せん年もある」
彼は、袋の線を数え直していた。
「越せん年に何が起きるかを、あんたはもう見とるだろう」
わたしは、北五峡の谷を思い出していた。掘ってあるところの入り口に、去年の落ち葉が積もっていた。
彼は、袋の数を線で数え直していた。
わたしは、船縁に座って、内海を見ていた。
三つ、揃っていた。
北の谷の柱が十九本。取ってきた量が、減っていた。刻んで我慢していたのに、減っていた。
島の戦功録が四十年。持ち帰った量が、半分になっていた。刻まずに奪っていたのに、減っていた。
トルヴェクの坑が二百三十六。止まったのが百九十五で、止まった坑は二百年のあいだ一度も鳴り出していない。
三つとも、やり方が違った。
木の実と魚を、取りすぎないように刻んで取る土地。麦を、返さないで奪う島。石を、掘って売る山。
三つとも、同じ形で減っていた。
やり方を変えても、減り方が変わらない。
変わらないというのは、やり方のせいではないということだった。
やり方のせいなら、やり方を変えれば止まる。
北の谷は、取りすぎないように刻んでいた。刻んでいて減った。島は、刻まずに奪っていた。奪っていて減った。トルヴェクは、掘り方を全部変えた。深く掘り、横へ伸ばし、水を抜いた。それでも止まった坑は鳴らなかった。
やれることを、みんなやっていた。
やれることをやって、同じだけ減っていた。
わたしは、そこまでは並べられた。
並べられたが、その先が分からなかった。なぜ減るのか。どこへ行ったのか。戻らないのはなぜか。
分からないまま、三つは揃った。
二つでは足りない、三つ揃えば偶然ではなくなる、と誰かが言った。その人は、三度出て、二度目で死んだ。
偶然ではなくなった。
偶然でないなら、何かがある。
その何かを、わたしはまだ知らなかった。
シグリが、船尾へ来た。
彼女は、袖を下ろしたままだった。街を出るまでは下ろしておくのだろうと思った。
「石を、売った」と彼女は言った。
「はい」
「麦を、買った」
「はい」
「次も、要る」
わたしは、彼女を見た。
「次も、石を取るんですか」
「取る」
「取れなかったら」
「麦が減る」
彼女は、内海のほうを見ていた。
「あんた、あそこで何を見た」
わたしは、しばらく黙っていた。
言うかどうかを、考えていた。
言えば、この人はまた同じことをする。四十年の数を渡したとき、島は取れるだけ取ることに決めた。渡したのはわたしだった。
言わなければ、何も変わらない。何も変わらないというのは、このまま毎年石を取りに来るということだった。取りに来て、そのうち捕まる。
どちらでも、変わらない。
どちらでも変わらないなら、言うかどうかは、わたしの側の話だった。
「石は、あと五十年でなくなります」とわたしは言った。
シグリは、こちらを見なかった。
「五十年」
「たぶん、もっと早いです」
「そうか」
彼女は、それだけ言った。
驚かなかった。前にもそうだった。血の繋がった者が谷にいると言ったときも、驚かなかった。
驚かないのは、この人が鈍いからではなかった。
驚くというのは、それが自分に関わると思うことだった。関わらないと思っているものには、驚けない。
血の話は、土地の話だった。この人には土地がない。
五十年の話は、生きている者の話だった。この人は、五十年生きるつもりがない。
「そうか、で終わりですか」
シグリは、そこで初めてこちらを向いた。
「五十年」と彼女はもう一度言った。「わしは、三十五で石になる」
わたしは、何も言えなかった。
「あと十年だ」と彼女は言った。「五十年の話は、わしの話ではない」
わたしは、その言い方を、あとで何度も思い出した。
島の盟約会で、三年あとのことを言う者に票がないのと、同じだった。三年あとを心配するのは、三年あとも生きている者だ。前に座っている連中は、三年あとに生きているつもりがない。
セリーナは、今日死ぬ人と五十年後に死ぬ人を同じ秤に載せられないと言った。
シグリは、載せる相手が自分ではない、と言った。
どちらも、同じ形をしていた。
彼女は船首のほうへ戻っていった。
わたしは、腕の内側に手を当てた。
彫った線が三つ。あと一つ。
三つの数が、頭の中に並んでいた。並んでいるだけで、何も言わなかった。
数は、並べただけでは何も言わない。
意味を出すには、比べる相手が要る。三つ揃った以上、比べる相手はもう外にはなかった。
外にないなら、内側だった。
なぜ減るのかを知っている者が、どこかにいるはずだった。
いるとすれば、いちばん長く、いちばん多く数えてきた者だった。
わたしは、そこで初めて、あの穹堂のことを思い出した。
百二十という数を、六百年ずっと守ってきた者たちがいた。豊作の年も凶作の年も、戦のあった年もなかった年も、百二十。
理由を、誰も言わなかった。
理由を訊かれなかったからだと、わたしはずっと思っていた。
訊かれなかったのではないかもしれなかった。




