第十の門
宿は、港からいくらか離れたところにあった。
トルヴェクの坑夫小屋とは違って、部屋が分かれていた。銭を出せば分かれる。ベルグは分けないほうを取った。安いからだった。
その夜、わたしは街を歩いた。
歩いていいと言われたわけではなかった。ただ、止められもしなかった。この街では、子供が一人で歩いていても誰も見なかった。人が多すぎて、一人ずつ見ていられないのだった。
見られないというのは、初めてだった。
灰縁の村では、村じゅうが互いを見ていた。北の谷では、九人しか子供がいなかった。島では、捕虜は数えられていなくても、いることは全員が知っていた。
ここでは、いてもいなくても同じだった。
歩きながら、わたしはそのことを何度か確かめた。誰かの前を通って、振り返る。誰もこちらを見ていなかった。
道の角に、小さい石の台があった。
高さは、わたしの腰くらい。上に窪みがあって、そこに何かが置いてあった。
近づいて見た。
麦の粒が、少しだけ載っていた。それと、小さい銅の粒が三つ。あとは、何かの数を書いた紙切れが折って置いてあった。
台の正面に、彫ってあるものがあった。
子供の姿だった。座って、片手の指を折っている。
折っているのは、三本だった。折った三本のうち、いちばん下の指が少し浮いている。
彫った者は、指を折る途中を彫っていた。折り終わった手ではなく、折っている最中だった。
数え終わった数ではなく、数えている最中を祀っている。
そう見えた。そう見えただけかもしれなかった。
わたしは、それをしばらく見ていた。
穹堂の中で、司祭は言った。今年の認可は百二十だ。十二の門の第七に定められた数だ。節制の門は、いつの世も同じ数を守ってこられた、と。
門には、番号がついていた。番号がついているということは、十二あるということだった。
わたしは、そのうちの一つしか知らなかった。
知っていたのも、番号と名前だけだった。
第七の門。節制。飢饉から守る女神。
司祭がそう言うのを、灰縁の村の櫓の裏で聞いた。聞いたときは、それが何を意味するのか分からなかった。北の谷で、取りすぎてはならないという決まりの理由を誰も知らないと分かってから、少しだけ分かった気がした。
分かった気がしただけで、そこから先へは行けていなかった。
翌朝、ベルグに訊いた。
「あの、道の角にある石の台は、なんですか」
「門だ」
「教会の門ですか」
「教会は建物だ。門は、その中に十二ある」と彼は言った。「この街では、そのうちの一つだけを外に出しとる」
「なんでですか」
「あとの十一は、要らんからだろう」
彼は、それ以上説明しなかった。
あとで、宿の者に訊いてみた。
宿の主は、十二の門を全部言えなかった。三つまで言って、あとは知らないと言った。知らなくても困らない、とも言った。
「教会には行かないんですか」
「葬式には行く」と主は言った。「契約書は教会法で書く。それだけだ」
「お祈りは」
「したことがない」
彼は、勘定をつけながら答えていた。
その日、荷を運びながら、わたしは同じ台をいくつも見た。
道の角ごとにあった。どれも同じ形で、同じ子供が指を折っていた。置いてあるものは違った。麦のところもあれば、銅のところも、紙切れだけのところもあった。
置いてあるものの多い台と、少ない台があった。
多いのは、港に近いところだった。少ないのは、街の奥へ行くほどだった。奥へ行くと、何も置いていない台もあった。
置く者が多いところに、置く者が集まる。集まるところは、もっと集まる。
島の船の繋ぐ場所と同じだった。票の多い盟が、いちばん出やすい場所に繋ぐ。出やすい場所に繋げば、また取れる。
紙切れには、数が書いてあった。
拾い読みしてみると、それは願いごとだった。この取引がまとまりますように、というようなことが、数と一緒に書いてある。金額が書いてあるものもあった。
わたしは、それを読みながら歩いた。
灰縁の村へ来ていた司祭は、代金を置いて、祝福の言葉を述べて帰っていった。祝福というのは、言葉だった。ここでは、置いていくのは数だった。
言葉は、言った者と聞いた者のあいだにしか残らない。数は、置いておける。
置いておけるものを供えるというのは、この街らしいやり方だった。
わたしは、自分が何も持っていないことに気がついた。腰に巻いた綱と、袖の中の針と、腕の内側の線。それだけだった。
供えるものが、一つもなかった。
「この街の人は、何を信じてるんですか」
夕方、ベルグに訊いた。
彼は、麦の値を書き写しているところだった。書けないので、線を引いていた。線の数で覚えるやり方だった。
「信じておらんだろう」
「でも、供え物をしてます」
「したほうが得だと思っとるんだ」
「得なんですか」
「知らん」と彼は言った。「ただ、この街の連中は、損か得かでしか動かん。損か得かで動く連中が供えとるなら、供えるほうが得なんだろう」
わたしは、彼の線を見ていた。
「わたしが書きましょうか」
ベルグは、手を止めた。
「書けるのは知っとる」
「じゃあ」
「あんたが書いたものは、あんたが読む」と彼は言った。「わしが線を引いたものは、わしが読む。どっちが要るかというと、わしが読めるほうだ」
彼は、また線を引きはじめた。
「島へ帰るのは、わしだからな」
わたしは、その言い方を聞いた。
帰るのは、この人だった。
わたしが帰るかどうかを、この人は言わなかった。シグリは戻ればいいと言った。ベルグは、自分が帰ると言った。
二つは、違うことだった。




