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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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板

取引所へ行ったのは、その次の日だった。

麦を買うのに、なぜ石の取引所へ行くのかを、わたしはそのときまで分かっていなかった。

「銭を替える」とベルグが言った。

「替えるって」

「トルヴェクで受け取った銭は、あそこの銭だ」と彼は言った。「ここでは、そのままでは麦が買えん。一度替える」

「替えるだけで、減りますか」

「減る」

「なんでですか」

「替える者が取るからだ」

「取られるのに、替えるんですか」

「替えんかったら、麦が買えん」

「別の街で替えたら、安くないですか」

「安いところがあるなら、みんなそこで替えとる」とベルグは言った。「みんながそこで替えれば、そこも高くなる」

わたしは、その理屈を並べ直した。安いところは、安いというだけで人が来る。人が来れば、安くなくなる。

建物は、港のいちばん奥にあった。

石造りで、正面に柱が並んでいる。柱の高さが、これまで見たどの建物よりも高かった。穹堂よりも高かった。

穹堂は、上へ伸びるように建ててあった。天辺が細く、そこだけ空へ突き出している。

この建物は、太かった。高いのに、上へ伸びる形をしていない。柱が太く、屋根が広く、中に人が入るためだけに大きくしてあった。

祈るための高さと、人を入れるための高さは、形が違うのだった。

中は広かった。天井が抜けていて、そこから光が入る。床が石で、人がいっぱいいた。

そして、うるさかった。

声が重なって、何を言っているのか分からない。分からないのに、みんな何かを言い続けていた。手を上げる者がいて、指で何かを示す者がいた。指の形に決まりがあるらしかった。

片手を上げて、指を三本立てる者がいた。立てたまま手首をひねる者もいた。同じ形でも、向きが違えば別のことらしかった。

その形を、わたしは覚えようとした。

覚えきれなかった。速すぎた。

速いのは、遅いと損をするからだった。板が書き換わる前に決めた者が得をする。だから、声より速い伝え方が要る。指のほうが、口より速かった。

壁の一面が、板だった。

黒く塗った板が、床から天井近くまで並んでいる。板の上に、白いもので数が書いてあった。

書いている者がいた。梯子に乗って、古い数を消して、新しい数を書く。書き直すたびに、床の声が変わった。

わたしは、その板を見上げた。

読めた。

書いてあるのは、数と、その横に短い言葉だった。言葉は共通語だった。父の証文で見たことのある書き方だった。

いちばん上の段に、大きく書いてある行があった。

精導石。

その横に、数が二つあった。一つは値らしかった。もう一つは、それより桁の多い数だった。

「あの、大きいほうの数はなんですか」

ベルグは、板を見上げた。

「読めん」

「読めなくても、意味は知りませんか」

「知らん」

わたしは、床にいる人たちを見た。

誰も、板を見ていなかった。

見上げているのは、わたしだけだった。

見上げていると、首が痛くなった。

板は高い。天井近くまで並んでいるので、いちばん上の段を読むには、真後ろまで下がらないといけない。真後ろまで下がると、床の声が遠くなる。

読める場所と、聞こえる場所が、離れていた。

離してあるのだと、わたしはあとで思った。ほかの者は、板ではなく互いの顔と手を見ていた。板は、たまに誰かが振り返って確かめるだけのものだった。

あって当たり前のものは、聞かなくなる。ベルグはトルヴェクの鳴りについてそう言った。

ここでは、見なくなっていた。

その日は、銭を替えて帰った。

翌日も、わたしは付いていった。付いていかなくてもよかったのに、行った。行って、板の下に立っていた。

板の数は、前の日と違っていた。

値のほうは、少し下がっていた。桁の多いほうも変わっていた。

わたしは、その二つを覚えた。

三日目も行った。

四日目も行った。

麦の買い付けが済んで、船へ積むまでに、六日かかった。六日のあいだ、わたしは毎日その板の下に立っていた。

六日ぶんの数が、頭の中に並んだ。

並べ方は、島でやったのと同じにした。

いちばん古い日の数を一つ覚えて、あとは前の日との差だけを覚える。差だけなら、六つ覚えればいい。

老人のやり方だった。あの人は四十年ぶんをそうやって持っていた。わたしは六日ぶんを、そのやり方で持った。

やり方は、数の大きさに関係なく使えた。

値のほうは、上がったり下がったりしていた。

桁の多いほうも、日によって違った。ただし、こちらには上限のようなものがあった。ある数を超えることがない。超えないまま、毎日その少し下あたりを行き来していた。

六日目の夕方、わたしは板を書き換えている男に声をかけた。

梯子から下りてきたところだった。

「あの、いちばん上の段の、右のほうの数は、なんの数ですか」

男は、こちらを見た。子供が話しかけたことに、少し驚いた顔をした。

「取引高だ」

「とりひきだか」

「その日に、どれだけ売り買いされたかだ」

わたしは、それを頭に入れた。

「一日ぶんですか」

「一日ぶんだ」

彼は、布で手を拭いていた。指が白かった。板に書く白いもので、白くなっていた。

「毎日ですか」

「毎日書く」

「休みの日は」

「休まん」

「じゃあ、一年ぶん書いてるんですね」

「書いとる」

「書いたものは、どこへ行くんですか」

男は、布で手を拭き終えた。

「消す」

「消すんですか」

「板は一枚だ」と彼は言った。「毎日消して、書く」

彼は、梯子を担いで行きかけた。

「消す前に書き取る者はおる」と彼は言った。「わしの仕事じゃない」

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