↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/96

三つの港

石を売った銭で、麦を買う。

その順番を、わたしは船に戻ってから知った。ベルグが説明したのではない。荷を数え直しているときに、漕ぎ手の一人が麦のことを言ったので、そこから訊いた。

「石の銭で、麦を買うんですか」

「買う」とベルグが言った。「持って帰るのは麦だ」

「銭のままじゃ、だめなんですか」

「銭は食えん」

灰縁の村で、司祭は代金を置いていった。置かれた銭で村は何を買っていたのだろうと、そのとき初めて思った。

あの村には畑がなかった。魚も獲れない。掘るのは灰だけだった。灰は食えない。

だから、置かれた銭で麦を買っていたはずだった。買う相手が、どこかにいた。

わたしは、その相手のことを一度も考えなかった。

彼は、船縁に腰を下ろした。

「うちの島には、麦を売る者がおらん。よそから買う。買う場所は決まっとる」

「どこですか」

「ロヴァニスだ」

その名を、わたしは覚えていた。トルヴェクの街で、ドラが言った。ロヴァニスの帳付けが石を買いに来て、鳴りの話ばかり訊いていった、と。

「そこ、遠いですか」

「近い」とベルグは言った。「山を下りて、東へ回るだけだ」

海沿いに東へ走って、四日目に、内海へ入った。

内海というのは、両側に陸のある海だった。波が低く、風が弱い。船の数が、それまでとまるで違った。すれ違う船が、絶えず見えていた。

「これ、全部どこへ行くんですか」

「知らん」とベルグは言った。「多すぎて数えられん」

数えられない、という言い方を、彼は初めて使った。

島では、何でも数えられた。

盟が四百。船に乗るのが六十四。刻印が七つまで。票が五つと二つと零。数えられるものだけで、島は回っていた。

数えられないものが出てくると、この人たちは黙る。黙って、通り過ぎる。

ベルグは、船の数を数えるのをやめて、前を向いていた。

港は、遠くから見えた。

はじめに見えたのは、街ではなかった。棒だった。細い棒が、水際にいくつも立っている。近づくと、それが船の帆柱だと分かった。

帆柱の数だけ、船があるということだった。

わたしは、数えようとした。

数えられなかった。

途中まで数えて、どこまで数えたか分からなくなった。

数えるには、順番が要る。順番をつけられないものは数えられない。帆柱は、奥行きがあって、重なっていて、どれが手前でどれが向こうかが分からなかった。

北の谷の柱には、順番があった。奥から手前へ、古いものから新しいものへ。順番があるから、数えられた。

順番のないものを数える方法を、わたしは知らなかった。

港へ入ってから、数えることを諦めるまでに、そう時間はかからなかった。

岸に、石を積んだ壁が延々と続いていた。壁の上に、荷を吊るための梁が並んでいる。梁の下に船が着けて、綱と滑車で荷を上げる。上げた荷は、荷車に載る。荷車は、石を敷いた道を走っていく。

トルヴェクには、車の通れる道が一本もなかった。ここでは、道が全部そうだった。

山では、荷は人が背負って上がった。ここでは、荷は車が運ぶ。

車が運ぶというのは、一人で運べる量より多く運べるということだった。多く運べるということは、多く動くということだった。

港の壁の上に、荷が絶えず上がっていた。上がるそばから車に載り、載るそばから走っていく。止まっているものが、どこにもなかった。

止まっているものがない場所を、わたしは初めて見た。

そして、荷が上がるたびに、誰かが数を言っていた。

梁のそばに、必ず一人立っている。手に板を持っていて、荷が一つ上がるごとに、そこへ何か書きつける。書きつけてから、声に出して数を言う。荷車のところにも一人いて、そちらも書いている。

同じものを、二人が別々に数えていた。

「あれ、なんで二人いるんですか」

「合わせるためだろう」とベルグが言った。

「合わなかったら」

「知らん」

わたしは、その二人を見ていた。

上げるほうと、載せるほうが、別々に数える。二人の数が合えば、荷は正しく載ったことになる。合わなければ、どこかで一つ消えたことになる。

北の谷では、記録小屋へ刻みに行くとき、必ず二人で行った。一人で行かせなかった。疑うための決まりではなく、疑わずに済ませるための決まりだった。

同じことを、ここは港じゅうでやっていた。

違うのは、数える相手だった。

北の谷では、自分たちが取ったものを、自分たちで数えた。ここでは、他人の荷を、他人が二人で数えている。

数えている二人は、その荷の持ち主ではなかった。持ち主は、たぶんこの港にいない。いない者のために、いる者が数えていた。

それで銭をもらっているのだった。数えるだけで銭になる仕事があるということを、わたしはそこで初めて知った。

「三つ港があるんですよね」

「ロヴァ、ミレト、カセラだ」とベルグは言った。「ここがロヴァだ。いちばん大きい」

「あと二つも、こうですか」

「こうだ」

彼は、荷を担ぎ上げた。

「ここは、全部を数えとる国だ」

わたしは、その言葉を頭に入れた。

全部を数えている国。

灰縁の村では、袋を数えていた。北の谷では、取った量を刻んでいた。島では、出た回数を数えていた。トルヴェクでは、鳴りを水で測っていた。

どこも、数えていた。

ただ、どこも、自分のところのものしか数えていなかった。

全部を数えるというのは、よその数まで数えるということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。