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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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二重

わたしは、その場でしばらく動けなかった。

セリーナが、こちらを見ていた。

「どうしたの」

「なんでもないです」

「顔が変よ」

「寒いだけです」

嘘だった。わたしは、嘘のつき方が上手くなっていた。上手くなったのが、いいことなのかどうかは分からなかった。

上手くなったのは、嘘の中身ではなかった。

顔だった。

灰縁の村で、名を訊かれて別の名を言った。北の峡で、母の名を知らないと言えなかった。島で、腕の数を訊かれて、まだ数えていないと言った。

言うたびに、顔が動かなくなっていった。

シグリは、島でそれを見抜いた。嘘だな、と言った。この人は、見抜かなかった。

その日、わたしは船へ戻らなかった。

戻らないつもりだったのではない。取引所を出てから、街の中を歩き回っているうちに、日が落ちた。

歩きながら、並べていた。

四十一と、十一。

板に貼ってある確認埋蔵量は、四十一の坑を数えて出したものだった。実際に出るのは十一。残りの三十は、鳴っているだけで、掘っても知れている。

その三十を止めないのは、止めれば四十一が十一になるからだった。

四十一という数は、坑の数だった。

坑ごとの見込み量というのも、たぶん同じ作りだった。鳴っているだけの坑にも、見込み量が書かれている。書かれた見込み量は、実際には出ない。

坑の数が四分の一なら、見込み量も四分の一だとは限らない。もっと悪いかもしれなかった。

坑主が困る、とわたしはトルヴェクで考えた。坑主が困るのは、坑主に何かを預けている者がいるからだ、とも考えた。預けている者は、街の外にいる、と。

外にいる者が、この街だった。

確認埋蔵量が四分の一になれば、割り算の答えも四分の一になる。二百年が、五十年になる。

五十年でも、まだ長いように聞こえた。

わたしは、五十年という長さを、うまく掴めなかった。

十年なら分かる。七つ刻んだ者が、それで死ぬ。シグリは、あと十年で三十五になる。

五十年は、その五倍だった。

五倍というのは、頭では分かる。けれど、五十年後にいる人の顔が、一つも浮かばなかった。

浮かばない相手のために何かを決めるというのは、たぶん、とても難しいことだった。

けれど、担保というのは、そういうものではないはずだった。二百年ぶんあると思って貸した金は、五十年ぶんしかないと分かった日に、貸した側が困る。

困る額が、どのくらいなのかを、わたしは知らなかった。

知らないなりに、大きいことは分かった。

取引所の建物は、穹堂より高かった。柱が太く、床が広く、中に何百人も入っていた。あれだけのものが、その数の上に建っている。

数が四分の一になったら、建物が四分の一になるわけではない。建物はそのまま残る。残ったまま、中身がなくなる。

そういう壊れ方を、わたしは見たことがなかった。

翌日、わたしは取引所へ戻った。

セリーナは、板の下にいた。同じ場所で、同じように書いていた。

「昨日は、途中で行っちゃったのね」

「すみません」

「いいけど」

彼女は、書く手を止めなかった。

「一つ、訊いていいですか」

「どうぞ」

「担保にした石は、一つの相手にだけ入れるんですか」

セリーナの手が、止まった。

止まって、そのまま動かなかった。

「なんでそれを訊くの」

「わたしは、数を数えてるからです」

彼女は、板から目を離した。

「ここじゃない」と彼女は言った。「ついてきて」

わたしたちは、取引所を出て、港の壁のほうへ歩いた。荷が上がっているところだった。梁のそばで一人が数え、荷車のところでもう一人が数えていた。

彼女は、その音が聞こえるところで止まった。

「うるさいところで話すのは、この街の作法よ」

「なんでですか」

「静かなところで二人でいると、何を話しているか気にされる」

わたしは、そのやり方を覚えた。

灰縁の村では、名を訊かないことが防具だった。北の谷では、二人で行くことが決まりだった。この街では、うるさいところで話す。

どこも、同じことをしていた。守り方が土地ごとに違うだけだった。

守らなければならないものがある土地は、必ず何か作法を持っている。

彼女は、壁に寄りかかった。

「同じ石が、二度入っていることがある」

わたしは、彼女を見た。

「二度」

「ある家がトルヴェクに貸して、坑の出をあてにする。別の家も同じ坑をあてにして貸す。坑は一つなのに、あてにしている家が二つある」

「それは、いけないことですよね」

「いけないことよ」と彼女は言った。「三港商法で禁じてる」

「破ったら、どうなるんですか」

「訴えられる」

「訴えられたら」

「証言官が立ち会って、帳面を突き合わせる」と彼女は言った。「昔は、それでたいてい決まった」

「昔は」

彼女は、少し間を置いた。

「いまは、突き合わせても分からないものが増えたの」

「じゃあ、なんで起きるんですか」

「見えないから」

彼女は、荷を数えている男のほうを見た。

「あの荷は、目の前で数えられる。二人が別々に数えて、合わせる。合わなければ、その場で分かる」

「はい」

「地面の中の石は、誰も数えられない」と彼女は言った。「申告された数を、そのまま使う。二人で数え直すことができない」

わたしは、その言葉を聞いていた。

数えられないものを、数えたことにして使う。

使っているうちに、それが数えられたもののように見えてくる。

板に書いてあれば、書いてある数に見える。壁に貼ってあれば、確かめられた数に見える。

誰も、それを申告した者の顔を見ていなかった。

「気づいてる人は、いるんですか」

「いる」とセリーナは言った。「私も、その一人」

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