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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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年に幾つ

その晩、わたしは数えた。

六日ぶんの取引高が、頭の中にあった。日によって違うが、動く幅はそう大きくない。六日ぶんを足して、六で割れば、一日あたりが出る。

一日あたりに、一年の日数を掛ければ、一年ぶんが出る。

出た数は、わたしがそれまでに扱ったどの数よりも大きかった。

大きすぎて、意味が分からなかった。

桁が多いと、頭の中で持ちにくい。

北の谷の柱の列は、長くても指で数えられる長さだった。島の持ち帰り量は、麦の袋の数だった。袋なら、目に見える。

取引所の数は、目に見えるものと繋がっていなかった。

わたしは、それを袋に直そうとした。直せなかった。石は袋で運ばない。木の箱で運ぶ。箱九つが麦の遠征九百回ぶんだと、老人は言った。

そこから逆に辿ろうとして、途中で分からなくなった。

大きい数は、そのままでは何も言わない。北の谷の柱がそうだった。列の長さだけを見ても、長いか短いかしか分からない。並べて、比べて、初めて形になる。

比べる相手が、要る。

わたしは、腕の内側を見た。

彫った線が、四つの数を持っていた。

坑が二百三十六。止まったのが百九十五。鳴っているのが四十一。まともに出るのが十一。

比べるには、桁が違いすぎた。坑の数と、取引される石の量は、単位が違う。

一つの坑から、年にどれだけ出るのか。それを知らないと、繋がらなかった。

わたしは、それを知らなかった。

ドラに訊けばよかった。

訊かなかったのは、そのときのわたしが、繋げる先を持っていなかったからだった。坑の数を聞いて、それを何と比べればいいのかを知らなかった。

比べる相手が出てきてから、訊きたいことが分かる。

訊けるときには、訊きたいことがない。訊きたくなったときには、訊く相手がいない。

そういうことが、これまでに何度かあった。

翌日、わたしはまた取引所へ行った。

ベルグは来なかった。麦の積み込みがあった。行くなとも言われなかったので、行った。

板の下に立って、しばらく見ていた。

そのうち、隣に人が来た。

若い女だった。二十歳を少し過ぎたくらいに見えた。地味な色の服を着ていて、腕に厚い板を抱えている。板には紙が挟んであって、そこへ何か書きつけていた。

彼女は、板を見上げて、書いた。見上げて、書いた。

床の誰も板を見ていない中で、その人だけが見ていた。

見上げて、書いて、また見上げる。同じ動きを繰り返していた。

書いているのは、紙だった。紙に書くというのは、あとで読むということだった。

わたしは、その人の手元を横から見た。字は細かかった。細かいのに、揃っていた。毎日同じ形で書く者の字だった。

わたしは、しばらくその横に立っていた。

女が、こちらに気づいた。

「なにか用」

共通語だった。この街の者は、ほとんど共通語を使った。人種が混ざりすぎていて、それしか共通のものがないのだった。

「見てました」

「なにを」

「板です」

彼女は、少し笑った。

「珍しい子ね。ここで板を見てる人は、私くらい」

「みなさん、見ないんですか」

「見なくても分かるからよ」と彼女は言った。「あの人たちは、値が動いた瞬間に床の声で分かる。板は、あとから確かめるためのもの」

彼女は、自分の手元の紙を見た。

「私は、確かめるほうの仕事だから」

「確かめて、どうするんですか」

「合っていたら、何もしない」と彼女は言った。「合っていなかったら、書き直させる」

「間違うんですか」

「毎日は間違わない。月に一度くらい」

彼女は、板を見上げた。

「月に一度でも、直さないと積み上がるから」

わたしは、老人の入れたそれらしい数のことを考えていた。

積み上がったものをあとから直す方法を、この街は持っているらしかった。

「なんのお仕事ですか」

「検分官」と彼女は言った。「セリーナ・ビランチ。秤の家」

「秤」

「家名が秤なの。うちは代々、量る仕事をしてる」

「代々って、どのくらいですか」

「祖父の祖父まで数えられる」と彼女は言った。「その前は分からない」

「書いてないんですか」

「書いてある」と彼女は言った。「うちの家の帳面にはね。ただ、そこから先は、たぶん量る仕事じゃなかったと思う」

「なんでですか」

「秤という家名を名乗ったのが、その人だからよ」

彼女は、少し笑った。

「家名は、仕事から作るの。仕事を始めた人が、最初に名乗る」

わたしは、その名を覚えた。

「わたしはアステです」

「家名は」

わたしは、少し止まった。

北で名乗った家名は、この街では意味を持たない。持たないうえに、北の家名だと分かる。

「ありません」

セリーナは、そのことに何も言わなかった。この街には、家名のない者が多いらしかった。

「一つ、訊いていいですか」

「どうぞ」

「あの、いちばん上の段の右の数は、取引高だと聞きました」

「そう」

「あれは、一日ぶんですよね」

「一日ぶん」

「じゃあ、一年ぶんは、どこかに書いてありますか」

セリーナの手が、止まった。

彼女は、初めてわたしの顔をちゃんと見た。

「あなた、いくつ」

わたしは、答えた。

彼女は、しばらく何も言わなかった。

「一年ぶんは、板には出ない」と彼女は言った。「出ないけど、ある。取引所が年に一度まとめる」

「見られますか」

「見られる」と彼女は言った。「壁に貼ってあるから」

彼女は、建物の奥のほうを指した。

「ただ、あれを見に来る人も、ほとんどいないわ」

「なんで見ないんですか」

「見なくても分かるからよ」と彼女は言った。「去年と同じくらい、と思ってる」

「同じですか」

「たいてい同じ」

彼女は、廊下のほうを見ていた。

「たいてい同じものは、誰も確かめない。確かめないから、違ってきても気づかない」

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