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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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言わない理由

「じゃあ、なんで言わないんですか」

セリーナは、しばらく荷のほうを見ていた。

「言ったら、どうなると思う」

「間違いが直ります」

「直る」と彼女は言った。「直ったあとのことを、考えたことある」

わたしは、答えられなかった。

考えていなかった。

数が違っていたら直す。それが正しいと、わたしはずっと思っていた。

北の谷では、刻みが合わなかったから読んだ。読んで、詰めて刻んだ者が見つかった。あのとき、わたしは正しいことをしたつもりでいた。

その男は、その冬を越した。越したが、次の年の集まりに名が出なかった。誰も彼の話をしなかった。

直したあとのことを、わたしはあのときも考えていなかった。

「確認埋蔵量が下がる」と彼女は言った。「下がれば、担保の値が下がる。担保の値が下がれば、貸した側は追加を求める。求められた側は払えない。払えなければ、貸したものが焦げつく」

彼女は、指を一本ずつ折っていった。

道の角の石の台に彫ってあった子供と、同じ折り方だった。

「アルジェンティの家は、アルディエルとヴェルガルドの両方に貸してる。両方が同時に払えなくなったら、あの家が潰れる。あの家が潰れると、あの家に預けている家が潰れる。この街の商家は、たいてい互いに預け合ってる」

「全部、潰れるんですか」

「順番に」

彼女は、指を開いた。

「そのあと、麦が止まる」

わたしは、そこで顔を上げた。

石と麦が繋がっているとは、思っていなかった。

石は食えない。麦は食える。別のものだった。

別のものが、銭で繋がっていた。銭は食えない。食えないものが、食えるものと食えないものの両方を繋いでいた。

「麦」

「この街は、麦を買って売る国よ」と彼女は言った。「買うのに、先に金を出す。畑ができる前に金を出して、できたものを受け取って、それを別の国へ売る。金が回らなくなったら、先に出す金が出ない」

「出なかったら」

「畑を作る人が、種を買えない」

「種を買えなかったら、蒔けませんね」

「蒔けない」

「蒔けなかったら、次の年に麦がありません」

「ない」

「次の年にないと、その次の年の種もありません」

セリーナは、こちらを見た。

「そこまで考えるのね」

「並べただけです」

「並べただけで、そこまで行くのよ」と彼女は言った。「みんな、途中でやめる」

わたしは、内海を見ていた。

船が動いていた。数えられないほど動いていた。

「ヴェルガルドは、麦を買ってます」

「買ってる」

「北の峡は、南三峡から買ってます」

「そうでしょうね」

「北五峡は、買えなくて、若い人が出ていきました」

セリーナは、こちらを見た。

「あなた、そこにいたの」

わたしは、答えなかった。

「言ったら、そういうところから死ぬ」と彼女は言った。「金が止まると、いちばん下から止まる。上のほうは、しばらく持つ」

「言わなかったら」

「言わなかったら、石が本当になくなるまで、みんな今のまま」

「今のままって、いいことですか」

「よくない」と彼女は言った。「よくないけど、今日は誰も死なない」

「明日は」

「明日も死なない」

「五十年後は」

「たくさん死ぬ」

彼女は、荷のほうを見ていた。

「今日死ぬ人と、五十年後に死ぬ人を、同じ秤に載せられないの。載せる目盛りがないから」

「本当になくなるのは、いつですか」

「五十年か、もっと早いか」と彼女は言った。「私が生きているあいだかもしれない。あなたが生きているあいだには、たぶん来る」

わたしは、荷を数えている二人を見ていた。

一人が数え、もう一人が数え、二つを合わせる。合わなければ、その場で分かる。

そういうことを、この街の人は毎日やっていた。毎日やっているのに、いちばん大きい数だけを、数えないままにしていた。

「間違ってると分かってて、そのままにしておくんですか」

「そう」

「怖くないんですか」

セリーナは、そこで初めて、少し長く黙った。

「怖いわよ」と彼女は言った。「毎日怖い」

「誰かに言ったことは、ありますか」

「一度ある」

「どうなりましたか」

「その人も、同じことを言った」と彼女は言った。「怖い、と」

彼女は、板を持ち直した。

「それだけよ。二人で怖がって、二人とも黙った」

彼女は、腕に抱えた板を持ち直した。

「私は、量る仕事をしてる。うちの家名は秤よ。祖父も曾祖父も量ってた。量った数が違っていたら、直す。それがうちの仕事」

「じゃあ」

「直せない数が一つだけある」と彼女は言った。「直したら、直した先で人が死ぬ。私の家は、そこまでは量らない」

彼女は、取引所のほうへ歩きだした。

行きかけて、止まった。

「あなた、どこから来たの」

わたしは、答えなかった。

「答えなくていい」と彼女は言った。「ただ、一つだけ言っておく」

「はい」

「私と同じことを考えた人は、これまでにもいた」

わたしは、彼女を見た。

「その人たちは、どうしたんですか」

「みんな黙った」と彼女は言った。「誰かに口止めされたんじゃない。自分で計算して、自分で黙ることにした」

彼女は、荷の音のするほうを見た。

「同じ計算をすれば、同じところへ着く。だから、口止めが要らないのよ」

わたしは、その言葉を持って帰った。

口止めが要らない、というのは、隠している者がいないということだった。

隠している者がいないのに、隠されている。

そういうものを、わたしはそれまで見たことがなかった。灰塔のことは、教会が隠していた。トルヴェクの十一は、坑主が隠していた。隠している者が、必ずいた。

ここには、いなかった。

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