痩せる
鳴り聞き、という職があると、その晩に教わった。
坑の中で、岩盤の鳴りを聞く。鳴りが変わったら、そこで止める。止めなければ落ちる。落ちれば、その坑にいる者は全部死ぬ。
「昔は、鳥を入れとった」とドラは言った。「鳥が死んだら出る。いまは、鳴りだ」
「どう違うんですか」
「鳥は、死んでから分かる」と彼女は言った。「鳴りは、変わってから分かる」
「変わってからでも、間に合うんですか」
「間に合う」と彼女は言った。「岩は、いきなり落ちん。落ちる前に、必ず鳴りが変わる。変わってから落ちるまでに、人が出るだけの間はある」
「必ずですか」
「必ずだ」
彼女は、そこで言い直した。
「必ずということにしてある」
わたしは、その言い直しを覚えた。
彼女は、水時計を指した。
「これで数える」
「数えるって、なにをですか」
「鳴りの強さは、耳では測れん」と彼女は言った。「強いか弱いかは分かる。だが、去年より弱いかどうかは分からん。人の耳は、そんなに細かくない」
「じゃあ、何で聞くんですか」
「腹だ」
彼女は、自分の腹を叩いた。
「耳は、音の高さと大きさを拾う。腹は、来るまでの間を拾う。人の腹は、間に対しては、思っとるより細かい」
「そんなことができるんですか」
「できる者を、鳴り聞きにする」と彼女は言った。「できん者は、いくら習ってもできん。生まれつきだ」
わたしは、灰縁の村の穹堂と、銀の盆のことを考えていた。
生まれつきで分けるやり方は、南にもあった。
「じゃあ、どうやって」
「止めて、数える」
彼女は、坑の口の一つを指した。
「掘る手を止める。全部止める。音を出さんようにして、鳴りだけにする。それから、この水を落とす」
「水を」
「鳴りが弱いと、腹に来るまでに間がある」と彼女は言った。「強いと、すぐ来る。止まってから来るまでを、水の落ちた量で測る。それを毎年やる」
「掘る手を全部止めるって、坑ぜんぶをですか」
「ぜんぶだ」
「その日は、掘れませんね」
「掘れん」と彼女は言った。「だから、坑主は嫌がる。年に一度だけ、半日だけ止める。それでも文句を言う」
「文句を言われても、やるんですね」
「やらんかったら、人が死ぬ」
彼女は、水時計を持ち直した。
「文句を言う者と、死ぬ者が違うのが、この街の厄介なところだ」
わたしは、その方法を頭の中で組み立てた。
「弱くなると、量が増えるんですか」
「増える」
「その量は、書いてありますか」
ドラは、そこで初めて、こちらの顔をまっすぐ見た。
「なぜ、それを訊く」
わたしは、答えなかった。
答えないでいると、彼女は水時計を膝から下ろした。下ろして、両手を膝の上で組んだ。
「書いてある」と彼女は言った。「書かんと、去年と比べられん」
「見せてもらえますか」
「見せん」
「どうしてですか」
「見せた者が、いなくなったからだ」
わたしは、その言葉を聞いた。
「いなくなったって」
「三年前だ」とドラは言った。「同じことを訊いた者がおった。ロヴァニスから来た男だった。石を買いに来て、鳴りの話を聞きたがった。わしは見せた」
「その人は」
「山を下りる途中で落ちた」
彼女は、坑の口の明かりのほうを見ていた。
「落ちる場所じゃなかった。道が広いところだ」
「その人は、何をしに来たんですか」
「石を買いに来たと言っておった」とドラは言った。「ロヴァニスの帳付けだ。買うのに、鳴りの話を訊きたがった」
「なんで、買うのに鳴りを訊くんですか」
「わしにも分からんかった」と彼女は言った。「いまも分からん。ただ、あの男は、坑がいくつ鳴っておるかを知りたがった。買う量の話は、ほとんどせんかった」
わたしは、その話を頭の中に置いた。
わたしは、何も言えなかった。
しばらく、水の落ちる音だけがしていた。
「あんた、なんで訊いた」と彼女が言った。
「数を数えてるからです」
「数えて、どうする」
「分かりません」
「分からんのに数えるのか」
「はい」
彼女は、少し笑った。
「わしもだ」
「なんの数だ」
わたしは、そこで言うかどうかを考えた。
考えて、言った。
「北の谷で、取った量の記録を読みました。十九年ぶんです。減ってました」
ドラは、動かなかった。
「島で、四十年ぶんの記録を受け取りました。持ち帰った量です。それも減ってました」
「島」
「奪う島です」
彼女は、その言葉に何も返さなかった。
返さなかったのは、驚かなかったからではないと思う。
この街には、いろいろな土地から人が来る。石を買いに来る者、掘りに来る者、盗みに来る者。誰がどこから来たかをいちいち騒いでいたら、仕事にならない。
訊かない土地は、灰縁の村だけではなかった。
「二つが同じ形をしてました」とわたしは言った。「二つでは足りないと言われました。三つ揃えば、偶然ではなくなると」
ドラは、水時計を見た。
見て、しばらくそのままでいた。
「痩せとる」と彼女は言った。
「え」
「鳴りだ」と彼女は言った。「わしがこの仕事に入ったころは、水が三つ落ちるうちに来た。いまは、七つ落ちても来ん坑がある」
彼女は、指を三本立てて、それから七本にした。
「同じ坑でだ」
わたしは、その二つの数を並べた。
三つと、七つ。
倍以上になっていた。倍以上になるのに何年かかったかを訊かなければ、意味が出ない。
「何年でですか」
「わしが入ってからだ」
「何年ですか」
ドラは、水時計から目を上げなかった。
「五十年だ」




