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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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鳴り聞き

銭は、その日のうちに出なかった。

「明日にしてください」と代理人は言った。「これだけの量は、蔵から出します」

わたしたちは、街の下のほうの宿へ入れられた。宿というより、坑夫の泊まる場所だった。板の間に藁を敷いて、そこへ寝る。飯は麦の粥だった。

その粥が、思っていたより薄かった。

薄いというのは、水が多いということだった。

灰縁の村でも、北の谷でも、粥は薄かった。薄い粥を出す土地は、たいてい足りていない。

ただ、この街は違った。銭はあった。段の上の家は大きく、代理人の服は上等で、爪が切り揃えてあった。

銭があるのに、粥が薄い。

買うものが遠いからだった。

「ここは、麦が採れないんですか」

「採れん」とベルグが言った。「山だ」

「じゃあ、全部買ってるんですか」

「買っとる」

わたしは、部屋の中を見回した。泊まっているのは、ほとんどが坑夫だった。手が黒かった。爪の中に、灰縁の村の者と同じように、洗っても落ちないものが入っている。ただし色が違った。あちらは白で、こちらは黒に近い灰だった。

爪の中のものが違うだけで、手つきは同じだった。

椀を持つときに、指の関節が伸びきらない。伸ばそうとして、途中で止まる。毎日同じ形で道具を握る者の手だった。

わたしの手も、篩を回していたころ、そうなりかけていた。

その晩、わたしは眠れなかった。

揺れていたからだった。

慣れれば聞かなくなる、とベルグは言った。あって当たり前のものは聞かなくなる、と。当たり前になっていない者には、それはずっとあった。

腹の底に、来ていた。

メレの言ったことと、区別がつかなかった。

有脈者の中には道があって、その道を通りたがるものが腹の底に溜まる。溜まったものは、出したがる。出さないためには手を動かす。

ここでは、外から来ていた。外から来ているのか、内から出ようとしているのかを、確かめる方法がなかった。

わたしは、両手を握って開いた。何度かやった。やっても、変わらなかった。

わたしは起き上がって、外へ出た。

段の上に座って、街を見下ろした。夜でも、坑の口には明かりがあった。夜も掘るのだった。地下は年じゅう同じ温さなので、昼も夜もないのだと、あとで知った。

昼も夜もない場所で働く者は、外に出たときに時刻が分からない。

だから、この街には水時計があった。

坑の入り口ごとに、一つずつ置いてある。交代の時刻を、それで測る。空を見ても分からない者のために、水が落ちていた。

隣に、人が座っていた。

先に座っていたのか、あとから来たのかは分からなかった。年寄りの女だった。小柄で、背中が丸く、膝の上に木の桶のようなものを置いていた。

桶ではなかった。

水が入っていて、その底に小さい穴が開いていた。水が下の器へ落ちている。落ちる速さが一定だった。

一定なのは、上の器の水位が変わらないようにしてあるからだった。上にもう一つ器があって、そこから溢れたぶんだけが下へ行く。溢れる量は、水位が同じなら同じになる。

そういう作りを、わたしは初めて見た。

見て、誰かがこれを考えたのだと思った。考えた人は、たぶん、正確に測りたかった。正確に測りたい理由が、この街にはあった。

「水時計ですか」

女は、こちらを見た。

「よその子だね」

こちらの言葉だった。訛りはあったが、分かりやすかった。

「はい」

「眠れんのか」

「揺れてます」

女は、少し笑った。

「よそから来た者は、みんなそう言う」

「みんな言うんですか」

「言う」と彼女は言った。「言って、三日ほどで言わなくなる」

「慣れるんですか」

「慣れる者もおる」と彼女は言った。「慣れん者は、出ていく」

彼女は、水の落ちる先を見ていた。

「慣れるのと、聞こえんようになるのは、違う。この街の者は、慣れたのではない。聞こえんようになったんだ」

彼女は、水時計に目を戻した。

「聞こえるのかい」

「耳では聞こえません」

「どこで」

わたしは、自分の腹のあたりに手を当てた。

女の手が、止まった。

水時計の水は落ち続けていた。彼女は、それを見ないで、わたしのほうを見ていた。

「ここでかい」

「はい」

「そこで聞く者は、そう多くない」と彼女は言った。「わたしは、ここで聞く」

彼女は、自分の腹に手を当てた。

「名は」

「アステです」

「家名は」

わたしは、少し考えた。

「ヴァイダドッタです」

「北か」

「半分です」

女は、うなずいた。うなずいてから、自分のことを言った。

「ドラだ」

「家名は」

「ない」

彼女は、水時計の器を膝の上で持ち直した。

「この街で家名があるのは、鉱区を持っとる者だけだ。うちの家名は鉱区の名から取る。鉱区を持っておらん者は、名だけだ」

「掘る人には、ないんですか」

「ない」

「名前がないと、困りませんか」

「名はある」とドラは言った。「家名がないだけだ」

「同じ名前の人がいたら、どうするんですか」

「どこの坑の誰、と言う」

わたしは、その言い方を頭に入れた。

坑の名で人を呼ぶ。坑がなくなれば、その呼び方はなくなる。二百年で百九十五の坑が止まったのなら、なくなった呼び方が、その数だけあるということだった。

わたしは、その仕組みを頭の中に置いた。

名前が、持ち物の記録になっている。持っていない者は、記録に残らない。

「ドラさんは、何をしてるんですか」

彼女は、水時計を見た。

「聞いとる」

「なにをですか」

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