止まった坑
ドラは、次の日の夜も同じ場所にいた。
わたしは、また眠れないふりをして出ていった。銭は昼のうちに受け取っていた。ベルグは、明日の朝に山を下りると言っていた。
夜は、その一晩しかなかった。
わたしは、訊く順番を決めてきていた。
いちばん訊きたいことを、先に訊く。あとで訊こうとすると、その前に相手が帰る。老人から四十年を受け取るあいだに、それを覚えた。
いちばん訊きたいのは、止まった坑がまた鳴るかどうかだった。
「昨日の続きを、訊いてもいいですか」
彼女は、水時計を膝に置いていた。
「訊け」
「止まった坑は、どうなりますか」
「止まったら、掘らん」
「掘らないと、どうなりますか」
「そのままだ」
「そのままにしておいたら、また鳴りますか」
ドラの手が、止まった。
水の落ちる音が、そのあいだも続いていた。
「鳴らん」
「一度も、ですか」
「一度もだ」
わたしは、その言葉を、頭の中の空いている場所へ入れた。
空いている場所というのは、三つ目の棚だった。
二つは埋まっていた。北の谷の柱と、島の四十年。三つ目が入るところを、わたしは半年のあいだ空けたまま持ち歩いていた。
入れてみて、大きさが合った。
合いすぎているのが、少し怖かった。
「どのくらい前から、そうですか」
「わしの知っとるかぎりでは、全部だ」
「五十年、一つも」
「一つもだ」
「掘り方を変えても」
「変えた」と彼女は言った。「深く掘った。横へ伸ばした。水を抜いた。全部やった。止まった坑は、何をしても鳴らん」
「じゃあ、鳴りは、掘り方の問題じゃないんですね」
「違う」
「中にあるものが、なくなってるんですね」
ドラは、答えなかった。
「ドラさんの知ってる範囲は、どのくらいですか」
「五十年ばかりだな」
「その前は」
「前の鳴り聞きから聞いた」と彼女は言った。「そのまた前からも聞いておる。この街の鳴り聞きは、代々受け継ぐ」
わたしは、老人の顔を思い出していた。
「書いてないんですか」
「書いておる」と彼女は言った。「うちは、書く」
「じゃあ、どこまで遡れますか」
「二百年だ」
わたしは、しばらく息を止めた。
二百年というのは、わたしがそれまでに触ったどの記録より長かった。
北の谷の柱は十九年で、それも半分は聖都へ運ばれた。島の戦功録は四十年で、そのうち三年ぶんは作りものだった。
「それは、どこにありますか」
「鳴り聞きの家にある」
「見せてもらえますか」
「見せんと言ったろう」
「二百年ぶんの記録が、あるんですか」
「ある」
「そのあいだに、止まった坑が、また鳴り出したことは」
ドラは、水時計を持ち直した。
「一度もない」
彼女は、街の下のほうを指した。
「あんた、道から来るときに、塞がった坑を見たろう」
「見ました」
「いくつあった」
「道から見えるところだけで、十九です」
彼女は、そこで少し笑った。笑ったが、目は笑っていなかった。
「数えたか」
「数えました」
「この街には、坑が二百三十六ある」と彼女は言った。「そのうち、いま鳴っておるのが四十一だ」
わたしは、その数を受け取った。
受け取ったというのは、そういう感じだった。
老人から数を受け取っていたときと、同じだった。数は、渡されると入る。入ってしまえば、置く場所を探すしかない。
置く場所を探しているうちに、勝手に並ぶ。並んだものは、消せない。
「あとの百九十五は」
「止まった」
「二百年で、百九十五ですか」
「そうだ」
「じゃあ、いま鳴っている四十一も」
「そのうち止まる」
わたしは、頭の中で並べた。
二百年で百九十五。年に一つに足りない。それだけを見れば、まだ先の話に見える。
けれど、止まる速さは一定ではないはずだった。北の谷の柱も、島の四十年も、まっすぐには落ちていない。落ちるところと、少し戻るところがあって、戻りきらないまま次が落ちる。
「最近は、どうですか」
ドラは、水時計を見ていた。
「わしがこの仕事に入ってから、十四止まった」
「五十年で、十四ですか」
「そうだ」
わたしは、二つの数を並べた。
二百年で百九十五。単純に割れば、一年に一つに近い。
けれど、五十年で十四なら、四年に一つを少し超えるくらいだった。
昔のほうが、速く止まっていた。
そう見えるだけかもしれなかった。昔は坑の数そのものが多かった。多ければ、止まる数も多い。残りが減れば、止まる数も減る。
落ちているように見えて、実は、残りが少ないだけかもしれなかった。
二百年で百九十五なら、五十年あたり四十九になる。実際には、この五十年で十四しか止まっていない。
止まる速さは、落ちていた。
「増えてないんですね」
「増えとらん」
「じゃあ、まだ先ですか」
ドラは、そこで初めて水時計から目を上げた。
「あんた、いま何を数えた」
「止まった坑の数です」
「それは、止まった坑の数だ」と彼女は言った。「鳴っておる坑から、どれだけ出るかは、数えとらんだろう」
わたしは、彼女を見た。
「四十一のうち、まともに出るのは十一だ」と彼女は言った。「残りの三十は、鳴っておるだけで、掘っても出る量が知れておる。だから、坑主は残りの三十を止めん。止めれば、鳴っておる坑が十一しかないことになる」
わたしは、その言葉を二度、頭の中で繰り返した。
止めない理由が、掘れるからではなかった。数を見せるためだった。
止まった坑は、数から外れる。外れれば、鳴っている坑の数が減る。減った数を、外の誰かが見る。
外の誰かというのが誰なのかを、わたしはまだ知らなかった。
ただ、ロヴァニスの帳付けが、買う量の話をほとんどしないで、坑がいくつ鳴っているかを訊きたがった、という話は、聞いたばかりだった。




