三つの港
石を売った銭で、麦を買う。
その順番を、わたしは船に戻ってから知った。ベルグが説明したのではない。荷を数え直しているときに、漕ぎ手の一人が麦のことを言ったので、そこから訊いた。
「石の銭で、麦を買うんですか」
「買う」とベルグが言った。「持って帰るのは麦だ」
「銭のままじゃ、だめなんですか」
「銭は食えん」
灰縁の村で、司祭は代金を置いていった。置かれた銭で村は何を買っていたのだろうと、そのとき初めて思った。
あの村には畑がなかった。魚も獲れない。掘るのは灰だけだった。灰は食えない。
だから、置かれた銭で麦を買っていたはずだった。買う相手が、どこかにいた。
わたしは、その相手のことを一度も考えなかった。
彼は、船縁に腰を下ろした。
「うちの島には、麦を売る者がおらん。よそから買う。買う場所は決まっとる」
「どこですか」
「ロヴァニスだ」
その名を、わたしは覚えていた。トルヴェクの街で、ドラが言った。ロヴァニスの帳付けが石を買いに来て、鳴りの話ばかり訊いていった、と。
「そこ、遠いですか」
「近い」とベルグは言った。「山を下りて、東へ回るだけだ」
海沿いに東へ走って、四日目に、内海へ入った。
内海というのは、両側に陸のある海だった。波が低く、風が弱い。船の数が、それまでとまるで違った。すれ違う船が、絶えず見えていた。
「これ、全部どこへ行くんですか」
「知らん」とベルグは言った。「多すぎて数えられん」
数えられない、という言い方を、彼は初めて使った。
島では、何でも数えられた。
盟が四百。船に乗るのが六十四。刻印が七つまで。票が五つと二つと零。数えられるものだけで、島は回っていた。
数えられないものが出てくると、この人たちは黙る。黙って、通り過ぎる。
ベルグは、船の数を数えるのをやめて、前を向いていた。
港は、遠くから見えた。
はじめに見えたのは、街ではなかった。棒だった。細い棒が、水際にいくつも立っている。近づくと、それが船の帆柱だと分かった。
帆柱の数だけ、船があるということだった。
わたしは、数えようとした。
数えられなかった。
途中まで数えて、どこまで数えたか分からなくなった。
数えるには、順番が要る。順番をつけられないものは数えられない。帆柱は、奥行きがあって、重なっていて、どれが手前でどれが向こうかが分からなかった。
北の谷の柱には、順番があった。奥から手前へ、古いものから新しいものへ。順番があるから、数えられた。
順番のないものを数える方法を、わたしは知らなかった。
港へ入ってから、数えることを諦めるまでに、そう時間はかからなかった。
岸に、石を積んだ壁が延々と続いていた。壁の上に、荷を吊るための梁が並んでいる。梁の下に船が着けて、綱と滑車で荷を上げる。上げた荷は、荷車に載る。荷車は、石を敷いた道を走っていく。
トルヴェクには、車の通れる道が一本もなかった。ここでは、道が全部そうだった。
山では、荷は人が背負って上がった。ここでは、荷は車が運ぶ。
車が運ぶというのは、一人で運べる量より多く運べるということだった。多く運べるということは、多く動くということだった。
港の壁の上に、荷が絶えず上がっていた。上がるそばから車に載り、載るそばから走っていく。止まっているものが、どこにもなかった。
止まっているものがない場所を、わたしは初めて見た。
そして、荷が上がるたびに、誰かが数を言っていた。
梁のそばに、必ず一人立っている。手に板を持っていて、荷が一つ上がるごとに、そこへ何か書きつける。書きつけてから、声に出して数を言う。荷車のところにも一人いて、そちらも書いている。
同じものを、二人が別々に数えていた。
「あれ、なんで二人いるんですか」
「合わせるためだろう」とベルグが言った。
「合わなかったら」
「知らん」
わたしは、その二人を見ていた。
上げるほうと、載せるほうが、別々に数える。二人の数が合えば、荷は正しく載ったことになる。合わなければ、どこかで一つ消えたことになる。
北の谷では、記録小屋へ刻みに行くとき、必ず二人で行った。一人で行かせなかった。疑うための決まりではなく、疑わずに済ませるための決まりだった。
同じことを、ここは港じゅうでやっていた。
違うのは、数える相手だった。
北の谷では、自分たちが取ったものを、自分たちで数えた。ここでは、他人の荷を、他人が二人で数えている。
数えている二人は、その荷の持ち主ではなかった。持ち主は、たぶんこの港にいない。いない者のために、いる者が数えていた。
それで銭をもらっているのだった。数えるだけで銭になる仕事があるということを、わたしはそこで初めて知った。
「三つ港があるんですよね」
「ロヴァ、ミレト、カセラだ」とベルグは言った。「ここがロヴァだ。いちばん大きい」
「あと二つも、こうですか」
「こうだ」
彼は、荷を担ぎ上げた。
「ここは、全部を数えとる国だ」
わたしは、その言葉を頭に入れた。
全部を数えている国。
灰縁の村では、袋を数えていた。北の谷では、取った量を刻んでいた。島では、出た回数を数えていた。トルヴェクでは、鳴りを水で測っていた。
どこも、数えていた。
ただ、どこも、自分のところのものしか数えていなかった。
全部を数えるというのは、よその数まで数えるということだった。




