三つ目
山を下りて三日目に、追ってくる者がいた。
気づいたのは、シグリだった。彼女は歩きながら一度も後ろを見なかったのに、休んだところで短く言った。
「三人」
ベルグが、道の先を見た。
「まだ先だ。ここは開けとる」
「開けてると、どうなるんですか」
「向こうから見える」と彼は言った。「見えるところでは何もせん。林に入ってからだ」
道の先に、林があった。
避けて通れなかった。避ければ大回りになり、大回りすれば追いつかれる。
漕ぎ手の二人は、荷を持っていた。銭だった。石を売った銭を、四つに分けて持っていた。分けて持つのは、一人が取られても全部は取られないようにするためだった。
「あんたは、走れ」とベルグがわたしに言った。
「え」
「林に入ったら、走れ。振り向くな」
「みなさんは」
「わしらは、走らん」
シグリが、上着の袖に手をかけた。
まくらなかった。まくりかけて、止めた。
止めたのを、わたしは見ていた。まくれば刻みが出る。刻みが出れば、この道で誰かに見られる。見られれば、あの街まで話が戻る。
彼女は、袖を下ろした。
わたしは、そのとき決めた。
林に入って、しばらく歩いたところで、後ろで音がした。
わたしは走らなかった。
走る代わりに、道を外れて、木の陰へ入った。入って、しゃがんで、腕の内側に手を当てた。
打たれない場所を作れ、とヘルヴィは言った。そんな場所はないから、作れ、と。
木の陰は、場所だった。
わたしは開けた。
一つ。
体が重くなった。あの、上がる前に落ちる感じだった。指が言うことをきかなくなり、息が浅くなった。
二つ。
道のほうで、鉄の音がした。
三つ。
上がった。
そこから先のことを、わたしは順を追って書けない。
書けないというのは、覚えていないからではなかった。覚えている。世界が遅くなっているあいだのことは、全部覚えている。ただ、順番に並べると、自分がやったことになる。
三人のうち、二人は倒した。倒しただけだった。殺さないというのは、上がっているときのほうが難しい。速さの順番が入れ替わっているので、加減が効かない。
三人目は、シグリが片づけた。
袖はまくっていなかった。刻みを使わないで片づけた。
わたしが立っていられたのは、そのあと数えるほどの間だった。
切れた。
倒れたところを、ベルグが受けた。受けて、担いだ。
「言うたはずだ」と彼が言った。「走れと」
わたしは、口が動かなかった。
二日、動けなかった。
担がれて、道を進んだ。日が変わったことは、明るさで分かった。飲まされたものは飲み込めた。それ以外は、何もできなかった。
二日のあいだ、わたしは頭の中で数えていた。
北の谷の柱、十九本。島の四十年。それと、新しく入った数。
坑が二百三十六。止まったのが百九十五。鳴っているのが四十一。まともに出るのが十一。
止まった坑は、二百年のあいだ、一度も鳴り出していない。
水が三つ落ちるうちに来ていたものが、いまは七つ落ちても来ない坑がある。
わたしは、それを何度も通した。
通しながら、考えていた。
老人は、書くなと言った。書いたものは取られる、なくす、燃える、濡れる。置いた場所から動かない。動かないものは、いつか誰かに見つかる。
グリムも、同じことを言った。頭の中にあるものは、潰しに来るのにあんたを見つけないといかん、と。
二人とも、正しかった。
正しいが、二人とも、頭のほうが先に死ぬということを言わなかった。
ドラは、記録を見せた者がいなくなったと言った。道の広いところで落ちた、と。
わたしは、いま道の上で担がれていた。
担がれているあいだ、わたしにできることは何もなかった。
頭の中のものは、担いでいる人には渡せない。渡すには三日かかる。三日もらえるとは限らなかった。
三日目の朝に、指が動いた。
その日の夕方、わたしは荷から自分のものを出した。
母が握らせた針だった。ずっと持っていた。ヘルヴィが最初に使って、名を入れたときのものだった。あれから、一度も使っていない。
わたしは、火にかざした。
ベルグが見ていた。
「なにをしとる」
「刻みます」
「あんた、彫り手じゃないだろう」
「彫り手じゃありません」
「彫れるのか」
「型は彫れません」とわたしは言った。「術になるやつは、彫り方を知りません」
ベルグは、わたしの手元を見ていた。
「じゃあ、なにを彫る」
わたしは、答えた。
「数です」
彼は、しばらく黙っていた。
「うちの島でも、そういうのはある」と彼は言った。「何もせん刻みだ。出た年に、出たことを残すために刻む」
「知ってます」
「あれは、体が減る」
「知ってます」
「何もせんのに、減る」
「知ってます」
わたしは、左の腕をまくった。隠すやつを彫ってある腕だった。その下、肘に近いところに、まだ空いている皮膚があった。
針を当てた。
自分でやると、ヘルヴィのときとはまるで違った。
痛みは同じだった。違うのは、手が止まることだった。皮膚が裂ける瞬間に、手のほうが勝手に引く。引かないようにするには、引く前に押し込むしかなかった。
わたしは、短い線を入れた。
二百三十六。百九十五。四十一。十一。
四つの数を、線の組み合わせで入れた。北の谷の柱と同じやり方だった。列にして、頭に印を置く。誰が見ても読めないが、わたしには読める。
彫り終わるまでに、日が落ちた。
血は、思っていたより出なかった。線の周りが、そのそばから白く盛り上がりはじめていた。
三つ目だった。
あと一つ。
わたしは、盛り上がっていく線を見ていた。
ヘルヴィは言った。二つのうち一つは残せ。三つ目まで刻んだ者は、たいてい四つ目も刻む。刻めるものがあると、使う理由のほうが後から出てくる。
そのとおりになった。
ただし、順番が違った。理由のほうが先に来た。




