四十一と十一
その晩、わたしは宿へ戻らなかった。
段の上に座ったまま、夜が明けるまでいた。ドラは、途中で帰った。帰るときに、一つだけ言った。
「あんた、明日下りるのか」
「はい」
「そうか」
それだけだった。
わたしは、数を並べていた。
坑が二百三十六。止まったのが百九十五。鳴っているのが四十一。そのうち、まともに出るのが十一。
四十一という数は、外に出ている数だった。坑主が出している数だった。
十一という数は、出ていない数だった。
その二つの差が、隠されているものだった。
三十という数は、どちらにも属していなかった。
止まってはいない。出てもいない。
北の谷の柱に、途中で切れている列があった。決めた数を超えた者の列で、そこから下が空いていた。あの列は、途中で終わっていることがはっきり見えた。
この三十は、そうではなかった。鳴っているので、生きている坑として数えられる。数えられているあいだ、誰も途中だとは言わない。
三十の坑は、鳴っているというだけで、掘っても知れている。それでも止めない。止めれば、鳴っている坑が十一しかないことになる。
十一という数が知られたら、何が起きるのかを、わたしはまだ知らなかった。
知らなくても、隠すからには、知られたら困る何かがあるということだった。
困る、というのは、この街が困るということではないかもしれなかった。
坑主が困る。坑主が困るのは、坑主に何かを預けている者がいるからだった。預けている者は、この街の外にいる。
わたしは、そこまでは並べられた。並べられたが、そこから先へ行く道が見えなかった。
見えないのは、外の仕組みを知らないからだった。
そして、代理人の言葉を思い出した。
次も、あれば持ってきてください。同じ値で買います。これより高くてもいい。
石を買うのは、精錬するためだった。精錬して売る。売る先は、ロヴァニスだと聞いた。
自分のところで掘れているなら、盗品の原石を高い値で買う理由がない。
買う理由があるということは、掘れていないということだった。
そして、あの高い音を思い出した。
代理人は、石を爪で弾いた。弾いて、音を聞いた。聞いてから、エオリンですね、と言った。
音で産地が分かるということは、産地によって音が違うということだった。違うというのは、中身が違うということだった。
自分の街で掘ったものの音を、あの人は毎日聞いているはずだった。毎日聞いている音と違うから、すぐに分かった。
そして、違う音のほうを、これより高くてもいいと言った。
そして、量りの合計をごまかそうとした。
あれは、こちらを騙すためではなかったかもしれない。少なく書いておけば、蔵に入った量が帳面より少なくなる。少ない帳面と、実際の在庫の差が、どこかで使える。
考えても、そこから先は分からなかった。分かるだけの知識が、わたしにはなかった。
知識が足りないというのがどういうことかを、わたしはそのとき初めてはっきり感じた。
数は数えられる。並べられる。同じ形かどうかも分かる。
分からないのは、その数が何に使われているかだった。使い道を知っている者が、どこかにいる。その者に訊けば分かる。
訊けば分かることを、訊けないまま持っているというのが、いちばん重かった。
夜が明けた。
宿へ戻ると、ベルグが起きていた。
「どこへ行っとった」
「外です」
「街の者と話したか」
わたしは、少し止まった。
「話しました」
ベルグは、荷を背負いかけていた手を止めた。
「なにを話した」
「坑の話です」
「誰とだ」
「名前は言いませんでした」
嘘だった。ドラは名を言ったし、わたしも言った。
ベルグは、しばらく黙っていた。
「今日、下りる」と彼は言った。「早く出る」
「なんでですか」
「昨日、代理人が銭を出したろう」
「出しました」
「あれが、多すぎた」と彼は言った。「値切ったときの顔と、払うときの顔が違っておった。渋ってから受けたのに、蔵から出してきた銭が、渋った額より多かった」
わたしは、それに気づいていなかった。
「多く払う相手は、また来てほしい相手だ」とベルグは言った。「また来てほしい相手は、逃がさん」
「逃がさないって、どうするんですか」
「後をつける」と彼は言った。「船を預けた入り江まで来られたら、それで終わりだ。次からは、島まで来る」
「島に来られたら」
「うちが売る側でなくなる」
彼は、荷の紐を締めた。
「取る側だったものが、取られる側になる。それだけだ」
「逃がさないって」
「島の場所を知りたがる」
わたしは、そこで分かった。
九つの箱がどこから来たかを、代理人は訊かなかった。伺わないことになっています、と言った。
訊かないというのは、知らないということではなかった。
いま訊かないでおく、ということだった。
わたしたちは、日が高くなる前に街を出た。
段を下りて、坑の口の並ぶ斜面を通って、道へ出た。出たところで、わたしは一度だけ後ろを見た。
塞がった坑が、朽ちた枠のまま並んでいた。
来たときは、十九数えた。
いま数えたら、二十あった。
一つ、新しく塞がっていた。昨日はまだ人が出入りしていた口だった。
わたしは、その口を見ていた。
昨日、そこから出てきた者を見た覚えがあった。
顔は覚えていない。ただ、荷を背負って段を上がっていく者の列が、あの口のところから始まっていた。
今日は、始まっていなかった。
一晩でそうなるものなのかどうかを、訊く相手はもういなかった。
「行くぞ」とベルグが言った。




