秤
買い手は、街の上のほうにいた。
段を上がるほど、家が大きくなった。いちばん上には、石を積んだ塀があった。塀の中に建物があって、そこへ通された。
通されたのは、わたしとベルグとシグリの三人だった。漕ぎ手の二人は、箱と一緒に外へ残された。
部屋は暖かかった。街の外は風が強く、家の中も寒いのに、その部屋だけ暖かかった。炉があるのではなかった。壁のどこかから、暖かいものが来ていた。
「坑の風だ」とベルグが小声で言った。「下は年じゅう同じ温さだ。上へ通してある」
わたしは、壁に手を当てた。
温かかった。石の壁が、内側から温められている。坑の中の空気を、管か何かで通しているのだった。
下から上へ運び上げるのは、薪だけではなかった。温さも運び上げていた。
段の下の宿は、寒かった。
出てきたのは、若い男だった。
わたしたちより若くはない。二十代の半ばに見えた。上等な服を着ていて、爪が切り揃えてあった。手に、何も持っていなかった。
「カズヴェク家の代理人です」と彼は名乗った。共通語だった。ベルグが訳さなくても、わたしには分かった。
共通語というのは、南の言葉に近かった。近いというより、南の言葉から作ったものだった。
うちの父は帳付けをしていたので、共通語の書き方を少し持っていた。証文はこれで書く、と言っていた。街の外の相手と取引をするときに要るのだそうだった。
わたしは、それを盗み見ていた。父はそれを知っていて、何も言わなかった。
シグリは何も言わなかった。ベルグが答えた。
箱が運び込まれた。
代理人は、一つ目の蓋を開けさせた。藁を除けて、布の包みを一つ取り、開いた。
石を見た。
見て、光にかざした。それから、爪で弾いた。
音がした。
高い音だった。石を爪で弾いたら、こういう音はしないはずだった。わたしは、その音を覚えた。
あとで思えば、あれが鳴りだった。
坑の中で岩盤がしているのと、同じことを石の粒がしていた。大きさが違うので、音の高さが違う。それだけのことだった。
そのときのわたしは、そこまで繋げていない。ただ、覚えた。
「エオリンですね」と彼は言った。
ベルグが何か言った。
「どこで手に入れたかは、伺いません」と代理人は言った。「伺わないことになっています」
彼は、包みを箱へ戻した。
「九つとも同じですか」
「同じだ」とベルグが言った。
「量りましょう」
秤が運ばれてきた。大きなものだった。皿が二つあって、片方に箱を載せ、もう片方に分銅を載せる。分銅は、小さいものから順に足していく。
わたしは、それを見ていた。
一つ目の箱が量られた。読み上げられた数を、わたしは覚えた。
箱には、目方が書いてある。運んでくるあいだに、わたしはその九つの数を全部覚えていた。
一つ目は、合っていた。
二つ目も、合っていた。
三つ目で、少し足りなかった。
四つ目も、少し足りなかった。
足りない幅が、同じだった。
三つ目と四つ目で、同じだけ足りない。同じだけというのは、量り方の癖ではなかった。癖なら、九つとも同じだけずれる。
二つだけ同じだけずれるというのは、そこだけ何かをしたということだった。
わたしは、分銅を見た。
小さいものから順に足していく。足すときに、代理人が一度、手を出した。手を出して、載せるのを手伝った。ほかの箱のときは、手伝わなかった。
わたしは、五つ目からは黙って数だけを追った。九つとも量り終わったとき、足りないぶんの合計が、頭の中に出ていた。
一つぶんの、三割ほどだった。
「合計です」と代理人が言った。彼は数を言った。
わたしは、その数を、自分が足したものと比べた。
彼の言った数のほうが、少なかった。
秤で量って読み上げた数を足せば、こちらと同じになるはずだった。ならなかった。
わたしは、ベルグの袖を引いた。
彼は、こちらを見た。
「合計が違います」
「なんだと」
「量った数を全部足すと、こうなります」とわたしは言った。「言われた数は、こうです」
ベルグは、わたしの顔をしばらく見ていた。
それから、代理人のほうを向いて、共通語で何か言った。
代理人の顔は、変わらなかった。
「失礼しました」と彼は言った。「計算し直します」
彼は、紙を出して書いた。書いて、数を言った。
今度は、合っていた。
謝りもしなかったし、言い訳もしなかった。間違えたことにして、直した。それだけだった。
間違えていなかったのだと思う。
間違えていたなら、直すときに気まずそうにする。この人は、直すときの顔が、量っているときの顔と同じだった。
同じ顔でできるということは、何度もやっているということだった。
そして、値の話になった。
わたしは、値の相場を知らなかった。ベルグも知らないようだった。代理人が言った数に、彼は少し渋って、それから受けた。
受けたあとで、代理人が言った。
「次も、あれば持ってきてください」
ベルグが、少し止まった。
「次の話は、しておらん」
「していません」と代理人は言った。「していませんが、あれば持ってきてください。同じ値で買います」
彼は、初めて笑った。
「これより高くてもいい」
その言葉を、わたしは覚えた。
値を決めるのは、買うほうと売るほうの引っ張り合いだと思っていた。灰縁の村では、司祭が紙に書いた数がその月の値になった。村が言い値を出すことはなかった。ほかに買う相手がいないからだった。
ここでは、逆だった。
買う側が、これより高くてもいいと言った。
言うということは、ほかに売る相手がいるということだった。あるいは、ほかから買えないということだった。




