埋蔵
貼ってあるものは、思っていたより地味だった。
奥の廊下の壁に、紙が並べて貼ってある。一年に一枚。古いものから順に、右へ伸びていた。端のほうは色が変わって、字が薄くなっていた。
いちばん古いものは、読めなかった。
読めないというのは、消えたのではなく、薄くなって判じにくいということだった。目を近づけて、光の当たり方を変えると、いくらかは拾えた。
拾えるうちに読んでおかないと、そのうち読めなくなる。
読めなくなったものは、誰かが写しておかないと消える。写す者がいるのかどうかを、わたしは知らなかった。
わたしは、いちばん新しいものから読んだ。
年間取引高。
わたしが六日ぶんから計算した数と、そう遠くなかった。少し多かった。取引所を通らないものがあるのだろうと思った。
通らないものというのは、たとえば、わたしたちが売った九つの箱だった。
あれは取引所を通っていない。カズヴェク家の代理人が直接買った。買ったものは、磨いてから取引所へ出るのだろう。出るときには、トルヴェクの精導石として出る。
エオリンで掘られて、島に奪われて、トルヴェクで磨かれたものが、トルヴェクのものとして数えられる。
数は、そこで一度、名前を変えていた。
その下に、もう一行あった。
確認埋蔵量。
わたしは、その言葉を初めて見た。読める字だったが、意味が分からなかった。
「これは、なんですか」
セリーナが、後ろに立っていた。ついてきていた。
「あとどれだけ残っているか」
「残ってるって、どこにですか」
「地面の中に」
わたしは、その数を見た。
大きかった。取引高より、ずっと大きかった。
わたしは、割った。
割るのに、少し手間取った。桁が多いと、頭の中で割れない。
指を使った。指で位を数えて、上から順に落としていく。父が帳付けをしているときに、そういう手つきをしていた。見ていたのを、体が覚えていた。
見ていただけのものが、いくつか体に残っていた。
確認埋蔵量を、年間取引高で割る。出たのは、年数だった。
その年数を、わたしは口の中で言った。
「二百年くらいですね」
セリーナが、少し黙った。
「よく割ったわね」
「それで合ってますか」
「合ってる」と彼女は言った。「取引所も同じ計算をする。だから、みんな安心してるの」
「安心」
「二百年あれば、いま生きてる人は誰も困らない」と彼女は言った。「困らないなら、値は安定する。安定していれば、貸せる」
わたしは、その順番に引っかかった。
安心するから、値が安定する。安定するから、貸せる。
安心のほうが先だった。安心が先で、事実があとに来ていた。
北の谷では、逆だった。あるものを数えて、割って、割った数を守った。数が先で、暮らしがあとだった。
わたしは、その言葉を追った。
「貸すって、なにをですか」
「お金」
彼女は、廊下の窓のほうを向いた。
「この国は、お金を貸す国よ。アルディエルにも、ヴェルガルドにも貸してる。貸すときに、何か担保がいるでしょう」
「たんぽ」
「返せなかったときに、代わりに取れるもの」
「土地とかですか」
「土地は取れない」と彼女は言った。「取っても守れないもの。だから、石で取る」
「石は守れるんですか」
「石は動く」と彼女は言った。「動くものは運べる。運べるものは売れる。売れるものは担保になる」
「じゃあ、動かないものは」
「担保にならない」
わたしは、北の谷の記録小屋のことを考えていた。
あれは動かなかった。動かないから、目録に載って、番号を振られた。
動かないものは、担保にならない代わりに、取り上げられる。
わたしは、壁の紙を見ていた。
「石って、地面の中の石ですか」
「そう」
「まだ掘ってないものを、担保にできるんですか」
セリーナは、わたしのほうを向いた。
「できる」と彼女は言った。「確認埋蔵量があるから」
わたしは、その繋がりを、頭の中でゆっくり並べた。
地面の中に、あとどれだけあるか。その数があるから、まだ掘っていないものを、担保にできる。担保にできるから、貸せる。貸せるから、この国は成り立っている。
「その数は、誰が数えたんですか」
セリーナは、少し驚いた顔をした。
「取引所が出してる」
「取引所の人が、坑へ行って数えるんですか」
「行かない」と彼女は言った。「掘っている国が申告するの。それを取引所がまとめる」
「申告した数が違っていたら」
「違っていない前提で動いてる」
「確かめないんですか」
「確かめる方法がない」と彼女は言った。「坑の中を見に行っても、その坑からあとどれだけ出るかは分からない。掘ってみないと分からないものを、掘る前に数えてるの」
彼女は、紙のほうを見ていた。
「だから、掘っている人の言い値を使う」
「掘っている国というのは」
「エオリンとトルヴェク。あとは細かいのがいくつか」
わたしは、その二つの名を聞いた。
「トルヴェクは、なんて申告してるんですか」
「坑の数と、坑ごとの見込み量」
「坑の数」
「そう」
「坑の数が減ったら、埋蔵量も減りますね」
「減る」
「増えたら」
「増える」と彼女は言った。「でも、増えたことはない。もう何十年も」
「減ってもいないんですか」
「少しずつ減ってる」と彼女は言った。「少しずつだから、誰も騒がない」
わたしは、壁の紙をもう一度見た。
そして、腕の内側に手を当てた。
彫った線の三つ目に、その数があった。
「トルヴェクの坑の数は、いくつだって書いてありますか」
セリーナは、紙のほうへ体を寄せた。細かい字を目で追って、指で押さえた。
「稼働坑、四十一」




